教室の後ろにいる何か
いいえ、行方不明になっている山本さんからは、連絡はもらっていません。
私は山本さんと同じクラスですが、あまり話したことなくて、失踪した理由には心当たりがありません。
最後に山本さんを見たのは、みんなと同じ一週間前で、授業中に山本さんが教室から飛び出していったのが最後です。
その時の、状況をくわしく話せですか?
・・・
いえ、その、あの、
はい?
あの時の授業は、道徳の時間で。
授業の内容ですか・・・
・・・
いえ、ええっと、
豚を食べるかどうかの話し合いをしていました。
クラスで豚を飼育して、一年後にその豚を食べるかどうかをクラスのみんなで話し合うやつです。
豚の名前はありません。
普段はおとなしい委員長が、初めに豚に名前をつけるなと主張して、豚は名前の無い豚のままです。
五年生の一学期に豚を飼い始めて、教室の後ろにずっと豚がいました。
それで、その、山本さんはどちらも選べなくて、豚を食べることも、食べないで飼うのを続行することも。
いえ、山本さんが豚に愛着をもっていたわけではなくて、
・・・
山本さんは、話し合いの場で言ってしまったんです。
あんなおぞましいものを食べたくない。
みんなも私も聞こえないふりをしました。
大事なペットの豚を食べるなんてできないとか、食べてやるのが自然の摂理だとか、そんな誤魔化しの話し合いをしているふりを続けようとしました。
でも、山本さんは、怒鳴って私達を黙らせました。
アレは絶対に豚なんかじゃない。あんな豚がいるわけない。そうでしょう。なんで何も言わないのよ。みんな、教室の後ろにいるアレを見なさいよ。見ろよ!見ろって言ってるんだよ!
私は、振り向きませんでした。
豚の鳴き声が、教室の後ろから聞こえてきました。
山本さんは悲鳴を上げて、それで、うげっ、
すいません、吐き気が、気持ち悪い。
それで、
うぇっ、
いつからか、みんな、教室の後ろを絶対に見なくなった。
みんなアレには絶対に近づかない。
エサも何か月もやっていない。
でも、生きている。何かをかみ砕く音が時々する。
豚のはずが無い。
豚はあんな気持ちの悪い形をしているはずがない。あんな禍々しい色合いのはずがない。
あんな鳴き声はしない。
あれは鳴き声なんかじゃない。
人間の言葉だ。
意味のある言葉だ。
豚が鳴いた。
山本さんは恐怖にまみれた顔で教室を飛び出した。
それが、山本さんを見た最後です。
これから、決めなくてはいけません。
話し合いは中断されたので、豚を食べるかどうかは次の道徳の時間に決めることになりました。
これからです。
あんなおぞましいものを口の中に入れたくない。
胃の中に入れたくない。
でも、これ以上、豚の鳴き声を聞くのは堪えられない。
あんな悪意がある言葉はもう聞きたくない。
私はどうしたらいいかわからない。
おぇっ。
おわり