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地球は回らない

はじめまして。読んでくれてありがとうございます。

至らない点もあると思いますが温かい目で見ててください。

夜空を見上げたとき、ふと思い出してもらえたら幸いです。


講堂の窓から差し込む午前の光が、長机の表面に反射してチョークの粉を煌めかせていた。

白河拓己(しらかわたくみ)、十九歳。文学部二年。まだ寝足りない頭をこすりながら、広大なキャンパスの片隅にあるこの講義棟へ駆け込んだのは、ほんの数分前のことだ。


「……今日の講義、確か天文学だったよな」


隣に座るのは、小学生の頃からの親友――芝柏隆二(しはくりゅうじ)。理学部所属で同じ二年生。自称「ガリレオ・ガリレイ」を名乗る彼は、少し誇らしげにパソコンを開き、天体シミュレーションを動かしていた。


「観測データとシミュレーションを照らし合わせれば、火星の軌道も正確に計算できるんだ」


隆二はそう言って画面を指さす。

僕は独り言のように呟いた。

(……やっぱり、ただの天体好きじゃないかな?……)


ふと、視線の端に妙なものが映った。

講堂の隅――学生が置いていったのか、使い古された布製のカバンが一つ。誰のものともわからず、妙にそこだけ空気が張りつめているように見える。


その刹那(せつな)


「ドォンッ!」


講堂の片隅で轟音(ごうおん)が鳴り響いた。

爆風が机や椅子を吹き飛ばし、紙や教科書が空中で舞う。

熱と衝撃が同時に体を襲い、髪が顔に張り付く。耳をつんざく金属の軋む音に、思わず目をつぶった。


心臓が跳ね、息が詰まる。床が揺れ、足元の感覚がぐらつく。

黒板のチョークが粉になって空中に舞い、粉塵(ふんじん)で視界がかすむ。

破片が耳元をかすめ、机の脚が跳ねて手を叩く――危うく手が挟まれそうになった。


「……う、うわっ!」


体が宙に浮くような感覚――まるで爆心地に立っているかのように、全身が衝撃と熱で揺さぶられる。

光も音も、距離も時間もすべてがぐにゃりと歪み、意識が宙を漂う。


「……夢……? それとも……」


かすかな光と影の合間に、徐々に講堂の形が見え始める。 まだ完全ではない

――色や距離感が微妙にずれ、空間が揺れるように感じる。

しかし、かすかな感覚で確かにわかる――


僕はまだここにいる。


教授が黒板を指差しながら話している――


「皆さんもご存じの通り、太陽は地球の周りを回っています。この()()()に従って、今日の天体運行を説明していきましょう。」


胸の奥に違和感が走る。


(……え? 地球が回ってない……だと……?)


教授はまるで常識を話すかのように断定している。

黒板の図も、教科書の説明も、すべてが天動説前提で進んでいる。


なのに周りの学生たちは、誰も疑問を抱いていない――まるで僕が異端者のようだ。

僕の目は芝柏 隆二に自然と向かう。


彼も眉をひそめ、黒板を見つめている。

でも、僕の違和感とは少し違う――彼の表情は、冷静に矛盾を見抜いているように見える。

僕の脳は混乱する。


目の前の光景は「現代の大学講義」なのに、議論の前提はまるで数百年前の教科書そのまま。

頭では理解できるはずなのに、心はざわつく。


(……なんで、誰も気づかないんだ……?)


隆二は突然立ち上がり、疑問に鋭く切り込む。


「教授、すみません。太陽が地球の周りを回っているという前提は、観測データとまったく合致しません。火星の軌道も、木星の動きも――すべて地球を中心に計算すると矛盾が生じます。」


教室中が一瞬静まり返る。


学生たちの視線が一斉に隆二に集まり、胸の奥でざわめきが広がる。

教授は眉を軽く上げ、声を落として微笑む。


「……寝ぼけているのか?」


教授の表情は微笑んでいる。しかしその目は一切笑っていない。


隆二は一瞬、()()の恐怖を思い出す――異端者として世界の目にさらされ、孤独と絶望に押し潰されたあの感覚だ。

その経験が、今の行動を決定する。冷静に、少なくとも今は大きな波乱を避けるべきだ、と。


「あ、いえ……ちょっと計算を見間違えたかもしれません」


教授は微笑を維持しつつ、目の奥には冷たい光を宿す。                               

「そうか、計算を間違えたのだろう。次からは気を付けるように」                             


教室にはひとまずの安心感が漂う。学生たちは息を整え、ざわめきが徐々に収まる。

僕は心の中で思う。


(……あいつ、本当にただの天体好きなのか……でも、なんか、真剣だ。いったい何を考えているんだ……?)


隆二は表向きは何事もなかったかのように席に戻った。


それでも親友の僕にはわかる――その目の奥には、冷静に世界の矛盾を見極めようとする光が宿っている。


それはまるで過去の自分を振り返るような、決して間違えないという強い意志を感じる。


(……やっぱり、ただの天体好きじゃない……)


講義を抜け出した俺と隆二は、人気のない情報処理室に身を潜めた。コンピューターを立ち上げてシミュレーションを動かしてみるが、結果はやはり天動説ベースに書き換えられている。

「おかしいな……」と呟くと、隆二はすぐに端末に向かい、キーボードを叩き始めた。

「いいよ、僕がプログラムを組み直す」

その手際の良さに、思わず息を呑む。彼は小学生の頃から何かを解き明かすことに夢中になっていた。その姿が今も変わらない。


夜。隆二の住むマンションの屋上に出て、天体観測の準備を整えた。

望遠鏡を組み立てながら隆二は冷静に言う。

「これで証明できる。()()()は間違っていない」

街の灯りの向こうに広がる夜空を見上げていると、ふいに幼い日の記憶が蘇った。


——小学生の頃。

「ねぇ、拓己、あっちの方が星がよく見えるよ!」

そう言って川べりまで走り出す隆二。勢い余って足を滑らせ、俺が慌てて腕を掴んで引き戻した。


ある時はには、夜のキャンプ場で「もう少しで天の川が見える!」と夢中になり、崖の縁まで行ってしまったこともあった。その時も、俺が必死で止めた。

それでも隆二は、星を追いかける目を輝かせていた。危うさと隣り合わせのその眼差(まなざ)しが、今も目の前にある。


その日のキャンプ場には

空を裂くように、ひときわ大きな彗星が尾を引いて流れていった。

眠気も吹き飛ぶほどの光景に、胸が震える。

「……綺麗だな」思わず呟くと、横で望遠鏡を覗く隆二が真剣な表情をしていた。あの頃と同じ顔で、星を見ている。


気づけば、答えのわかりきった質問をしていた。

「……これから、どうするんだ?」

隆二は夜空から目を離さず、静かに答える。

「戦うよ。この世界で、僕はもう一度証明する。だけど、ここから先は僕だけで行く。最悪、命の危険もある……あの時代のように」


彼の横顔を見つめながら、俺は心の奥にずっとあった思いを確かめた。

——いや、もう決まっていたのかもしれない。

「だったら、俺も行くよ」

「え……」

「だって、あっちの方がよく見えるって川に落ちかけたときも、宇宙(そら)を見るのに夢中で崖から落ちかけたときも、助けたのは俺だろ。隆二だけじゃ命がいくつあっても足りない」


隆二は少し驚いたように俺を見て、それから小さく笑った。

そして、互いに右手を差し出す。

固く握手を交わした瞬間、言葉ではない何かが確かに繋がった。

読んでくださってありがとうございます。

コメントなどいただけると幸いです。

もし縁があったまたどこかでお会いしましょう。

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