89.たまには徳を積むのも悪くない
「エメルとノアが知り合いだって……?」
ステファンから聞かされた話は予想だにしない内容だった。
エメルからノアの話は一度も聞いたことがないし、ひか恋でも出てこなかった……いや、待って。はたと、人気投票後のことを思い出す。
そういえば第三回人気投票でノアが一位になって幼少期のショートストーリーが公開された後、SNSではノアとエメルのイラストがよく流れて来るようになった。てっきりオタクがまた集団幻覚にでもなったとばかり思っていたけど……もしかしたら二人の過去が公開されていた可能性が浮上し始めた。まぁ今になっては、真偽を知る術はないけど。
認識の相違が生じないように、一応確認はしておく。
「エメルって、エメル・オルレアンのことで合ってる?同名の人違いとかじゃないよね?」
「はい、オルレアン令息で合っています。去年の夏頃、ノアが嬉々として教えてくれましたから」
「ぼ、ぼくも、何回も聞いたよ……!」
「あの時のノアはとても嬉しそうでしたよね」
ステファンの言葉にルカとラウラも同意するも、何故か三人の表情は曇っていた。
「でもエメルとノア様が話してるところなんて見たことないけど」
「それはアイツがノアを見捨てたからじゃない!」
「おい、ルナやめろ!」
「何よ、本当のことでしょ。そのせいでノアがどれだけ傷ついたか見てたでしょ!?」
ルナが叫ぶと、ステファンもルカもラウラも全員が黙り込む。話に付いていけず、だからと言ってズケズケと尋ねることもできずにいれば、ステファンが説明をしてくれた。
「……ちょうど一年ほど前、ノアが興奮を隠せない顔で帰ってきたかと思ったら『エメルを見つけた!』と叫びました」
こんなにも喜ぶノアを見たのは初めてだったと、ステファンは付け加える。
『あまりにも急だったから頭が真っ白になって、何も話せず別れてしまった……せっかく会えたと言うのに……!うわああああ!どうしたんだ!俺らしくないぞ!?』
『うわっ、うるさ……ノア邪魔だから、僕の足にしがみつくのはやめてよ』
『だ、大丈夫!つ、次は、あるよ……!』
『そうよ。休み明けに学校へ行った時にでも、もう一回話せばいいでしょ』
『そうですよ。せっかくですし、私たちと練習しましょう!そうすれば今度は上手く話せるはずですよ!』
落ち込むノアを皆で囲って励まし、エメルと話す時の練習までしたらしい。
『その……会うのは久しぶりだな。随分と大きくなったんじゃないか?』
『なんか、変……』
『数年ぶりに会う親戚のおじさんみたいな言葉ですね』
『ちょっとよそよそし過ぎるんじゃない?』
『うぅむ……やっぱりそうか?』
『ぼ、僕は、そんなに悪くないと思う……!』
ノアのために皆が一生懸命アイデアを出し合い『ありがとう!』と抱き付いてくるノアに『暑苦しい』だなんて冗談を言いながら、送り出した。しかし次に帰ってきたノアから聞かされた言葉は、ステファンたちが望んでいたものではなかった。
「雨でずぶ濡れになって帰ってきたノアはいつものように笑いながら『上手くいかなかった!せっかく練習に付き合ってもらったのに悪かったな!』と一言だけ僕たちに言って、それ以上は話そうとしてくれませんでした」
「そ、その時のノア、すごく辛そうだった……!む、無理やり、笑おうとして……」
「その『上手くいかなかった』っていう詳細までは聞いてないの?」
久しぶりに会う友人と会話をするだけなのに、どうしてそこまで拗れたのか理解出来ず尋ねるけど、ステファンもルカも首を横に振る。
すると黙り込んでいたルナが顔を歪め、恨みを込めて言い放った。
「そんなの聞くまでもないわよ。どうせ自分は貴族になったから、平民とは仲良くしたくなくなったんでしょ。アンタたちみたいな人間、大嫌い。そうやって簡単に切り捨てるから――」
「違う。エメルはそんなことしない」
ルナの言葉を途中で切って、断固として伝える。確かにエメルはキオンやアイリスに比べたら自分の感情を出すタイプではない。しかし、身分が変わった程度で友人を見放すような男ではないことを私は知っている。
自分でも知らないうちに言葉が強くなっていたのか、四人は黙り込み変な空気になってしまう。
「……だからつまり、誤解があったかもしれないと言いたいわけで」
一度きちんと話し合えば誤解は解けるだろう。ノアは勿論、エメルもノアを気にしているようだし、そんなに重く考える問題ではないようだ。アイリスに横恋慕している疑惑も解決して私はスッキリしていた。
「こうして話していても埒が明かないし、魔法競技大会が終わったら話し合う席を私が設けるよ。それでどう?」
エメルのことをよく知らない彼らに向かって、私がいくら『エメルはそんな男じゃない』と言ったところで信じないはずだ。だからどこかの部屋にエメルとノアを一日閉じ込めておけば、あとは勝手に仲直りでもするだろう。たまには徳を積むのも悪くないね。
二人で話をさせると伝えた私に、ルカが真っ先に頷いた。
「う、うん!ぼ、ぼくも、手伝う……!」
「ちょっとルカどういうつもり!?こんなヤツの話を信じるつもり!?」
「ノ、ノアには……わ、笑ってほしい、から……!」
不満をぶつけるルナに、ルカも負けじと言い返せば、珍しくルナがぐっと黙り込む。その様子を見る限り、ルナも同意見ではあるけど、私に同意するのは嫌だと言ったところだろう。
このままルナの意見を無視して強行するのは簡単だ。しかしその場合、ルナを疎外させることになり、一歩間違えればルカたちと仲違いさせるリスクがある。穏便に物事を進める為にもそれは避けないと。
だからこの状況では、ルナの意見も尊重することが必要だ。
「なら、多数決で決めますか?もしも反対される方が多ければ、私は手を引きましょう。ルナ様もそれでいいですよね」
「……分かったわ」
よし。これで後から文句を言われることもないはずだ。頷いたルナへにっこりと笑って、ステファンとラウラにも尋ねてみる。
「じゃあステファンとラウラさんはどうかな?」
「私はアリア様に賛成です。たとえルナの言う通りだったとしても……ノアには後悔が残らないような選択をしてほしいです」
「僕はオルレアン令息のことはよく知りませんが、アリア様が『違う』と言うのならそれを信じます」
「決まりだね」
多数決は四対一で可決となった。実はルカが同意した時点でこの結果は決まっていたんだけど。ステファンは私の意見に賛成するだろうと思っていたから、ラウラがどっちを選んだとしても三票が集まり私に天秤は傾いていたはず。
つまり、多数決で決めるという提案をすることで公平な判断のように見せただけだ。ものは言いようだった。
「場所などはまた改めてお知らせしますね」
二人を閉じ込めるいい場所があればいいんだけど。それは後でゆっくり決めるとして、今は先にこれを言わなければならなかった。
「ありがとう」
「え?」
突然のお礼にステファンが目を瞬く。困惑している彼にも分かるように、私は言葉を付け加えた。
ブローチに傷が付いてしまったことや、他の人に渡したことをステファンがこれ以上、気に病まないように、もう一度きちんと伝える。
「私があげたブローチをずっと大切にしてくれてありがとう」
以前も伝えた言葉で同じ意味のはずなのに、重さは全然違っていた。私はあのブローチは将来お金に困った時に売れる資産くらいにしか考えていなかったし、ステファンもそうだと思っていたから。
「……っ、い、いえ!とんでもありません……!」
ステファンは感動したのか唇を噛み締めて目を潤す。誕生日にはブローチの代わりに、他のプレゼントを贈ってあげないと。今度は持ち合わせの物ではなく、ステファンに似合う物を。完全に埋め合わせはできなくても、少しくらいはいい記憶に上書きしてあげることはできるはずだ。
皮肉にも宝石が傷つき価値が落ちたせいで奪われずに済んだかもしれないと思ったが……うーん、これは言わないでおこう。




