82.これは私の努力の結果
それは地獄の特訓を続けて半月が経った頃だった。私の魔力が三から四に増えた。
「アリアおめでとう!すごいわ!毎日頑張っていたものね!」
「......ありがとう」
教室が閑散とする昼休みを狙い、アイリスに魔力が四になったことを伝えれば、彼女は自分のことのように喜びはしゃいでくれた。私はそんなアイリスに、苦虫を噛み潰したような顔でお礼を伝える。魔力が増えたことはもちろん嬉しい。魔力が上がると使える魔法も、体力も増えるから。
だから余計に複雑な気分だった。何だか、ノアのおかげのようなのが悔しくて。
「アリアの魔力が増えたと知ったら、キオンもとっても喜ぶと思ったけれど思ったより静かね?キオンのことだから、すぐにお兄様たちに伝えて教室まで来そうなのに」
「そんな予感がしたから、お兄様にはまだ言ってないの。今日、帰ってから言うつもり。だからアイリスもエメルに口止め宜しくね」
「ええ、任せて!」
これ以上、私の手札を他人に公開するつもりはない。大会の直前までは同じチームのノアやルカにも言わずに黙っておくつもりだ。情報の流通を抑制すると伝えれば、アイリスは頷く。
「な〜にを秘密にするって?」
教室の片隅でひそひそと囁きあっていれば、グレイが割って入ってくる。ノクスと教室を出て行ったのを確かに見たのに、いつの間に戻ってきてたのか。好奇心を隠しきれない表情の男の言葉を私は軽く受け流す。
「別になんでも」
「おいおいそりゃあないだろ〜俺と公女サマの仲なのに」
「グレイ様と私は、クラスメイト以上でも以下でもないけど」
「公女サマの数少ない友達に向かってちょっと冷たすぎねぇ?王子サマだって気になるよな?」
白々しく悲しがるグレイを冷ややかに眺めていた私だったけど、推しの名前にぴくりと耳が反応する。そのまま視線をノクスに移すと、グレイの隣に居た推しは躊躇いがちに否定した。
「......いえ。ウォレス令嬢が言いたくないことなのでしたら、無理に聞き出そうとは思いません」
「実は魔力が三から四に増えたんです」
「コイツ......」
私は即座にアイリスと話していた内容をノクスにも共有した。変わり身の早い私をグレイが眉を上げて憎たらしそうに見てくるけど、仕方ないのだ。推しが望むのなら、オタクはそれを叶えなければいけないのだから。
「一応これは隠しておきたいので、魔法競技大会が終わるまでは誰にも言わないでおいてください」
「はい、秘密は守ります」
「まぁ誰にも言わないけどよ。ブライトン先輩って、凄いんだな」
一体なぜノアが凄いことになるのか意味が分からない。そんな本心が顔に現れていたのか、グレイが「だってよ」と言葉を続けた。
「運動嫌いで面倒くさがりな公女サマの魔力を三から四にしたって相当だろ?」
何を言ってるんだ。これは私の努力の結果であって、ノアのおかげでは決してない。絶対に認めたくなかったけど、否定を寸前で飲み込む。
「そう、とっくんのおかげ。のあさまはすごい」
上手く誘導すれば、ノクスとアイリスのチームも特訓に参加させられるんじゃないかと気が付いてしまった私は暫く葛藤したけど、最終的にプライドを捨ててグレイの言葉に頷いた。親指をあげて、拒否をしようとする口を無理やり動かす。
「とっくんたのしい。みんなもやるべき」
「すげぇ棒読みな上に、目が死んでっけど......」
「気の所為だよ。でも本当に特訓をしておいて損はないと思う。個人で魔法を使うのと、誰かと一緒に使うのでは少し勝手も違うし。だから全員でやらなくても、同じ学年のもう一人のチームメンバーと二人でもいいんじゃないかな。人が少ないとこなら、誰かにバレることもないでしょ」
そしてその期に是非アイリスへ沢山アピールをしてほしい。私はなるべく客観的な意見に聞こえるよう、淡々とした口調を心がけて話す。
そんな私の願いが通じたのか、ノクスは同意するように頷いたけど、残念なことに本題は別のことだった。
「ウォレス令嬢の推測は正しいと思います。最近は昼休みになると、裏庭へ二人組で来る生徒が多いですから」
「いつも俺らが使ってる練習場所も使われちまってたし」
「あっ、だからお二人は今日戻って来るのが早かったんですね!」
「そうそう。あそこは広いし人も来ないから穴場だったんだけど、暫くは使えなさそうだな〜」
グレイが溜息を吐きながら、つまらなさそうに呟く。グレイのチームは一体いつ集まっているのか気になった。まさかぶっつけ本番ではないだろうし。
残念なことに、私たちのチームがいつ特訓をしているのかは……
「アリア嬢!」
この男のせいで筒抜けだ。
いきなり人の教室に飛び込んできたノアに、私は絶望の静寂に包まれる。唯一の癒しの時間まで邪魔をされすぐにでもノアをつまみ出したくなったが、何とか耐えた。
「……ノア様、どうされましたか?まだ放課後ではありませんが」
「ああ、今日の特訓は普段とは別の場所で行う予定だから、先に伝えておこうと思ってな!」
「そうだったのですね。わざわざありがとうございます」
今から特訓をしようと言い出すのではないかと身構えたけど、どうやら違ったようで私は心の底から安心する。
形式的にお礼を伝えると、ノアは嬉しそうに顔を輝かせ「気にしなくていい!」と笑う。
「俺たちはチームなのだから、協力し合うのは当然のことだろう。それより、友人との時間を邪魔して悪かったな」
そんな気遣いが出来る心がノアにあったとは驚きだ。ノアが視線をずらして謝罪すれば、彼と目が合ったアイリスたちは「いえっ!」と恐縮するように否定した。
「あー、俺らのことはどうぞお構いなく」
「アリアのことを沢山サポートして下さってありがとうございますっ!大会が終わるまではどうぞよろしくお願いしますねっ!」
「無論だ、任せてくれ!そういえば貴女は以前もアリア嬢と一緒に居た気がするが」
「はいっ、アイリス・オルレアンと申しますっ!」
「――っ」
「アリアとは幼い頃からの友人で……ノア様?」
「え、あ、ああ……そうか」
「?」
アイリスとの会話中に、いきなりノアが大きな衝撃でも受けたかのように固まり大人しくなった。普段の勢いはどこにいったのか、ノアはしどろもどろになりながら受け答えしている。
……まさか、アイリスのことが好きになった訳じゃないよね?
アイリスは可愛くて優しくて性格も良くて頑張り屋で、とにかく彼女を好きになるのは当然のことではある。どうやら見る目はあるようだね。
だがしかし、アイリスはノクスにとって特別な女の子だから駄目だ。ノアの性格からして、好きな相手にはグイグイいくタイプだろう。ただでさえカイルというラスボスがいるのに、これ以上ノクスの恋敵を増やす訳にはいかなかった。
「ノア様、もうルカ様にはお伝えしましたか?」
「い、いや、まだだ」
「なら早くお伝えしに行った方がいいと思います。私も一緒に行きますよ」
「うん、そうか。そうだな。そうしよう!」
「はい。じゃあ行きましょう」
ぼんやりとアイリスを見つめているノアの意識を無理やり私の方に向けさせる。行くのは気が進まないけど、背に腹はかえられないから私はその場から立ち上がってルカの教室へと向かった。




