9.子供って難しい
カフェ『セピア』
街の外れの方に位置するそのカフェは、絵本に出てきそうなこじんまりとした可愛らしいお店だった。お茶の時間帯でもあるため、席は結構埋まっていたが待つことなく座ることができた。
キオンはチョコケーキ、アイリスは苺のタルト、エメルはチーズケーキを頼み、私は少し悩みながらもショートケーキを頼んだんだけど……
「?」
なんでか視線を感じるのは気の所為か。特に変なことはしていないし、普通に注文したつもりなんだけど一体なんだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのか、アイリスが慌てながら口を開いた。
「あっ、すみません!アリア様がいつもと違う物を注文されたので驚いてしまって」
「確かに、アリア公女はいつもフランボワーズを選ぶのに今日は珍しいね」
言われてみれば私はいつもケーキを食べる時はフランボワーズを選んでいる。
甘酸っぱいものが好きで、美味しいことも分かっているから。特に拘りがあるわけではなく、つい選んでしまうのだ。
そういえば以前キオンからも「リア、いつもそれで飽きない?」って聞かれたことがある。聞いた本人もチョコケーキばっか食べてるから人のことは言えない気がするけど。
「……たまには違うのもいいかと思いまして」
今日は聖地巡礼の気分を味わうために推しの好きなケーキにしてみたんだけど、そんなことは言えないからそれらしい言葉で誤魔化せばアイリスもエメルも納得したようだった。
「キオンもたまにはチョコ系以外のやつ食べれば?」
「ボクはこれが好きだからいいんだよ」
「キオンはチョコケーキが好きよね」
「うん。でもリアが作ってくれたケーキが一番好き!」
キオン達の会話をBGMに紅茶を楽しんでいると、さり気なく食べたいアピールを受けた。
以前、私がキオンの機嫌をとるために作った物のことだ。
キオンが何度もまた食べたいと言うから、あの後わざわざ料理長にレシピを渡して作ってもらったというのに、食べたいと言い出した本人はそんなに嬉しそうじゃなかった。
それからというもの「〝リアが作ってくれた〟ケーキが食べたい」と訴えかけてくる。
「また今度作るよ」
料理長が。
あえて口に出さなかった言葉なのに、キオンはすぐに気がついたのか不服そうな顔をした。
実際、私が作ることができないわけではないけど、料理長が作る方が手際も良くて美味しいから、わざわざ私が作る理由がないのだ。
「私もまた食べたいです!アリア様の手作りじゃなかったのは残念でしたけど……でも本当に美味しかったです!」
「じゃあ次お会いする時に用意しますね」
キオンから話を聞いていたらしいアイリスも最初は料理長が作ったと伝えた時は少しガッカリしていたけど、味は気に入っていたらしい。
次にと伝えれば嬉しそうに笑った。
真っ赤な夕焼けを背景に色鮮やかな花たちが揺れている。帰りの馬車の中、私は窓の風景に目を奪われていた。
花にもっと詳しければ良かったのにと、少し残念に思うくらい綺麗な景色だ。
働いていた頃は毎日仕事ばっかだったし、空いた時間は推しやSNSに時間を費やしていたからこんな風に景色をきちんと見ることなんてなかった。
だから余計綺麗に感じるのかもしれない。
もうとっくにこんな純粋な気持ちは失ったと思っていたけど、まだ綺麗なものを綺麗だと思える心は残っていたようだ。
「アリア公女は疲れてないの?」
ふと声を掛けられ窓から視線を離せば珍しくエメルが話しかけてきた。
なんだか静かだと思えば、いつの間にかキオンとアイリスは眠っていたらしい。
「大丈夫です。それに今眠れば、夜に眠れなくなりそうですし」
「それもそうだね」
出会ってそれなりに経つのに、こうやってエメルと二人だけで会話をするのは初めてみたいだけど。
お互い積極的に話しかけるタイプではないからか、ずっと友達の友達くらいの距離だったことを思い返す。
エメルの言葉を最後に、車内にはまた沈黙が落ちた。今度は私が何かを話しかけるべきなのか……でも何を?
社会人になってからはSNSの友達としか話していなかったから、こういう時どんな話題を出せばいいのか分からなかった。共通の話題といってもアイリスとキオンのことくらいだし。
私が悩む中、エメルがまた先に口を開いた。
「アイリスがアリア公女に会う日はいつもより一時間早く起きるんだけど」
「毎回ですか?」
「そう。そのせいか、いつも帰る時には疲れてるみたいなんだ。だから公女からアイリスに、ウォレス公爵家に来る頻度をもう少し減らしたらどうかって言ってもらえないかな 」
私は眉を寄せた。まず、言いたいことは分かる。誰よりもアイリスの一番近くにいて、毎回そんな様子を見ているのだから兄として妹が心配になるのも当然だ。
それに頻度を減らすべきではないかと、私も少なからず思っていたことでもあるし。
だが、自分で言えばいいことをわざわざ私に言わせようとしていることに疑問に残る。
「……なんでそれを私が?」
「アイリスは公女のことがとても好きなようだから、俺から言うよりも受け入れやすいと思うんだよね」
「本当にそれだけが理由?」
「そうだよ」
エメルは微笑みながら肯定したけど、私は余計納得がいかなかった。
「それに公女は元からアイリスとは友達になりたくなさそうだったし、会う機会も減ればそっちの方が楽なんじゃない?」
「それは……」
確かに、アイリスと友達になりたくなくて避けていたのは事実だ。
でも、だからこそ私から言うことはできない。もし私がアイリスに「来る頻度を少し減らしたらどうか」と提案したとしよう。
前科がある私からそう言われたアイリスは、拒否されたのだと少なからず傷つくのではないだろうか。
今も破滅を避けたい気持ちは変わってはいないけど、私はアイリスを傷つけたいわけじゃないから。
「私からは言えないわ」
「……これは予想外だったな」
エメルが意外そうに呟いた。
「だからもし言うならエメル様が言ってください。それに家族から言われた方がアイリス様も受け入れやすいと思います」
途中からついタメ口を使っていたことに気がついて、私はさり気なく口調を戻した。
今の私は一応エメルよりは年下だから気をつけないと。
「?」
そして私の言葉を最後に、いきなりエメルは静かになった。
理由は謎だが、少なくとも私の言葉を肯定的に捉えたわけじゃないことだけは分かる。
「……」
一体何が原因だ。もしかしてタメ口を使っていたことにエメルも気がついたのだろうか。
結局何も聞くことができず、私はため息を飲み込みながら再び窓へ視線を移した。子供って難しい。
***
「ううっ…ぐすっ……」
子供の啜り泣く声が響き、見張りの男は不快感を隠すことなく舌打ちをした。
できることなら今すぐ力ずくで黙らせたかったが、商品に傷を付けて価値を落とすことはできない。
『絶対商品に手を出すなよ』
男の気性が荒いことを知っている仲間から、耳にタコができるほど言われた言葉だった。
自分が隠密に行動することが向いていないことを自覚しているからこそ、こうして黙って留守番を渋々引き受けたわけだが……
「やっぱ次からは行くか」
ここで黙って待っているよりも、獲物狩りの方が断然楽しいだろう。
大金が手に入るまであと一ヶ月。退屈することなく過ごせそうだった。