万剣物語 6
今日は、あの魔族の女性が、村に来る日だ。
念の為俺は、村に身を潜めている。
会う事はしないが、見るぐらいなら問題は無いはずだ。
民家の窓から交渉を盗み見る。
流石に交渉が聞こえる位置まではいけないが、こういう時は響剣の出番だ。
交渉場所の近くに複製した響剣を置く。
するともう一つの響剣から声が聞けるのだ。
『あの方は、やはりこの場には姿を現しませんか』
『ええ、流石に貴女の事をかなり警戒しておりますから』
『それもそうですね……』
対応しているのはこの村の代表者として相応しいエリアルルさんだ。
魔族の女性は、残念そうに返事をするが、ここからでは表情を見ることは出来ない。
誤解が解けたのだろうか?
いや、もしそうであったとしてもここで顔を出すのはリスクしかない。
『ところで、貴女の名前を聞いても良いですか?』
『はい、エリアルルと申します。
以後お見知りおきを』
『分かりました。
知っているかもしれませんが、私は魔王軍所属、通称【万魔】の●●●です』
ズキリと頭が痛み聞き取れなかった。
今、なんて言った?
『はい、しかし、そもそも魔王軍最高幹部である貴女が、何故この地に来たのですか?』
『魔族の中でまことしやかに囁かれている噂がありまして、それを確かめに』
『その噂とはどういったものですか?』
『人間の町の近くの迷いの森に魔族が住まう場所があると』
『部下に任せればよろしかったのでは?』
『普通ならそうしたかもしれませんが、一人の剣士が関わっていると聞いてその人物をこの目で確かめたかったのです』
その言葉には妙な重さが含まれていた。
『その剣士に何故攻撃を?』
『あまりにも似ていたからです』
『誰に?』
『私の故郷で殺された人と』
『しかし、攻撃する理由にはならないでしょう?』
『ええ、そうですね。
ただ、あまりにも瓜二つの生き写しでしたので、幻術の類であることを疑ってしまいました』
『そうでしたか。
しかし、貴女のあの怒りはただ死んだ者の姿をした者がいたからという訳ではなさそうですね?』
『貴女に何が!』
エリアルルさんの質問に感情を荒ぶらせる魔族の女性。
しかし、怒りを抑え込み言葉を紡ぐ。
『これ以上は、良いでしょう?』
『……ええ』
魔族の女性は、大きく息を吸って吐き出してエリアルルさんに問い掛けに、エリアルルさんは、相槌を打つ。
『私が、これからしようとしていたことですが、話しますので聞いて下さい』
『……そうですね。
お願いします』
『では、先ず人間の領域に私達魔族が居るのは危険です』
『そうですね』
『なので我が国に来て下さい』
魔族の女性の言葉にエリアルルさんは表情を険しくする。
『しかし、行くまでに何人死ぬか』
『その事は気にしなくて大丈夫です』
魔族の女性は、至極当たり前のように言う。
エリアルルさんは、魔族の女性を睨みつける。
『何人死んでも構わないと?』
『いえ、そうではありません』
魔族の女性は、落ち着いた口調で、伝える。
『死者を出すという危険性自体を気にしなくて良いと言ったのです』
『どういうことですか?』
エリアルルさんの言葉には、やはりまだ疑心がある。
その事を分かった上で魔族の女性は、言葉を紡ぐ。
『簡単なことです。
転移魔術はご存じですか?』
『ええ、身近に使える者が居ますから』
『……そうですね。
それを使えば、移動する者の負担も少なくなります』
『罠を疑わないと思いますか?』
『……そこは信用して貰うしかないですね』
『……流石に信用しきれません、あの方に危害を加えようとした貴方を信用しろと言う方が無理があるでしょう?」
「そうですね。……分かりました。
この話は」
「待ってくれ」
俺は、話の流れが良くないと感じ顔を出す。
万が一、戦いになっても良いようには準備はしているが、話が出来るのであればそれが一番だ。
魔族の女性を見て、頭痛が酷くなる。
「あなたは」
「エリアルルさん、今回の話、先ずは条件を精査してからでも遅くないですよ」
「しかし、貴方の命を狙った人ですよ?」
「はい、でもこのままではこの村は立ち行かなくなります。
その事はエリアルルさんも感じていたはず」
「それは」
「それにあんなことがありましたけど、俺は、その人を信用していいと思います」
「どうしてですか?
この方は貴方に危害を加えようとしたのですよ?」
「はい、そうですね。
でも、エリアルルさんには危害を加えなかった」
俺の言葉を聞いてエリアルルさんは、じっとこちらを見つめそして、魔族の女性を一瞥する。
溜息を吐き、エリアルルさんはこちらを見て言う。
「分かりました。
確かに今のままでは、この村はじりじりと追い詰められていきます。
希望者は、彼女の言うとおり新しい場所へ移住させます。
その前にその土地が安全か確かめなければなりません」
「そうですね」
「そして、その役割までブレイブ、貴方に頼るわけにはいきません」
その言葉を聞いて俺は、首を傾げる。
「大丈夫なのか?」
「ええ、私たちも今の状況が分からないほど愚かではありません。
外に出なければいけない者が出て来ることは、考えていました。
そのために私に出来る限りの知識を与え、また、戦闘も訓練してきました。
貴方に及ばないかもしれませんが、通常のオーガ相手になら引けを取らないはずです」
「あのあほか」
エリアルルさんは俺の言葉にキョトンとして、しかし、直ぐにクスリと笑う。
「ええ、あのあほです」
あのあほ、ヘイズという小人族、まあ、ミニマムサイズほどでは無く、身長がそれ程高くない俺よりも低い程度だが、種族の中では一番体格が良いのが彼だ。
お調子者なので、基本的にスルーに近い対応をしているが、戦闘における実力は実はそれ程低くない。
「あいつなら適任だろうが、一人では流石に危険だ」
「ええ、それで、今回の件です」
エリアルルさんは、こちらを睨む女性の魔族に物怖じせずに正対する。
「貴女の提案を受け入れましょう。
ただし、提示された場所の安全はこちらの者が確認します」
「……分かりました。
では、そちらの準備もあると思いますし一週間後にまた来ます」
「そうですね。
お願いします」
こうして、話がまとまり、村の人々に周知する事になる。
勿論、反対の声もあったが、反対派も今の村の状況が分かっている者ばかりだ。
強いて言うなら子供達が、外の世界にいきたがったが、人間の恐ろしさは確りと教えているので、ぐずりながらも大人しくなる。
「そういうわけで、今回は、ヘイズとミレアス、ビデルの三人に様子を見てきて貰います。
彼らが帰って来たら本格的に移住の話を進めましょう」
「「「はい」」」
と言った風に話は纏まった。