93.物分りが良すぎるのも考えもの
魔法競技大会は朝から午後まで一日を通して行われる行事だ。学校の校庭で魔法借り物競争や魔法レースなど、個人で競い合う種目が全て終了した後、メインイベントである二、三年合同チームバトルが行われる。日本でいうところの運動会みたいな感じだった。
当然個人種目も加点式なので出場する生徒は多く、成績が低い人ほど積極的に参加した。
「ぎゃあああ!」
現在進行形で行われている障害物レースでは、トラップを踏んでしまった生徒の足首に蔓が絡み、身体がひっくり返っている必見の場面が注目を浴びていた。
「ぷっ、あはは!見てアイツの間抜けな姿!」
「裏で陰口を言っていた時以上の情けない姿だね」
蔓を振り払おうとする度に振り子のように揺れる生徒を見ながら、キオンとエメルは笑う。珍しく意見の合う姿にアイリスがそっと囁いてきた。
「お兄様とキオンが意気投合するなんて……さっきの借り物競争で友情でも芽生えたのかしら」
『愛する妹』のお題を引いてくると意気揚々と借り物競争に出場したキオンは『身長170センチ以上の氷属性の人』を見事に引き当てて戻ってきた。キオンが心の底から悔しそうな顔でエメルに頼みに来て、二人で言い合いながらゴールへ向かった姿は暫くの間いいネタになるだろう。
「それで、お兄様たちはいい加減、自分たちの学年の方に戻らなくていいの?」
何故か二学年が多く集まるスペースにキオンとエメル、カイルの三人は居座っている。私が戻れと遠回しに伝えたのを察したのか、キオンはむっと唇を尖らせて詰め寄ってきた。
「ノア・ブライトンのせいで最近は全くリアと一緒に居れる時間がなくてボクはこんなに寂しかったっていうのに、追い返そうとするだなんて酷い!」
「待機場所は明確に決められているわけではないから、俺たち以外の三年生もいるよ」
近くにいる令嬢のことを言ってるのなら、それはカイルたちと話したくてタイミングを伺っているだけだと思うけど。
それにこの三人がいるとノクスと話ができないから、このままでは朝にシュミレーションをした『貴女には誰にも指一本触れさせません』とアイリスに誓う推しの姿も見られなくなってしまう。
「ぁ……アリアさま!」
私たちから少し離れたところにいるノクスの背中を未練がましく見つめていれば、その場に切羽詰まった声が響く。振り向いた先にはルカが息を切らして立っていた。かなり走ったのか、前のめりで苦しそうに肩を上下させている。
更にはもっと気になることがあった。
「ルカ様?その格好は……」
ルカはレースの付いた薄い寝間着のままだった。寝坊でもしたのかな。それでも着替えくらいはした方がいいと思うけど。
私が指摘するとルカは顔を赤らめてから、手をあたふたさせて言い訳をする。
「こ、これは、無理やり着せられて……そ、そんなことより、た、助けて!ノ、ノアたちが死んじゃう……!ぼ、ぼくがひとり、ルナが、に、逃がしてくれて……!」
「落ち着いてください。一度深呼吸しましょう」
「でも、は、早くしないと……」
「はい吸って」
「……すぅー」
「吐いて」
「はぁー」
焦るルカを落ち着かせるために私は強制的に深呼吸をさせる。ひと呼吸おき多少は平常心を取り戻したらしいルカに、私は改めて尋ねた。
「それで、何があったんですか?」
「ぼ、ぼくが、閉じ込められて、逃がすために、み、みんなが残って!そ、それで……!」
「監禁された所をノア様たちに助けてもらったんですね」
「う、うん!た、建物を、爆発させて、追いかけられて……」
「……爆発させたって、どこをですか?」
拉致監禁されたルカを助けるための行動が緊急かつ過剰ではない範囲だった場合、正当防衛が成立するだろう。奴隷商などの悪人相手だったらより効果的だ。
色々な思考が巡っていた中、ルカがぐっと両手を握りながら声を張り上げた。
「ブ、ブランシュ男爵家!」
「……!」
貴族の家名が出てきた瞬間、私は目を見開きルカの口を塞いで辺りを見回した。結構大きな声だったからブランシュ男爵家の単語は聞こえてしまったようだけど、周囲の反応を見る限りそれ以外の話は聞かれていないようだ。
これは……かなり不味い状況なんじゃないのだろうか。
「アリア、彼が苦しそうだよ。そろそろ離してあげた方がいいんじゃない?」
「あ、ごめん。今の話だけど、もう一度最初から全部教えてもらえる?ルカ様がどうしてブランシュ男爵家に行くことになったのかから」
カイルに言われてようやく私はルカの口から手を離した。一応謝罪はしたものの、頭の中は他の考えでいっぱいだった。
ルカはたどたどしくも、自分がブランシュ男爵に行くことになった説明をしてくれる。そして、ここに来るまでの間に起きたことも全て。
「……だから今、ノア様たちはまだ男爵家にいて戦ってるってことですね?」
「う、うん、そう……!」
不法侵入罪に財産破損罪……ノアが静かに対話をするとは思えないから更に罪状は増えているはずだ。収監で済むならいい方で、下手をすれば死刑の可能性もあった。
それこそ、世界がひっくり返るような出来事でも起きない限り厳罰は免れないだろう。
「助けに行きましょう!」
「そうだね。事情を知ってしまった以上、このまま見て見ぬフリするわけにはいかないよ」
「行こうリア!」
お人好しな子供たちが勇敢な発言をし始めるから余計におかしくなりそう。私ははっきりと否定した。
「だめ。先生に報告しよう」
これはもう子供たちで解決できる範囲を越えていた。ノアたちを助けることを拒否されたと感じたのか、ルカは顔を真っ青にして泣きそうな顔で頼み込んでくる。
「ぼ、ぼく……な、なんでもします……!ぁ、お金は、もう、ないけど……だから……」
報酬の問題なのではない。だから捨てられた子犬みたいな顔をするのはやめてほしい。その時、今まで沈黙していたエメルが口を開いた。
「……俺も、アリアの言う通り先生に報告した方がいいと思うよ。俺たちが行ってどうにかなる問題じゃないでしょ」
「……」
はぁ、まったく。無鉄砲過ぎるのは困るけど、物分りが良すぎるのも考えものだね。
私は諦めて内ポケットから魔法スクロールを取り出し、状況を整理した。
「……殿下とアイリスは先生に報告して、お兄様は私と一緒に来て」
「うん!」
「アリアじゃなくて俺が行った方がいいんじゃない?」
「いいえ。ご指名のようですので私が行ってきます」
カイルに何かあれば私たちの首が飛ぶ。
渋るかと思いきや意外にもカイルはあっさりと「そう?分かったよ」と頷く。代わりに異論を唱えたのはアイリスの方だった。
「待って!私も行くわ!」
だめだめだめ!チーム戦が始まるまでに帰って来れるか分からない今、アイリスだけは連れていくわけにはいかなかった。
魔法競技大会はノクスとアイリスの出会いである、最も重要なイベントだ。エメルが心配なのは分かるけど、私もこれだけは絶対に譲れない最優先事項だった。
「アイリスは殿下のサポートをお願い」
「でも……!」
「アイリス、少しいい?」
中々引き下がらないアイリスにカイルが耳打ちをすれば、先程の姿が嘘のようにアイリスは大人しく頷いた。
「……カイル様のサポートをするために、ここに残るわ。アリアのお願いだもの」
一体アイリスに何を言ったのかと目で訴えかけると、カイルはウインクをしながら口元に人差し指を当てる。不自然すぎる切り替えが少し引っかかったけど、アイリスの気持ちが変わる前に話を纏めることにした。
「ありがとう、アイリス。じゃあ行く前にお兄様とエメルはこれ飲んで」
「これは?」
「髪色を変えるカラーリング薬。そんなに効果時間は長くないけど、行ってすぐ身元がバレると動きにくくなるかもしれないから一応飲んで」
「分かった!」
躊躇いもせず一気に飲み込むキオンに続いて、私も魔法薬を流し込んだ。
「うわっ!ありえないんだけど!?」
「な、なに?」
まさか問題でも起こったのかな。急に声をあげたキオンに慌てて視線を向けると、キオンは両手で口を抑え、感激を隠せないまま私に言った。
「黒髪のリアも可愛すぎる……っ!」
「……そう」
幸せそうで良かったね。こんな時でも変わらずシスコンは健全だった。
未だに私に見とれているキオンは放っておいて、私は二人を呼びかける。
「エメルとルカ様はこっちに来てください。行きましょう」
「う、うん!」
「お兄様もルカ様もそんなにくっつかなくても大丈夫だから、少し離れて」
「リアだけ飛ばされちゃったら嫌だもん〜」
「まぁそれは私も嫌だけど……」
ぴっとりと私にくっつくキオンとルカを引き剥がしていると、瓶を持ったまま立ち尽くしていたエメルが顔を歪めて呟いた。
「……なんで」
「?」
「面倒事は嫌いなくせに」
こんな時でも憎まれ口を叩くなんて、いい度胸だよ。
ノアが心配でたまらなくて、今すぐ行きたいと顔に書いているのに、中々一歩が踏み出せない男の腕を無理やり引っ張り、魔法陣の上へと強引に乗せる。私は呆れながら言い返した。
「そうだね。確かに私は面倒なことは嫌いだけど……それでも、友人の望みくらいは叶えてあげられるって」
エメルが動揺したかのように瞳を揺らす。魔法陣から光が浮かび上がり、次の瞬間には視界が切り替わった。




