お盆番外編 死後のハナシ(1)
ちょこっと時間が取れたので、一発書きしました。一応推敲はした。大雑把だけど。
《クルト》
ずっと気になっていたのだが、僕がこの世界に転生したのは運命神のやらかしのお詫びだと聞いていた。
じゃあ他にもそうやってこの世界にやってきた人はいるんだろうか?
この国の初代国王がなかなか面白い思想の持ち主で、義務教育もその人が生み出したと聞いているから、この人が転生者説は結構高いけどどうなんだろう?
リバーシもマヨネーズも存在していたからなぁ。誰かが来ているんじゃないかとは思うけども、わからない。
と、いうことで図書館にやってまいりました。ここならなんかそういう系の情報があったりするんではないだろうか。
この世界に活版印刷なんてものはないので、本は手書きである。それを盗難のリスクも孕んで揃えているのだから、必然的に図書館の入館料は高額になる。
具体的に言うと、東京とか言っときながら千葉にある例のネズミの夢の遊園地も真っ青になるくらいの金額である。
まあ僕はお金持ちなので。余裕です。
そんなこんなで、本を探す。当然検索機能などはなく、本の並べ方みたいなものも普及していないので、図書館は本を探す場所ではなく読書好きが集う場所と言った方が正確だ。
入館料も高いので、アイドルに貢ぐオタクみたいな雰囲気である。
なお、学校の図書館で今までナビさんの力を借りて記録している本の中には死後に関する描写はなかった。なので仕方なくここにやってきたのである。
そうして、いくらか探してみたのだが、まず主神に関しての描写はほとんどなかった。
この世界で確認されている女神、ニューテリアを祀るニューテル教が盛んであるからだ。
そして、ニューテル教の教えには以下のように書いてある。
『
人が亡くなったあとにどうなるか。それは、皆さん不思議に思うでしょう。そのまま消えてしまうのか、何かを残していくのか。気になった方も多いはずです。
神は、このことについてのお告げを残しています。
曰く、「死、うまれしことは其の身、うみしことにあり」(作者注 誤字ではないです)
これをそのまま読むと、「人が生きている限り、必ず人は死ぬ」という意味になりますが、これでは当たり前です。神のお告げは基本、すこし捻った言い回しが使われます。
何故そのような言い回しが使われるのかを考えようとした人もいますが、我々人間が神の考えを知ることなどは不可能なのです。そう、私は考えています。
では結局、どのような意味なのでしょうか。それに関しては、かの哲学者、ヨル・アカトが残しています。
それによると、「死というのは、人というもの全体が生きていくのに必要なことなのである。人が死ななければ、人は生まれていくのだから人は増え続けてしまう。だからこそ、神は我々に死を与えたのだ。また、死によって消えた我々は、目に見えない何かになって神の元へといく。その目に見えない何かこそが、次の子供を生み出していくのだ。この世界はだんだんと発展してきた。それは、人が生きてから死ぬまでに懸命に生きているからである。だからこそ、生まれた時より死ぬ時の方がその目に見えない何かの量が多くなるのだ。それは、いわば神に納める税のようなものである。その税が雨をもたらし、大地を照らし、緑を育み、陽を昇らせる。神のお告げなども、この力で行われているのである。よって、我々は生き抜かなければならない。まだ見ぬ我らの子孫たちのために、神への税を納めるために、我々は生きて、死ななければならないのである。」
さて、みなさん。わかりましたか?それでは今回はこれでお開きとしましょう。
』
これが最新の記事らしい。しっかし長いこと書いてんな。この哲学者。でも要するに結局魂的なナニカがあるっぽいんだなぁ。
具体的にはどんなものなんだろう。もうちょっと探してみよう。
ーーつづく(多分)
きっと来年もあります。完結してないと思うので。
次の更新はいい加減9月かな……イベントないし。
戦争……は扱いがデリケートだからパス。
うん。ないね。あったら誰か教えて。




