85.小学生を相手にしてる気分
アイリスがおかしくなった。
それはノアが教室へ来た翌日のことだった。アイリスが突然、今まで気にしてもいなかったノアのことを色々と尋ねてくるようになったのだ。最初はあまり気に留めていなかったものの、二日もすればおかしいと察する。
『アリア嬢、疲れていないか?少し休憩にしよう』
『……!?今日はまだ二時間しかやっていないのに、もう休憩ですか!?』
『適度な休息は必要だとアリア嬢はいつも言っているだろう。ところで、その……オルレアン令嬢とは長い付き合いなのか?』
更にはアイリスに続き、ノアまでも様子がおかしくなった。普段はいくら休憩を求めても「まだ大丈夫だ!」の一言で却下するくせに、いきなり優しくなったのだ。正直かなり不気味だった。しかし二言目に出てきたアイリスの名前に、すぐに理由を悟る。
あからさまにアイリスのことを意識しているノアに気付いてしまった私は危機感を感じ、強引な手段に出ることにした。
『ノア様、今日の特訓は何をするんですか?早く行きましょう!』
『いつも迎えに来て下さっているので、今日は私がノア様を迎えに来てみました』
こんな風に、アイリスとノアをできるだけ遠ざけているということだ。自分からノアへ積極的に話しかけるのは心底不本意ではあったが、それもあと二週間の辛抱だった。
「はぁ……」
早く楽になりたい。私をノアと同じチームにした職員の給料を減給してほしいくらいにはストレスが溜まっていた。
だけど、今日の私は無敵だった。なぜならば、ついに念願だった移動魔法スクロールを手に入れたからだ!
「二千ゴールド……痛い出費だったけど幸せだ」
もちろん公爵家の令嬢としては『ちょっと高い買い物』をした程度だけど、元庶民の私としてはかなり大きな決断だった。
移動魔法スクロール――移動したい場所へ瞬時に移動できる魔法アイテムである。
本来、移動魔法には莫大な魔力が必要だが、魔法スクロールを使えば魔力が米粒ほど少なくても好きな場所へ行くことが出来る優れ物だ。難点は一回限りの消耗品で高価なことだけど……命には変えられないから仕方ない。
「どちらにせよ魔力が少ない私は、いつか必ず買う必要があったし。……でもやっぱり一つだけにしておくべきだったかな?いや、何かあった時のために予備は大切だよ」
ただでさえ高い魔法スクロールを、予備を含めて二つも買ってしまったことに多少の後悔を覚えるも、すぐに首を振って自分を納得させていた時だ。こちらを伺っている二人の少女の存在が、視界の端に入ってきた。
「ほら、きたよ。聞きなって!」
「あ、あのっ!ウォレス公爵令嬢……!」
「?」
私は魔法スクロールを懐へ隠すように仕舞い込みながら立ち止まる。緊張しながら、もじもじと指を弄い少女は躊躇う。何だか嫌な予感がするんだけど。
心情としてはこのまま素通りしたいところだったけど、私は我慢して問いかけた。
「……私にご用ですか?」
「は、はいっ、その、突然話しかけてしまって申し訳ありません!ウォレス公爵令嬢は、ノア様やルカくんと同じチームなのですよね……?」
「……」
それは今、必ず答えなければならないことなのか。もうノアやルカと同じチームなことは周知の事実だろうけど、自分の口から言うのは憚られる内容だった。
否定も肯定もせずに黙り込み質問をした少女を見つめると、彼女は身体を大きく跳ねさせる。
これではまるで私が虐めているみたいだ。誰かに見られて変な噂が立つ前に、私はさっさとこの場から離れることを決めた。
「お話が以上でしたら私は行きますね」
「ま、待ってください!」
歩き出した私を少女が必死に引き止めてくる。そして彼女は意を決した表情で私と正面から向き合い、今度こそ本題を口にした。
「ウォレス公爵令嬢は、ノア様のことをどう思っていらっしゃいますか……!?」
「どう、とは?」
「だから、異性としてどう見えていらっしゃるのかと……っ!最近はよく、ノア様とウォレス公爵令嬢が一緒に居るのをお見かけしますが、同じチームということだけが理由なのでしょうか!?」
「…………?」
瞬間、私はUFOでも目撃したかのような不思議な気分に包まれた。
つまり彼女は、ノアと一緒にいる時間が長いのは、特訓以外の理由があるのではないかと言っているのだ。
私がノアと恋愛だって……?子守りの間違いじゃなく?
もしかして聞き間違えたのかとも思ったけど、彼女の顔は林檎のように真っ赤に染まっている。つまり、私が怖くて震えていたんじゃなく、ノアのことを聞くのに緊張していたらしい。
「あの?ウォレス公爵令嬢?」
「え、ああ……」
もの好きな人もいるんだね。まぁ好みは人それぞれだから……未だに思考が追いついていないけど、万が一にも誤解を招かないように念の為に弁解はしておく。
「どうしてそんな結論に至ったのかは分かりませんが、誤解です。私とノア様にチームメイト以上の関係性はありません」
ついに私も認めてしまったが、ノアと恋仲だと思われるよりはマシだった。こっちは毎日、元気すぎる小学生を相手にしている気分だというのに、傍からみたらそんな風に見えるだなんて。最悪だ。
幸いなことに私が即否定すると彼女はほっと胸を撫で下ろし、あからさまに安心した表情を浮かべた。
「良かったね!」
「うん!」
隣にいた友人が耳打ちをし、少女は明るく頷く。誤解が解けてくれて良かった。本当に。ところで、もうそろそろ行ってもいいかな?
こういう時はノクスの顔を見て癒されなければならない。今度こそこの場から離れようとしたものの私は思い直し、じっと彼女たちを眺めた。胸元に赤色の特待生バッジが付けられているということは、同じ二年生の平民生徒だということだ。
「私からも一つ聞いてもいいですか?」
「え?はい、私たちに答えられることでしたら……」
「もしかして、私の噂を聞いたことはありませんか?『ワガママ』だとか『性格が悪い』とか」
私の問いかけに少女と友人は快く頷いたけど、すぐに顔色を変えることになった。怯えるように返答を躊躇う彼女たちに私は言葉を付け加える。
「どんな答えでも怒ったりしませんので、正直に教えてください。先程言った内容じゃなくてもいいので、とにかく私の悪い噂を聞いたことはありますか?」
なるべく穏やかに聞こえるようにゆっくり話すと、少女の友人は固唾を呑み緊張した面持ちで肯定した。
「以前は、聞いたことがあります。傲慢で気性が荒く、気に入らない人はすぐに虐めて追い出すと」
「ふむ。最近はどうですか?」
「そういえば最近は全然聞かない気がします」
「それなら、ステファンが怒るからじゃない?」
「あっ、確かに……」
突然現れた聞き覚えのある第三者の名前に、私は首を傾げた。




