万剣物語 1
燃える。
燃える。
全てが燃えていく。
川の対岸で自分が生まれ育ってきた村が、燃えていく。
「行くぞ」
大人の男性にそう言われて手を引かれる。
何が起きたかは分からない。
ただもうこの村には戻ってこれないそういう思いが胸に広がった。
目に熱が集まって来る。
何故こうなったのか、何があったのか。
村から持ってこれたのは一振りの剣のみ。
村から出てこれたのはおそらく自分一人のみ。
ただひたすら遠ざかる村を見続ける。
父ではない、自分の村のものでもない男性に手を引かれ、全てを赤く染める炎が見えなくなるまで……。
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唐突に眼が覚めた。
直前に見た夢を思い出す。
ふと自分の首筋に触れる。
右手を見ると水滴がついていた。
汗だ。
「はあ」
ため息をつく。
当然だろう、忌まわしき記憶、忘却したい記憶。
それを夢で見てしまったのだ。
夢見が悪いとはこのことだ、気が重くなる。
「幸先が悪いな」
ギシギシしなるベッドの淵から足を下ろしてから体を起こして立ち上がり靴を履く。
革でできた質素な靴だ。
庶民が履いているものはこれよりも劣悪なものが多い。
これでもマシな方なのだ。
そして、寝汗を拭くために布を頼みに受付まで行く。
宿の人に湯と布を持ってきてもらい部屋に戻った後で体を拭く、そして、洗濯してもらっていた服を着る。
着心地は昔来ていた服に比べればだいぶ良い、だが、今は心地が悪い。
着替える前の服は宿の人に預ける。
当分の間はここに泊まる予定なので洗濯を頼んでも問題ない。
朝食をとるために食堂へ向かう。
食堂では既に幾人かが食事をとっている。
この宿は、宿でありながら食事処という側面も持っていた。
「お、おはようございます!」
愛想よく挨拶をしてきたのは、食事処の看板娘だ。
宿屋の看板娘でもある。
「おはよう、洗濯ありがとう」
普段、宿泊客の洗濯をしているのがこの娘だ。
気が強そうなつり目が特徴の15歳ほどの少女だ。
肩より長く伸ばした髪を後頭部でくくっている。
「い、いえ、当然のことをしたままです!」
噛んだのが恥ずかしいのか耳まで真っ赤になった。
「フィリア! さっさと注文を取ってきなさい!」
「は、はい!」
フィリアを呼んだ女性の方を見る。
彼女は、ここの宿の主人の奥さんで名前はエメラルダだ。
エメラルダでは長いので基本的には、エミィさんと呼んでいる。
「オススメをお願いするよ」
注文は、丸投げする。
ここの料理はどれも美味しいのでむしろ選ぶのが手間だ。
「は、はい、シチューとパンになります。
いいですか?」
「ああ、それで頼む」
「分かりました!」
元気よくエミィさんに注文を伝えるフィリア、因みに厨房には、この宿の主人の他に数人の従業員がいる。
もちろん、注文を受けるのもフィリアだけでは無い。
ここの宿の食堂は、この町の中でも大きい方だ。
ただ、何故かタイミングよくフィリアが対応してくれる。
まあ、それだけの話だ。
「おい、知ってるか?」
「何だ?」
「このメルデンスに最近出るらしいぜ」
「出るって?」
と言うわけでここは、メルデンスという宿場町である。
大きな町のいくつかがここを通らないといけないためそこそこの大きさになっている。
また、冒険者も多いのも特徴か。
「ほら、最近吟遊詩人たちがしきりに歌ってたあれだよ」
「あれって、『蛇女』か?」
「ああ、また被害が出たとか」
最近話題の『蛇女』は、街の中でも噂が多い。
しかも実際に死人が出ているため今、街を上げて『蛇女』を探しているとのことだ。
吟遊詩人が歌うには、保護していた人を裏切った罪深き魔物だそうだ。
この地域では、意思疎通の取れる魔物と一緒に暮らすことは珍しいのだ。
俺が住んでいた村ではそれほど珍しいことではなかったが、……。
…………。
「お待たせいたしました!」
はっ!
フィリアの声で現実に引き戻された。
危なかった。
もう少しで驚きの声をあげるところだった。
「どうかしましたか?」
フィリアは、こちらの顔を見て首を傾げる。
「いや、なんでもない。
ありがとう」
「はい、何かありましたら呼んでくださいね」
「ああ、また何かあったら頼む」
「はい」
元気よく店内を歩き回るフィリア、彼女の愛想のよさはこの店の大きな長所だろうな。
取りあえず飯にありつくか。
その前に料理を食べる前にお祈りをする。
「いただきます」
まあ、世間一般的ではないお祈りだ。
豊穣の神に祈りを捧げるのが普通なのだが、俺の村では食べ物そのものに感謝を捧げるのが風習だった。
といっても、豊穣の神の祈りも簡略化したらこんな感じになるらしいが、間違っても天光教のやり方とは見間違われることはない。
天光教は、伝統がある宗教で、魔物の存在を認めない宗教組織だ。
この町で行われている『蛇女』探しもこの組織が中心的に行っている。
信者の数が多く、また信仰している貴族が多いため威光を笠に着る者が多い傾向がある。
俺の印象では嫌な組織である。
回復魔法を使う者を優遇して取り込んでいるところが余計に酷い。
回復を独占することにより民から金を巻き上げているのだ。
とりわけ魔物退治をする職業の冒険者と呼ばれる人々は、毎回、金を払って傷を癒やして貰っているのだ。
あいつらにどれだけ金を払ったか。
怪我を回復させるポーションを使うよりは、多少は安い。
しかし、それでも、やはり高いだろう。
一回で銀貨一枚だ。
これは、下級冒険者一人の一日の稼ぎとほぼ同じだ。
善意からではなく利益を得てそして独占しているように感じるのだ。
最もこんなことを気にしている冒険者は意外と少ない。
ここらあたりでは天光教を信仰している冒険者が多いからだ。
まあ、もともと冒険者になる人は魔物を敵視しているからな。
そして、魔物自体たいていは話が通じる生き物ではないのだ。
魔物を敵視する天光教を信仰するのはなんらおかしいことではないだろう。
確か天光教が、信仰している神の名は、聖神『イヴリス』だったか。
まあ、どうでもいい情報か。
「ごちそうさまでした」
朝食を取り終わった後、宿から出て冒険者相互扶助組合に向かう。
看板娘が見送ってくれる。
大変だな看板娘は、
「いってらっしゃーい!」
「ああ、いってくる」
通称『組合』で、蔑称『猟師会』だ。
通称はそのまま短くしただけだが、蔑称は貴族の間で使われることのある呼び名だ。
魔物に対する猟師ってところなのだが、まあ、実際のところは猟師と言うよりは傭兵に近い職業だ。
魔物を減らすのが基本的な仕事で、ほかにも採取、護衛、運送などがある。
とは言え、貴族から見れば所詮、獣をちまちま狩る職業とみなされているようだ。
貴族がどう見ようが知ったことではないが、それでたまに魔物を舐めた貴族が冒険者相互扶助組合に登録し、魔物を狩りに行き喰われる。
そして、貴族を喰った魔物を殲滅する依頼が発生する。
ということがあるのでこちらとしてはいい迷惑だ。
魔物は殲滅するとより強大なものが出てくるのだ。
理屈はわかっていないようだが、俺は昔聞いた知識から知っている。
弱い魔物は強い魔物の餌となっているのだ。
だから、冒険者相互扶助組合は、魔物を狩りすぎないように調整するために存在するのだ。
冒険者相互扶助組合を通さない狩りは大抵の国で原則禁じられている。
冒険者相互扶助組合に着くと幾つかの依頼板が目にはいる。
ランクごとに依頼板がわけられているのだ。
俺は、自分のランクと同じランクC用の依頼板、ではなく全ランク対象の依頼板に向かう。
その依頼板には、幾人かが張り付いている。
今回受ける依頼は、宿でも話題になっていた『蛇女』の捜索だ。依頼を受けると情報をある程度もらうことが出来る。
そして今回の依頼では見つけた者が、報酬の総取りとなる。
なので、受けている人はいるが積極的に探している人は少なそうだ。
まあ、見つかるかどうかは賭けの要素が強すぎるので金に困っているやつ以外は、狙う必要性はないだろう。
危険度はなんやかんや言っても下級冒険者が集団でもやられる程度の強さがあるのだ。
『蛇女』の張り紙を取り受付に向かう。
ついでに常時依頼である『小鬼』討伐も受けるためにそちらの張り紙も取る。
張り紙を受付の人に渡すことによって依頼を受けることが出来るのだ。
今日も馴染みの受付嬢に張り紙を渡す。
「こんにちわ、ブレイブさん、今日受ける依頼はこの二点でよろしいでしょうか?」
受付嬢は張り紙を受付に並べて尋ねてくる。
「ああ」
「分かりました。
受注手続きを行いますので会員証の提示をお願いします」
この流れはいつもどおりだ。
会員証、正式名称、冒険者相互扶助組合会員証はその人の信頼度を示すための識別証だ。
主にランクで表示されるのだが、どうやらそれ以外にも色々情報が書き込まれているようで悪行を行っているような人物はこの会員証提示を求められたらとても困るだろう。
殺人などの犯罪なども書き込まれると言うのは冒険者の中でも有名な話だ。
俺は、殺人は今のところ行っていなし他の悪事についてもした覚えがないので、まあ、大丈夫だろう。
「はい、お預かり致します。
少々お待ちください」
そう言って受付嬢は、一度受付の上に乗っているガラス玉に会員証をかざす。
するとガラス玉が青く光る。
赤くなると詳しく調べられるのだが、まあ、今はいいだろう。
次にスタンプを取り出し張り紙に会員証を乗せてその上からスタンプで、会員証を張り紙に押し付ける。
すると会員証が一瞬光る。
これをもう一つの張り紙にも行う。
「はい、お待たせいたしました。
会員証をお返しいたします」
これで受注は完了だ。
後は依頼をこなせばいい
とはいえ、この依頼を受けた目的は依頼を達成して報酬をもらうことではない。
「『蛇女』に関する情報をお願いします」
「分かりました。
目撃情報は街の中で見かけたというのが幾つかあります」
「どこら辺が一番多い?」
「はい、ここから北の方に目撃情報が偏っていますが、南にも数件目撃情報があります。
ただの蛇を見間違えたという情報も上がっています。
見間違えは南に偏っていますのでおそらくは北の方に住処があると推測されています」
「そうか、ありがとう」
そう言って銅貨を一枚置くと組合を後にする。
さて、取りあえずは北か。