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[#14-ナポリタンとエロい女]

[#14-ナポリタンとエロい女]


タイトルに迷う事は無かった。だって本当なんだもん。これが真実なんだもん。真実を書いて何が悪いってんだ。おれは一言も嘘偽りな内容を書いてないぞ?


「何食べるー?なんか食べたいのあったら言ってね」

「ありがと。でも、わたし何でもいいかなぁ。あ!思い切って焼肉とか食べに行く?」

「え!ほんとに!?姉さんが良いなら全然イイけど⋯」

「わたしから言ったんだから良いに決まってるでしょ?じゃあ焼肉に決定ー!」

「焼肉かぁー⋯最近食べてないなぁ⋯」

「3人で色々食べに行ってるらしいじゃん。家族のグループチャットにたまに送られてくる3人の写真を見て“ムキィ〜!”ってなってたんだから」

「だから姉さんの事も何度も誘ったじゃん!それで無視するんだから⋯!」

「しょ、しょうがないでしょ!こちとらにはランキングマッチってのがあるんだから。その日、その時間にしか開催されていないオンラインの大会に参加しなきゃなんだからさ!」

「分かったよ姉さん」

「はァァァァ怒ってたら余計に腹が減る⋯」

女の子が使うような言葉と声音じゃないな、さっきから姉さんの口から出されるものは⋯。オッサンみたいだ。

「焼肉探そ!」

「そうね、、、、あ、もちろんだけど、わたしが払うからねお金は。だからめいいっぱい食べなさい」

「姉さん!それは⋯」

「ばぁーか言ってんじゃないの。わたしはあなたのお姉ちゃんなんです」

「いやでもさぁ⋯⋯」

「なによ」

「この感じ⋯」

「あん?」

「手、繋いでんじゃん?」

「あん??それがなに」

「傍から見たら完全に“カップル”だよね」

「そりゃあ無いっしょ」

「あ、そすか⋯⋯」



中野ブロードウェイから少し離れた路地には多くの店がある。一見してみると、居酒屋ばかりのように見えるが、実際に足を運んでみると⋯多様な店が並んでいる事が分かった。おれらがターゲットとして定めている焼肉を始め、イタリアン、中華、鰻、蕎麦、うどん、ラーメン⋯。その中には昼飲みを待ち構える呑んべぇ達の溜まり場である居酒屋も存在。やっぱすごいな⋯中野って。ただのサブカルチャーの聖地かと思っていたが、こういうグルメの側面でもその存在感を大きく見せている。しかしまぁ肝心の焼肉屋さん、あるはあるんだけれど⋯


「すみません、もうお客様でいっぱいなんです」

「ごめんなさいね、もうこの通り、先客でいっぱいよ」

「“カップルさん”悪いね!もう埋まってんのや!また来てなー!」


3つの焼肉屋さんを発見したが、その全てがアウト。


「うーん⋯中々決まらないね⋯」

「姉さん⋯どうする?」

「どうするって?」

「違うジャンルで決めない?」

「まぁ、そうね。仕方無いわ」

「苦渋の決断だけどね」

「あーーあ!もう口の中、焼肉だったのに〜!」

「口の中⋯⋯」

「ほら」

「え⋯⋯⋯」

手繋ぎ中の姉さんが右隣から、口を“あ〜”と開けて、アピールしてきた。⋯⋯エロかった。

「もぉ〜最悪!もっと早く来てたら良かったんじゃん!」

「うん⋯⋯そうなのかもしれないね⋯」

「探すよ!こうなったら!焼肉よりも美味しい店見つけてやるんだから!」

「そうだね!」


「ん?こことかどう?」

「ナポリタン?」

「姉さん、パスタは好き?」

「うん!大好き!いいね!ここ!」

「喫茶店みたいな雰囲気だけど、パスタの広告がドドーンとなってるね」

「わたし今、ガッツリいきたいからコーヒーとか要らなーい」

「じゃあ入ってみよ!」

「うん」



ナポリタンの広告が良く映えていた喫茶店のような店構えの場所を昼休憩に指定。中に入ってみると、そこまで客はいなかった。店員も優しく出迎えてくれたので安堵している。店員の態度が悪いから⋯という理由で客が入っていないって可能性も全然捨て切れないからだ。それに、姉さんは絶対そういう店に入店したくないだろうし。


「いらっしゃいませ、2名様で宜しいですか?」

「あ、、、」

「はい。2名です」

「かしこまりました。どうぞ、こちらの窓際の席へ」

姉さん、やっぱりまだ他人との会話は難しい感じだな。ここはおれがリードしていかないと。


窓際の席。

ここは先程おれ達が散々店を探していた路地裏と繋がっている。人の往来がけっこうある道だ。先ずはそこから脱却出来たことを嬉しく思う。

「ささっ!姉さん、食べたいもの見よ」

「うん、そうね〜」

おれだけの空間になると、姉さんは姉さんを取り戻す。

「やっぱりここはパスタ⋯そしてナポリタンが特にオススメみたいね」

「おれはね⋯⋯ステーキにでもしようかな〜」

「お!いいじゃん!ガッツリいくねぇー。わたしもお肉にしよっかな」

「姉さん、大丈夫?食べれる?」

「はぁ?來智花、わたしの胃袋舐めてる感じ??」

「たべ、れるの?」

「あったりまえじゃん。お肉の口になってたし!わたしもステーキにしよ!」

「うん!じゃあ2人とも、ステーキだね。おれは200g」

姉さんの顔が曇る。

「來智花はホントに男なの?」

「姉さん⋯まさか⋯⋯⋯」

「男は黙って300!そして女のわたしも300!300一択でしょ!?」

「マジィ?いや、300gって凄いと思うんだけど⋯」

「そうでもないっ!案外全然大したサイズじゃないって!ちょっと鉄板からのジュワーが強いだけだから」

姉さんのステーキ量違いの比較度数の基準は“肉汁”なのか?

「店員さん呼ぶよ」

「う、うん⋯」

「大丈夫、おれが全部伝えるから」

「ありがとう⋯」

安心し切った様子の姉さん。顔が急に落ち着いた表情になる。少しは、息を整えていたのかもしれない。姉さんが頑張って店員に注文内容を伝えようと試みていたのかもしれないけど、ここはおれが言おう。⋯何となく、今の姉さんに“伝達”は難しいと判断したからだ。

「はい、ご注文お決まりですか?」

「この、ワイルドステーキの300gを2つ、どっちもセットでお願いします」

「お客様、大変申し訳ございません。ステーキなのですが、先程いらっしゃっていたお客様で最後になってしまったんです」

「あ、、そうですか⋯⋯姉さんどうする?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

姉さんが絶句してる。その言葉を聞いた途端、自分ここに在らず⋯といった状況を物語る強い顔面が、おれの目の前には広がっていた。

「姉さん!」

「んあ!?あ⋯⋯ごめん⋯」

「姉さん、他のにしよう」

「本当に申し訳ございません」

「いいですよ、大丈夫です。えっと⋯⋯⋯」

「じゃあ、ナポリタンでいいわよ」

「うん、これね。じゃあおれもナポリタンにしよ」


すると店の奥⋯キッチンから男の店長が現れる。どうやらおれ達が迷ってる様子を窺ってこちらに来たようだ。別に、直ぐナポリタンに決めたので来なくても良かったのだが⋯。

「お客さん、本当にすまないね⋯まさかステーキが今日ここまで売れるとは思ってなくてさ⋯」

「いえいえ、大丈夫ですから。ナポリタンを注文したので、それで」

「サービスで大盛り無料にするから!」

「ホントですか!?」

「⋯!?」

姉さんが今起きたかのように顔を上げ、歓喜。しかし、声は出さずサイレントを維持。それでも表情を見ると、ルンルン気分でこちらも嬉しくなるほどの可愛い顔をしていた。

「では、少々お待ちください」


「ナポリタン楽しみだね」

「ンね。楽しみだなぁ〜」

めっちゃ可愛い⋯。なんだろう⋯なんかね、姉さんのこんな表情見てると、胸がムズムズしてくるんだよね。すっごい変な気分なんだけど、それがずっと続いて欲しいなぁって思える。まったく不快感は無い。ただ、これを姉さんに感知されてしまうのは、あんまり求めてる未来じゃないかな。これは自分の世界だけに留めておきたい感情。姉さんのフォーカスされた世界に異物を放り込む事になると思うから。

「ん?なに?」

「え、いやいや⋯姉さん⋯似合うなぁ⋯と思ってさ」

『可愛い』って言いかけたが、ここはちょっと言葉の方向性を変えて、喫茶店と姉さんの適合について指摘する事にした。

「似合う?⋯⋯お店と⋯ってこと?」

「うん!めっちゃ似合ってる!窓から射し込む光が味を出しててめちゃ良い!」

「良い店だからね。女の子誰でも、このポジに座ったらイイオンナに映ると思うよ」

いや、そんなことは無い。姉さんだから、善知鳥熾泉花だからこそ、映えるんだ。

「おれは違うと思うけどなぁ。姉さんだからだよ」

「ええ〜?そう?」

「うん!試しに、撮ってあげようか?」

「それはダメ!」

來智花が携帯を取り出す。だがそれを掻き消すように“ナシナシ”と身振り手振りで表現。

「姉さん!絶対大丈夫!ほんとに!マジで!」

「無理だって」

「ホントに!」

「無理よ」

「ほんとに姉さん!姉さんが思ってる以上に可愛いから」

「それは無い!ほんとに!ガチでマジで!撮影なんて冗談じゃない!!」

完全拒絶。意地でも被写体になりたくないようだ。

「お願い!これに関しては本当にお願い!」

「ええええええええええええええ」

「お願い!」

「えーーーーーーーーーー」

「姉さんには絶対マイナスにならないから!それにさ⋯ほら、もう僕らだけだよ食べてるの」

「厨房にいるでしょうが!」

「そこはご愛嬌って事で⋯⋯⋯」

「はぁ⋯もういいわよ。分かった」

そっぽを向きながら、來智花に目線を合わせないまま、被写体を承諾してくれた。

「姉さん、こっち向いて?」

「アァん?」

「ん!いいね!マジで良い!」

「怒ってんのよ?こっちは。こんなのの何がいいのよ」

素材が良いからどんな感情を帯びていても絵になる。めっちゃ撮りがいがあって、何度でもシャッター音を鳴らしてしまう。


「仲良いねぇー、あのカップル」

「そうですね。見てるこっちも微笑ましくなりますよ」

厨房にて、善知鳥姉弟の注文を制作するスタッフ達が、料理を作る流れで、2人の“イチャイチャ”に興味を示す。


「姉さん、おれの方に顔を向けて。それで、視線を窓際に向けてくれる?」

「はぁ⋯もうめんどくさい、、、」

と、言いながら、姉さんはなんでもやってくれた。めっちゃ優しい。

「良い!!なにこれ!ほら!見てよ!」

要望通りに答えてくれた姉さんに、完成した写真をみせる。すると⋯

「⋯⋯⋯まぁ、いいんじゃないの?」

「姉さんも素直じゃないなぁ〜。めっちゃ良いじゃん!ほら、これもこれも!」

今まで撮影していた姉さんの写真を一気にここで見せた。携帯の画面、スクロールしても、スクロールしてもスクロールしても⋯姉さんの写真が出てくる。合計50枚。この短時間でここまでもの撮影に成功。その全てが、最高水準の出来。モデル以上。完璧。良い女過ぎる。

「もお!良いでしょ!やめてよ⋯もう⋯⋯⋯」

「うん、もう⋯やめにしよっか!」


あ、やめるの⋯⋯?


「あ、そう言ってる中で遂に⋯!姉さん来たよ!」

「すいません、お待たせ致しました。こちら当店特製ナポリタンでございます」

「美味しそ〜」

目を光らせ、瞼を閉じ、ナポリタンから漂うトマトケチャップの匂いに嗅覚を研ぎ澄ませる熾泉花。

「ごゆっくり」


「じゃあ、食べよっか」

「食べよ」

「いっただきまーす!」「いただきます」

「ンフゥー!美味しい☆」

「ほんとに?良かった」

姉さんの食べ方綺麗だなぁ。ナポリタンを巻くフォークの手さばきとか、それを口に入れる時の様とか⋯姉さんのブランドがあるからなのか、とてつもない魔性を感じてならない。おれはいつしかナポリタンを食べるよりも、姉さんの食べる姿に注力していた。

姉さんの唇に、少しだけトマトケチャップが跳ねる。

「唇の横らへんに⋯」

「ん?ここ?」

來智花が指摘し、テーブルに常備されているティッシュを熾泉花に渡す。

「ありがと」

唇。姉さんの唇がもっと赤かったから⋯口紅が濃かったら⋯お姉さん感がマシマシになって堪んないな⋯。いやーこれは⋯中々にエロい妄想をしてしまってるな⋯。結局のところ一番良いんだから、唇が。男とは質感がまるで違うんだよな女の子の唇って。それに加えて、姉さんの唇は訳が違う。

「あ、姉さん⋯ここにも」

「ん?ここ?」

本当は、ついてない。ただただ、姉さんが唇についた付着物を拭き取る作業が可愛かったからリクエストしてみた。それだけの理由でおれは嘘をつく。

「ん?ティッシュに何もついてないけど⋯」

「あー、もっと横かも唇の⋯上かな、上唇」

「んん⋯まぁ、まだナポリタン残ってるし、後で全部拭き取ろっと」

「あ、、うん⋯そうだね⋯でも、気を付けてね、ワイシャツとか⋯顔とかにトマトケチャップ付いちゃうとさ⋯」

「あ、そうだね⋯確かにワイシャツに付いたら嫌かも」

いや、ワイシャツなんかおれが替えを買うから。最も大事にして欲しいのは姉さんの顔面なんだけど⋯。



喫茶店を出る2人。

「ふぅーおなかいっぱい!」

「大丈夫?姉さん、あの量普通の女の子じゃぶっ倒れてると思うよ?」

「大丈夫大丈夫!わたしの胃袋はフードファイターだから」

「姉さんはパワフルだなぁ」

「さて、腹を満たしたところで、ちょっくら中野ブロードウェイの核的な部分に行くとしようか!」

「姉さんナビゲートしてくれるの?」

「もちろん。何も知らないズブの素人には、きっと大変な道のりだろうから!」

「姉さん、そんな言い方は良くないと思うよ!」

「えぇ〜?だってホントのことじゃん!」

「あ!ちょちょっと!」

手繋ぎ⋯。なんと姉さんの方からしてくれた。そして繋がれたおれの右手は、彼女の引力によって前進。そのままおれ達は再び、中野ブロードウェイへと向かった。

手を繋ぎ、先導する彼女の後ろ姿⋯それはとても逞しい背中だった。彼女にだったら、どこまでもついていける⋯。別に長旅をしようとなんてしてない。さっきまで居た場所へ戻るだけ。ただ、姉さんの引っ張り方が、もう完全に“彼氏彼女関係を構築している男女のそれ”としか思えなかった。姉さんは無意識的に、そして、単純に早くお目当ての場所に行きたいから⋯という理由だと思う。でも、おれからしてみればこんなのは、“愛”と認識せずにはいられなくなる。


「姉さん!」

「なに〜?」

姉さんがちょっと後方を振り返り、また前を向く。

「楽しいー?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

姉さんが止まる。

─────────────

「うん!めっちゃ楽しい☆」

─────────────


暴力的なまでに美麗で可憐な艶のある笑顔。透き通ったボイスから奏でられる肉声。おれは改めて思った。


本当に、おれは⋯姉に恋してしまった⋯と。


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