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88.モノローグ ステファン 2




ノアたちと遊ぶようになり、一週間が過ぎた。


「ない!ない!ちゃんとここに隠しておいたのに……!」


今日はボール遊びをするというから壊したり失くしたりしないように、ベッドの枕元に隠していたアリア様のブローチが戻ってきた時には消えていた。

慌てて周辺を探してみたけれど見つかるはずもなく、呆然と立ち尽くす。僕は馬鹿だ。大事なものなら絶対に手放すべきではなかったのに、気が緩んでしまっていた。


「ステファンどうしたんだ?そんなに暗い顔をして!」

「……ノア」


その場から動けないでいる僕に、いつものように明るく声を掛けてきたノアをジッと見つめる。この孤児院で、アリア様のブローチの存在を教えた相手はノアだけだった。

だからノアが一番怪しいのに……でも、ノアが誰かの物を盗むようなことをするのだろうか。今まで僕が見てきたノアは煩くてウザい時もあったけれど、裏表はなくいつだって馬鹿みたいに真っ直ぐだった。


「ブローチが……失くなった。外から戻ってきたら、二つともなかった」

「……!」


だから僕は、ノアを信じたい。輪の中からはみ出ていた居た僕に、唯一声を掛けてくれた人だったから。泣きそうになるのを耐えながら事情を話せば、ノアは僕の頭をぐしゃぐしゃに回してニカッと笑った。


「大丈夫だ。俺に任せてくれ!」

「え?ちょっと、ノア!」


僕へ何の説明もせずに、ノアはいきなり走り出す。ワンテンポ遅れて追いかけたけれど、ドアを開いた先にはもうノアの姿はなかった。


「ええ……嘘だろ。どんだけ足が速いんだよ」


ノアがどこに行ったのかは分からなかったけど、部屋で一人で待っているのも落ち着かず僕は廊下をふらりと彷徨う。


「――かしら。――い――じゃ……」

「やっと見つけたって、ノア……と院長先生?」


院長室から微かに漏れている声に僕は足を止めて首を傾げる。一体どこまで走っていったのかと思いきや、案外すぐ近くでノアを見つけた。

ノアに声をかけようとしたけれど、聞こえてくる会話に足が止まる。


「返してくれ。あれはステファンの大事な物だ」

「何だか誤解があるようだけれど……ステファンの大事にしていた物が失くなったのよね?どこかへ落とした可能性もあるんじゃない?いつも先生を色々と手伝ってくれてノアには感謝しているけれど、疑われるのは悲しいわ。皆にお願いして、もう一度探してみましょう?」

「いいや、院長先生。犯人は貴女で間違いない。ステファンが部屋から離れていた時、ルジー先生は俺たちと一緒に庭に居た。室内に居た子たちのことは、ラウラが目を離さなかっただろうし」

「それならジェフリーやグランじゃない?あの子たちったら、本当に悪戯が大好きなんだから……」

「もしもあの二人だったなら今頃、嬉々として皆に見せびらかしていたはずだ。だからもう分かるだろう。可能性を一つずつ潰していけば、残っているのは貴女だけなんだ」


見たこともないほど真剣で静かな表情のノアが、真っ直ぐと院長先生に向かって手を差し出す。


「さぁ、納得したらそろそろ返してくれ」


鋭い金色の瞳が院長先生を射抜く。ノアとは距離があるはずなのに、肌が震え息を呑む。まるで王者を前にしたかのような、圧倒される感覚。院長先生も感じたのか、口元を引き攣らせながらノアに言い訳をし始めた。


「し、仕方がなかったのよ。寄付や支援金だってないから、お金が全然足りないの。このままだとこの場所を維持し続けるのは難しくなるわ。先生だって本当はこんなことしたくなかったけれど、全部貴方たちのためを思ってしたことなの……ノアだって家族と離れ離れになるのは嫌でしょう?だから、分かってくれるわよね?」


院長先生がノアの目線に合わせてしゃがみ、両手で肩を掴んで訴えかける。しかしノアは同情を誘う先生の言葉を一蹴した。


「院長先生の気持ちは理解するが、だからと言ってステファンの大事なものを盗む理由にはならない。あのブローチの存在を気付いていたのなら、ステファンにとってどれほど大事な物なのかも知っていたはずだ。――だから、返して貰うぞ」

「あっ!」


カチャンッ!

ノアが伸ばした手を先生は避けようとするも一手遅かったようで、袖口に隠していたブローチが床へ落ちて金属音が鳴り響く。

ノアは静かにそれを広い、院長先生に話し続ける。


「確かもう一つあったと記憶しているが、俺もレディの服を漁るような真似はしたくない。だから院長先生が自ら出してくれると嬉しいのだが」


ノアの言葉に院長先生の顔がカッと赤くなる。それはまだ路上で暮らしていた頃に、何度も目にした表情だ。先生は頭に血が上り、怒り出す直前だと気が付いた僕はすぐにドアを開く。

僕の存在に気が付いた院長先生は、一気に顔を青ざめて萎縮した。


「ス、ステファン!違うのよ、これは本当に、そんなつもりはなかったの。だからモニカ様には言わないでちょうだい……!」


モニカ・グレイドル、魔法省に所属している人の名前だ。光属性使いのトップでもある彼女が僕を直々にこの孤児院へ連れてきてくれたからか、どうやら院長先生は僕とモニカさんに関わりがあると勘違いしているようだった。実際は、アリア様が頼んでくれただけなんだけど。


「ステファン!一つ取り返したぞ!もう一つもすぐに……」


ノアは僕に気付くとすぐに駆け寄ってくる。握りしめていたブローチを僕へ嬉々として見せながら――蒼白になった。


「き、傷が!ス、ステファン、実は先程、ブローチを落としてしまったんだ。すまない……すぐに直してみせるから、どうか許してくれないか……!?」


さっきまで堂々と先生を追い詰めていたヤツと同一人物だと思えないほど弱々しい姿で、ノアは僕を必死に弁解しようとしてくる。


『これを売ればそれなりにお金になるはずだから』


ぎゅっと唇を噛み締めて目を瞑れば、浮かぶのはアリア様の声だった。


「……今、院長先生が持っている方はあげます。僕には一つあれば十分ですから」

「何を言ってるんだステファン!お前が我慢する必要はない!」

「このブローチをくれた方が言ってたんだ。『ご飯をしっかり食べて、ちゃんと寝て』って」


言われた時はピンと来なかったけれど、今ならその二つがどれほど大事なのか分かるようになった。昔みたいには戻りたくないし、他の人たちを同じ目にも合わせたくない。

最初は生きるためだけに居た場所が、僕は好きになってしまったから。


「だからここを守れるなら……皆のために使ってもらえるなら……もういいよ」

「……ええ、ええ!勿論よ!これで皆も喜ぶわ。ステファンありがとう!本当にありがとう……!」

「いえ……僕はそろそろ戻ります」


院長先生が涙を流しながら、僕の手を握り何度もお礼を伝えてくる。これで良かったはずなのに気持ちは沈み、素直に喜ぶことができない。鬱々とした気分のまま院長室を出ると、後ろから大声で呼び止められた。


「ステファン待ってくれ!本当にあれで良かったのか!?」

「良かったに待ってるだろ」

「ならばどうしてそんな顔をする!?戻って返してもらおう!ステファンが言いにくければ俺から――」

「ッもういいって言ってるだろ!しつこいな!じゃあどうすれば良いって言うんだよ!あんなっ、あんなこと言われたら、ああするしかないだろ……」


鼻の奥がツンとして、視界が滲む。

こんなに格好悪い姿を見せてしまうことも、僕のために取り返してくれたノアに当たってしまったことも――本当は手放したくなかったことも、全部が悔しくて悲しくて苦しかった。


「――そうだな。すまなかった。ありがとう。俺たちのために、大事な宝物を譲ってくれてありがとう。ステファンは俺の自慢の家族だ」

「……っく……う゛ぁ……あああ……ッ」


泣いている僕をノアは抱きしめながら、背中を優しく摩ってくる。一歳しか違わないくせに僕よりもずっと大人のようで、頼もしく思えた。そんなこと、絶対に言ってはやらないけど。





「それはどんな人から貰ったんだ?」


僕が落ち着いた頃、ノアは僕の手にあるブローチを眺めて尋ねてきた。


「……女神様みたいな人。僕の手を握って『今は辛いかもしれないけど、生きてればきっと幸せなことがあるから大丈夫よ』って言ってくれたんだ」

「素敵な人なのだな!いつか必ずお礼を言わねば!」

「え?なんでノアが?」

「それは当然、俺がステファンの家族だからだ!家族の恩人なら、俺にとっても恩人だろう」


自信満々に胸を張るノアに僕は呆れる。それでも不思議なことに嫌な気分ではなく、何だか恥ずかしかった。


「でも、アリア様に怒られないかな。せっかく貰ったのに……」


パッと見は分かりにくいけれど角度を変えて光を翳せば、その傷は浮き彫りになる。せっかく貰ったものをこんな風にしてしまって、アリア様にガッカリされたらと思うと気が気ではない。

そんな僕に、ノアは心配無用だと断言する。


「大丈夫だ。たとえ傷がついても、その美しさが揺らぐことはない」


何の根拠もないくせに、あまりにも自信に満ち溢れているせいで本当に大丈夫に思えてしまうから不思議だ。


「……うん、そうかも」


だけどノアの言う通り、傷が付いたからといって僕にとって価値がなくなるわけではなかった。


「でも大事なのはノアじゃなく、アリア様の意見だけどね」

「はっははっ!ステファンは厳しいな!」

「うわっ、急に大きい声出すなよ。ところで、さっきのは何だったわけ?」

「うん?どのことだ?」

「院長先生に言い返してた時のノア、まるで別人みたいだったけど」


今度はもう肌身離さず持ち歩こうと、内ポケットにブローチをしまう。意外な質問だったのか、ノアは虚をつかれたかのように目を瞬いてから、何かを思い出す表情で笑った。


「ああ。あれは俺の相棒の真似をしたんだ。アイツのことなら何でも知っているからな。もしもあの場に居たら、あんな風に問い詰めるんじゃないかと想像してやってみた」

「その人に会ってるのは見たことないけど、会わないの?」

「それが今はどこに居るのか分からなくてだな……だが、きっとどこかで上手くやっているだろう。賢く器用で、要領もいいヤツだ。それに、俺の相棒でもある!」

「最後のは関係ない気がするけど」

「なに!?一番重要なことだ!今は遠く離れているが大丈夫だ。再び会う日はいつか必ずやって来るだろう」

「ふぅん。その人は何て名前なの?」


普段は誰かに頼られてばかりのノアが、そこまで信頼して心を預けている相手がどういう人なのか少し気になった。だから、名前くらいは覚えておこうと思い、質問してみる。

ノアは今まで見たこともないほど嬉しそうな顔で、口を開いた。



「ああ、名前は――――」







『今は辛いかもしれないけど、生きてればきっと幸せなことがあるから大丈夫よ』

※こちらはステファンによって美化された記憶です。読み返してもこのような描写はございませんのでご注意ください




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愛しの婚約者さまに、今日も命を狙われています こちらもよろしくお願いします₍ᐢ‥ᐢ₎ ♡
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