86. ……ステファンは嫌?
「ステファンが?」
「はい。ウォレス公爵令嬢のことを少しでも悪く言おうものなら、ステファンがどこからともなく現れて『話したこともないくせに、お前なんかがアリア様のことを語るな!』って怒るんです。一年生の時はそれでクラス中を巻き込んだ大喧嘩にもなったことがありました」
「……」
「だから最近ではウォレス公爵令嬢の噂を口にする人は勿論、悪い話も聞いたりしません」
「……そう、ありがとう」
そんな戯言は放っておいていいと言いたいところなのに、ステファンは本気で私のために怒ってくれたと思えば一蹴もしにくかった。悪い噂ばかりの私に彼女たちが声をかけてくれたのも、ステファンの奮闘が少なからず影響してるんだろうし。
そして、お陰で謎も一つ解けた。
未だに周囲から遠巻きにされる理由。それはどうやら人為的によるものだったらしい。人々は事実を確かめるよりも、すでに持っているイメージや感情に基づいて判断しがちだ。
そのうえ私は愛想のいいタイプではないから、目の当たりにした印象にネガティビティバイアスと先入観が加わり、噂はますます信憑性を持って広がっていく。
「だけど、今回はそうならなかった」
おそらく平民の間で流れていた噂は、元々大したことがなかったのだろう。
もし今でも噂が流れていたとしたら、いくらステファンが頑張ってくれたとしても掻き消すには限界があったはずだ。
だから貴族の間で未だに噂が根強く残っているのは、意図的に広め続けている誰かがいるに違いない。
「はぁ……縦ロール先輩以外の人にも恨まれてるとは」
矛先が向いている相手は私なのが幸いだと考えるべきか。それでも物語の強制力のようなものではなく、人為的なものだと分かったのは予想外の収穫だった。
相手が誰なのかまでは全く見当つかないけど、少なくとも縦ロール先輩ではないとは思う。彼女はこんなに回りくどいことはしない気がした。
「まぁ今はいい」
それよりも先に片付ける問題があった。本当はあと二週間耐えるつもりでいたけど、ノアと変に噂になるのは御免だ。
だからさっさとノアへの疑惑を解決するために、私はUターンをして行き先を変更した。
「ルカ様」
「ア、アリア、さま?」
二年C組のドアを開き、目的の人物の前で足を止める。彼の名前を呼べば長い睫毛が数回上下して、ブラウンに近い琥珀色の瞳が丸くなった。
この一ヶ月近く、私とルカが一対一で対話したことは一度もない。お互いに自分から話しかけることはなく、何か話す時は必ずノアが間に挟まっていたから。大して仲良くもないチームメイトがいきなり自分のクラスに来たら驚いて当然だった。
「突然すみません。今、少しいいですか?」
「ちょっとアンタ。急に来たかと思えば、ルカになんの用事!?」
「おいルナ!アリア様を『アンタ』呼びするのはやめろ!」
「アリア様こんにちは」
「……うん、久しぶり。ラウラさん」
ルナが私に敵意を剥き出しにした途端、ステファンがいきなり現れて叫んだ。状況が混迷し始める中、のんびりした声のラウラと挨拶を交わし合う。言い合いを続けているステファンとルナを交互に眺め、おろおろと困っているルカに私はこっそり声をかけた。
「ルカ様、ここだと話せなさそうなので外に出てもらってもいいですか?」
「ルカをどこに連れていく気よ!散々男を侍らしてるくせに、まだ足りないわけ!?」
「……」
想像していた以上に、彼女の中で私の印象は悪いらしい。ルナは叫びながら警戒心MAXでルカを自分の背に庇う。侍らかされている男たちとは一体誰のことなのか人選していれば、ステファンが負けじとルナに言い返した。
「いい加減にしろよルナ!これ以上アリア様に失礼なこと言ったらただじゃおかないぞ!」
「やれるものならやってみれば?根暗のアンタに何ができるわけ?そんなこと言われても全然怖くないわよ」
バチバチと火蓋をぶつけ合う二人を余所に、私はもう一度ルカへの会話を試しみる。しかし目敏く気付いたルナが私を睨んだまま間に割り込んできた。
「言っておくけど、ルカを誑かそうとしても無駄だから諦めることね」
「ル、ルナ……大丈夫、だよ?ア、アリアさまは……ぼ、ぼくに、興味ないから……」
それは果たして褒め言葉なのか少し気になるね。チームメイトとしての情があるのかルカは、たどたどしくもルナを説得しようとしてくれる。その結果、火に油を注ぐこととなり、ルナは余計に私を憎々しげに睨んできた。
「ルカになにを吹き込んだのかは知らないけど、思い通りにいくと思ったら大間違いよ。ルカにはこれ以上近づけさせないんだから!」
「まぁ別に話ができればどの距離でもいいけど……」
問題は、話をしようとする度にルナが横槍を入れてくることだった。このままでは一向に進みそうにない。
仕方がないからルカとの会話は諦め、飼い主を守る忠犬のように私の目の前へ立ち塞がるステファンにターゲットを変更することにした。
私が王座に座っているとして。両側にはエメルとカイル、後ろにはグレイ、右足にはキオンが居れば、左下に空きが出る。ちなみにノクスはアイリスの男なのでハーレムからは除外だ。
「じゃあ、ステファンがルカ様の代わりに、私に侍らかされる男に加わる?」
「えっ!?よろしいのですか!?」
「……冗談だよ。ルカ様の代わりに聞きたいことがあるの」
冗談のつもりだったのに前のめりで食いつかれた。私がすぐに訂正すると、ステファンは本気で残念そうに項垂れながらも頷く。
「冗談なのは残念ですが……僕に答えられることであれば何でも聞いてください」
「ありがとう。実は少し前からノア様の様子がおかしくて心配してるの。もしかして何か知らない?」
「えっ、ノアですか?うーん……ちなみにおかしいっていうと、どんな感じですか?」
「話してる時とかは普通に喧しいなんだけど、それ以外の時はぼんやりしてるというか、上の空って感じかな」
私の説明にステファンは必死に記憶を辿ろうとしているも、思い当たることはないらしい。返答の代わりにラウラへも尋ねてくれる。
「ラウラは何か知ってる?俺からしたら普段通りのノアにしか見えないんだけど」
「確かに少しだけ空元気には感じました。理由までは分かりませんが……」
「そんなこと知ってどうするのよ」
ステファンやラウラと話し合っていれば、またしてもルナが水を差してくる。灯台下暗しというし、案外ルナが答えを握ってるかも。
「ルナ様は何か知りませんか?」
「知ってたとしてもアンタなんかには教えてあげない」
ある意味予想通りの答えだったとも言える。表情を見る限りだとルカも心当たりはないようで、結局空振りに終わって肩を落とす私にステファンが申し訳なさそうに謝ってきた。
「お力になれずすみません……」
「十分だよ、ありがとう。もしまた何か分かったら教えてくれる?」
「嫌よ」
「はい!」
同時に応えたステファンとルナが睨み合う。息がピッタリで逆に仲が良さそうだと思ったことは口にしないでおこう。
「あの〜ちなみに、ノアの様子がおかしくなったきっかけとかは分かりますか?」
きっかけは間違いなく、ノアがアイリスと言葉を交わしたあの日だ。情報を求めるのであれば、私も同様に開示するべきだろう。しかし他人の恋愛事情をペラペラ話し回るのはさすがに気が引ける。躊躇われた私は私情を抜きにして、なるべく客観的に説明をした。
「大したことはなかったよ。ただ、ノア様がいつもみたいに私のクラスに来てアイリスやグレイ様と少し話をしたくらいで」
「そ、それは、アイリス・オルレアン公爵令嬢のことですか?」
「うん?そうだけど」
アイリスの名前を出した途端、ステファンたちが動揺した。ほんの僅かな変化だったけど、私は見逃さなかった。
「ステファン、もう一度聞くけど何か知ってることはない?」
「い、いいえ!僕は何も……!」
必死に否定するステファンの姿は、逆に私へ確信を与えてくれる。だけど言う気はないらしい。それなら仕方ないね。
私は腕を組み、ステファンに向かって優しく微笑んだ。
「海が見える別荘に、夏になると毎年行くんだけど」
「?」
「今年は一緒に行く人数を増やしてみてもいいと思ってるんだよね。ステファンはどう思う?」
「ぼ、僕は……」
「まさか買収する気!?ステファンもこんな卑怯な手に惑わされるんじゃないわよ!」
瞳孔が振動しまくっているステファンを、ルナが必死で止めようとしているけどもう遅い。
私は勝利を確信しながら、トドメを指した。
「綺麗な海を見ながら、美味しい物を食べて、朝から晩まで一日中私と遊べるの。私はステファンが来てくれたら嬉しいんだけど……ステファンは嫌?」
「いいえ!嫌なんかじゃありません!」
「そう?じゃあ教えてくれるよね?」
この悪魔!と叫んでいるルナを無視して、私はステファンが口を開くのを待った。




