万剣物語 3
歌を歌っていた少女もこちらに気が付いたようで歌を歌うのをやめて怯えた表情を見せる。
まず、逃げ道に支配した鼠たちを先回りさせる。
人が『蛇女』を恐れる以上に『蛇女』は人を恐れている。
周りが敵だらけなのだ当然と言えるだろう。
なので、万が一逃げられて他の冒険者に殺されないようにするためにも鼠で逃げ道をふさいでおく。
そして、彼女を説得しなければならない。
なので彼女たちの礼節を利用するために左手を後ろにして右手で口を塞ぎながら挨拶をする。
「初めまして、私の名前はブレイブ、ブレイブ・フェイブルと申します」
それを見て少女は驚いた表情を見せる。
そして、慌てたように挨拶を返してくる。
「は、初めまして、あ」
途中で思い出したかのように両手で口を塞いで、名前を告げる。
「リリスといいます」
『蛇女』にとってそれは両手を後ろに組むことと同じいわば敵対しないことを示す所作だ。
当然、『蛇女』と敵対する奴は、大抵このことを知らない。
「ここに潜んでいるのが冒険者にばれるのも時間の問題です。
危ないですから一緒に来ていただけませんか?」
「えっと」
リリスは、困ったような表情を見せる。
迷っているのだろう。
いきなり現れた人間を信用していいものかどうか。
ただ、あまり時間がないのも本当だ。
チンピラどもの死体が時間を稼ぐのに役立っていると思いたいがあまり期待はできない。
なので彼女に一本の短剣の柄を向ける。
「変装用の魔剣です。
これで人の姿に変化すれば安全に逃げ出せる」
彼女は、恐る恐る短剣を手に取る。
彼女が、短剣を握ったことを確認して魔剣を起動させる為の呪文を伝える。
「呪文は、『時計の針よ一度の夢現を』です。
早く!」
「は、はい!
と、『時計の針よ一度の夢現を』」
急かしたせいか慌てて呪文を唱える『蛇女』の少女。
すると見る見るうちに彼女の蛇の部分が光に包まれ小さくなっていき足へと変化する。
「さて、付いて来て下さい」
手を差し伸ばすと怖ず怖ずと手を伸ばしてくる。
引っ手繰るように彼女の手をとる。
そして彼女の手を引いて進もうとするが、二足歩行に慣れていない少女は転倒しかける。
とっさに抱きとめてそのまま抱き上げる。
「このまま出ます」
「あ、あのどこへ行くんですか?」
「人間が来ない場所です」
彼女を安心させるためにそう言う。
厳密には自分が行くので全く人間が来ないというわけではないのだが、細かいことは置いておこう。
「安心してください。
人狼とか吸血鬼とかが協同して暮らしている村ですから」
鼠たちを後ろから付いて来ているであろう冒険者にけしかけながら剣の状態を変える。
「写せ鏡剣『響剣シンフォニア』」
頭を掻きまわしていた狂気を霧散したので使えるようになった魔法を唱える。
『『道行く者は阻まれん超えるべきは己が心に石壁』』
後ろに壁を二重に作り出し後を追えなくする。
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「おーい!
ブレイの奴が帰ってきたぞー!」
大声で叫ぶあほが出迎えてくれた。
こいつの声は、頭痛がしてくる。
あほの声に反応して、いろいろな人が集まってくる。
ただし、普通の人の姿をしている者は多くない。
下半身が馬の人、両手が翼の人、二足歩行のトカゲ。
そんな人たちが集まってくる。
そんな中、ほとんど人間と変わらない容姿の人が前に出てくる。
「お帰りブレイ、また新しい子を見つけてきたのか?」
「ああ、『蛇女』の少女だ」
出てきた人物は眉目秀麗の女性だった。
ただし、人間と聞かれれば否と答えるだろう。
何故なら彼女の耳が長く尖っているからだ。
耳が長い種族はエルフがほとんどだが、彼女はエルフでは無い。
ハイエルフ、それが彼女の種族名。
エルフと混同されやすいが、エルフより精霊力が高い存在だ。
ただし、エルフ以上に繊細で近接戦はほとんどできない。
その希少さから奴隷として売りに出されるのはほとんどが超高額であり一攫千金をもくろみ狙う輩が後を絶たない。
超高額となる理由は、その希少さだけではない。
精霊力の高さゆえに魔法使いとしての能力もとても高く簡単に捕まえることができない。
なのでハイエルフはより値段が吊り上がるのだ。
「全く、あまり多く連れてくると君も疑われるだろうに」
「大丈夫だよ。
この村に貼られている結界を破るような奴が出てこない限りは問題ないよ」
「はあ、そうじゃなくてだな」
「ブレイだー!」
「ぶれーだー!」
「びゅれーでゃー!」
ハイエルフの言葉を遮り三人の子供が駆け寄ってくる。
まあ、一人は飛んできてるけどね。
一番大きな子供は、黒い髪をした男の子だ。
名前はヴォルフ。
見た目はただの男の子だが、その本性は『人狼』だ。
二人目の女の子の名前は、アリア。
『鳥女』である彼女は、見た目からして人外であり見つけられるとすぐに攻撃対象とされる。
更に腕が鳥である以上簡単に逃げられるため保護するときは少し危なかった。
三人目の舌足らずな男の子は、最近生まれたケンタウロスで名前はアルトス。
ケンタウロスの一族の子供は生まれて一年もしないうちに言葉を話す。
人で言うところの四歳くらいの見た目で生まれてくるのだ。
さもありなんといったところか。
「遊ぼーぜー!」
「遊ぼー?」
「あしょぼー」
ヴォルフは強引にアリアは控えめにアルトスは追従して遊びに誘ってくる。
「わるいな。
この後、野良ゴブリンを掃除しないといけないんだ」
そう、最初にゴブリン討伐の依頼を受けたのは、気紛れではない。
この村に来る可能性のあるゴブリンを討伐するためである。
ゴブリンは、魔物の中でも話が通じないのである。
試したことがあるのだから間違いない。
「ゴブリン、我らが敵対者、本当だったら私が討伐をしたいのですが」
「貴女には、この村の結界とこの村を守る役目があります。
ここは、俺に任せて下さい。
エリアルルさん」
「分かりました」
ゴブリンは、エルフにとっては不倶戴天の敵である。
ハイエルフの彼女がこの村にいる以上ゴブリンがこの村に近づくのは難しい。
しかし、村の者も外に危険がある状態で外に出ることも難しくなる。
ある程度稼ぐ方法は必要だ。
問題は、この村に一般の商人は入ってこれないことだ。
他の人間にこの場所を知られるわけにはいかない。
残念なことに信頼出来る人間は、早々に見つからないものだ。
ただし、一般でない商人ならばここには入ってこれる。
「どうも、久しぶりやなぁ。
元気しとったかぁ?」
「来てたんですか! ドラクルさん!」
その人は、ぱっと見恰幅の良い男性だ。
彼の種族は、ハーフバンパイアでダンピールとも呼ばれている。
バンパイアは、魔物の中でもかなり上位に入る存在だが、それに比べればハーフバンパイアは、かなり弱い。
その代わりバンパイアの弱点も弱まっているため昼間でも活動出来るのだ。
「無事で何よりです」
「まあ、自分は、普通の人とそこまでかわらんからなぁ。
それを言うなら魔族を保護して連れてきてるあんさんの方がよっぽど危ない橋渡ってますやんか」
「俺は、この魔剣があるから誤魔化せてるんだ」
「しかし、そんな都合の良い魔剣よう見つけたなぁ。
大抵魔剣って言やなんやかんやデメリットがあるっちゅうのにそれがないもんなぁ」
「ええ、重宝してます」
魔剣と言ってはいるけど虚仮威しだ。
この短剣は、剣として、ナイフとして使うことは出来ない。
「それ売れへん?
今やったら良い値段で買いまっせ?」
商人の性かドラクルさんは、訊ねてくるが、俺は、苦笑しつつ答える。
「勿論、駄目ですよ。
この短剣は、二度と手に入らないでしょうし、無ければ今回のリリスも助けられなかったですからね」
「そやろうなぁ。
はあ、それ売れたらめっちゃ儲かんねんけどなぁ」
ドラクルさんは、名残惜しそうにこちらを見てから踵を返す。
「それじゃあ、わいはこのへんでじゃぁのぉ」
そう言って、立ち去る後ろ姿を見ながら考える。
もし、彼になにかあったらこの村は終わる。
ふとそんな考えが浮かぶ。
「ドラクルさん!」
俺の声に振り返るドラクルさん。
「これを持って行って下さい」
俺は、そういって短剣を1つ投げる。
「これは!?」
「転移の魔剣です。
それが砕けたときここに持ち主が転移する物です」
「それは……、ははっ、商品にはならんけど有難く受け取っとくわ」
一瞬期待を裏切られたような顔をするが、直ぐに短剣の重要性に気が付いたのか神妙な面持ちで丁寧に懐に忍ばせる。
「貴男はこの村の命綱ですからね。
もっと早くに渡しても良かったのですが」
「いや、この村のあり方から慎重になるのは当然や」
「その魔剣は、手をつないだ者も連れて帰る事が出来ます。
だから使用時は気を付けて」
「分かってる」
分かってる?
……ああ、そう言えばこの人を助けたときも使ったな。
「今度こそさよならや。
これは、大切につかわしてもらうわな」
そう言ってドラクルさんは、立ち去る。
「それじゃあ俺もゴブリン討伐に行って来る」
エリアルルさんに伝えると彼女は悲しそうにしながらも頷く。
「そう、残念ね。
また来て下さいね」
「ああ」
ドラクルさんとは、違う方向へ向かう。
向かう先は、ゴブリンが住み着きやすい洞窟だ。