81.私の苦手な三タイプ
「馬鹿じゃないから当然、なんだって?」
ため息を吐きながら眉間を揉む私に、グレイがニヤニヤと冷やかしてくる。大体の人は察しただろうが、幸いなことにノアはまだ決定的な言葉は言っていなかったから私は誤魔化すことにした。
「何か勘違いしてるようだけど、グレイ様が考えているような事じゃないから。ノア様、わざわざ教室まで来られるなんて珍しいですね」
「ああ!これから魔法競技大会の特訓をするだろう。待ちきれなくて迎えに来てしまった!」
私は頭を抱えた。普通、こんな学校のド真ん中で同じチームになったことをバラす人間がいるか。そのうえノアの声はかなり大きいから廊下に響きまくっていて、もはや隠蔽は不可能だ。怒りを通り越して虚無になった私に、グレイが腹を抱えて笑う。
「ぶはっ、ぶくくく……!!公女サマの顔見てみろよ。人の表情がこんなに削げ落ちることってあるんだな〜」
「おい笑うな。……ウォレス令嬢、大丈夫ですか?」
「……はい」
辛うじてノクスに返事はしたけど、全然大丈夫ではなかった。他の人のメンバー構成は分からない状況なのに私たちは知られてしまった場合、一体どのようにして勝てと言うのだ。属性も魔力量も少し調べれば分かるだろうし、そうなれば一番落としやすい私たちが狙われることになるに決まっている。
いくらノアが魔力量が多いとしても、複数のチームが纏まってきたら落とされるのは時間の問題だろう。
「ノ、ノア……やっぱり、いきなりは、びっくりしてるよ……」
「そうだな、ルカの言う通りだ。確かに少し配慮が足りなかったかもしれんな。彼女にも自分のペースがあるはずだ。アリア嬢!俺たちはここで待っているから、ゆっくり来てくれていいぞ!」
気遣いの方向がおかしくて、私の頭はますます重くなっていく。これをあと一ヶ月も繰り返されたら、途中で不登校になってしまいそうだ。
ただでさえ注目を浴びているのに、人の教室前でノアとルカが陣取っているから、更に変に視線が集まっている。
私はアイリスたちに挨拶をしてから席を立ち上がり、二人をその場から引き離した。
***
この学校には、魔法の訓練ができる専用の施設が設置されている。そこには森や泉、洞窟など様々な場所があり、訓練に適した場所で練習をすることができるのだ。
「きゃああ!!」
そんな広い施設の一角で私は今、生命の危機を感じていた。一瞬でも気を抜いた瞬間、確実に死ぬと察しながら、目の前に迫っていた雷の球を顔のスレスレで避ける。
「アリア嬢、先程から逃げてばかりではないか!それでは駄目だ。しっかり球を見て、受け止めなければ!」
「ノア様はもうお忘れだとは思いますが、私の魔力は三です!」
「そんなの関係ない!」
「めちゃくちゃ関係あるんですけど!?この身体はよくある転生主人公のようにチート能力は備わってませんので無理です!」
「言っている意味がよく分からんが、アリア嬢なら出来る!」
「根性論!」
どう考えても魔力七の魔法を、魔力三の私が受け止め切れるはずがない。防御魔法を出したところで、盾とともに私まで貫かれる未来しか見えなかった。
暫くの間ノアからの一方的な攻撃を受け、私の息切れが激しくなってきた頃、一緒に特訓を受けていたルカが救いの手を差し出してくれた。
「ノ、ノア、これ以上は死んじゃうよ......!」
「うぅむ。仕方ない、一度休憩にしよう」
「はぁ......」
ようやく得た休憩の時間に私は気が遠くなるのを感じながら地面にダイブした。もちろん好き好んでした訳ではなく、これ以上足が身体を支えられなかったせいにある。
「はぁ、はぁ......」
私の苦手な三タイプ――俺様、ヤンデレ、サイコパス――その次にノア・ブライトンの名を連ねる日はそう遠くない未来のようだと、地べたに寝そべりながらぼんやりと思う。
ノアは宣言通りに特訓をするため、放課後になると毎日私の教室までやって来るようになった。持久力を鍛えるためにランニングや筋トレをさせられたり、魔法の攻防の訓練をさせられている。ランニングもただ走ればいいというわけではなく、魔力を流しながら行っているせいで体力の消費が酷いのだ。
地面に横たわったまま、ぴくりとも動けないでいると、突然絶叫が響く。
「ぎゃあああ!アリア様が死んでる……!」
「まだ生きてるよ……」
だけどもし私が突然死んだら、犯人は確実にノアである。顔までは見えないけど、声からして絶叫の主は多分ステファンだと予想した。
ステファン(仮)は悲鳴をあげながら、ノアに詰め寄る。
「ノア!アリア様になんてことしてるんだよ……!」
「そうだ、もっと言ってやって……」
「アリア様はとてもか弱くて繊細な方なんだよ!本も二冊以上持ったら骨折するし、三十分歩いたら気絶して倒れるんだから!」
「さすがにそこまでではないけど……一体誰がそんなこと言ったの……」
「ボクだよ」
ステファンの中で私のイメージが悪化しているような。こんな誤情報を流したのは誰だと呟けば、私の頭上に影がかかる。意外すぎる組み合わせに、私は目を瞠って顔を持ち上げた。
「お兄様?」
まさかステファンとキオンが一緒に現れるとは思わず驚いていると、誰かが私の手を掴んだ。
「大丈夫かい?」
「殿下まで、こんな所までどうされたんですか?それより、今の私は汚れてるので近寄らない方がいいですよ」
「アリアに汚い所なんてないさ。そうやって自分を卑下する必要はないよ。さぁ、遠慮せずに手を取って」
いや、普通に土で汚くなってるんだけど。離そうとした手をカイルは気にすることなく握り、そのまま起き上がらせてくれた上に、自身の魔法で私の手を洗い流してくれる。
「ちょっとノア・ブライトン、ボクの妹に対して少し厳しすぎるんじゃない?そうやってただひたすらに練習すればいいってものじゃないでしょ」
腰に手を当て、呆れた顔でキオンがノアに向かって話しかける。ノアは喉を潤していた水から口を離し、否定した。
「そんなことはない。俺はアリア嬢なら出来ると信じているからな!」
「はぁ?それじゃあまるでボクはリアを信じてないみたいじゃん。ボクだってリアならあれくらい出来るって信じてるからね!リア!」
「そんな事で張り合わないで......」
ノアの特訓を止めさせてくれるどころか、キオンは更に後押しするような発言をするからげんなりする顔を隠しきれない。更にはカイルまでも「俺もアリアを信じているよ」と、にこにこ微笑んでいる。完全にこの状況を楽しんでいる顔だった。
「あれ、そういえばエメルは?」
カイル以上に冷やかしてくる人間がもう一人いたはずだけど。珍しく今日は見当たらないなと、ふと思い出して私は尋ねた。
「エメルも一応誘ってあげたけど来ないって」
「ふーん?」
「珍しいこともあるよね。エメルはアリアを揶揄うのが好きなのに」
「あれは趣味みたいなものですよ。エメルは性格が悪いので」
人を娯楽扱いするのはやめてほしい。突っ込みたいけど、疲れすぎて言葉を発するのも面倒だ......それでも一つだけ気になることがあったから、私は頑張って口を動かす。
「まぁいいけど。それで、ステファンはどっちと同じチームなの?」
「なぁんだ、もう気付いちゃったんだ」
「このタイミングだしね」
魔法競技大会が近づいている中で、普段とは違う人と居たら誰でも察せるだろう。キオンは悪戯が失敗した顔で認めた。
「そう、ボクがコイツと同じチームになったの。だよね?」
「はい!お義兄さま!」
「誰がお義兄さまだ!」
キラキラと顔を輝かせて頷くステファンの言葉をキオンはすかさず否定する。一方でカイルは胸に手を当て、穏やかな顔で柔らかく微笑んだ。
「俺はただ面白そうだったから着いてきたんだ」
暇なのかな?ノクスは今頃アイリスと恋を着々と育んでいる(はず)だというのに。
『良かったです。オルレアン令嬢と同じチームになれて。......そのおかげで、一番近くで貴女を守れるんですから』
なんてノクスがアイリスに言ってたらどうしよう!ああ見に行きたい。できることなら今すぐ走って行きたい!しかし私には推しの恋敵を足止めしておく義務があるので、我慢する。
「でも、どうしてお兄様はチームメンバーを教えてくれるの?そのせいで自分たちが不利になるかもしれないのに」
キオンも衝動的だけど、ノアほど考え無しで動く性格ではないのに。
「そりゃあ、負けが確定しているボクの可愛い妹の為だよ。リアたちが同じチームなのはもう皆が知ってるんだから、これくらいはしないとフェアじゃないでしょ」
「......」
「アリアは知らないと思うけど、俺たちの学年でブライトン君はとても有名人なんだよ。平民でありながら常に成績は上位で、魔力量も多い。だから、皆の関心が深まるんだ」
多くの人がノアを警戒してると言い回すのが上手だね。そして、周囲はこの期にノアを打ち負かすチャンスを狙っているとカイルは教えてくれたのだろう。
このまま諦めてくれればいいんだけど、なんて僅かに期待を抱いて私はノアに目を向ける。
「アリア嬢、大丈夫だ。なにも不安になることはない!」
「......はい?」
「初めから決まっている勝ち負けなど存在しない。だがもし、万が一にでも、そんなものが決められているとするなら――全て覆せばいいだけのことだ!俺たちはそのために日々の特訓を続けているのだから」
この訓練が早く終わることを期待したのだが、ノアはどうやら私が不安になっていると解釈したらしい。私を正面から向き合い、鼓舞してきた。
「......お兄様、なんだか凄いやる気になっちゃってるんですけど?」
「うん......ごめん......」
「さあアリア嬢、休憩は終わりだ!特訓を再開しよう!」
ノアは熱意に満ちた表情で魔法陣を展開させる。先程よりずっと大きな陣を。
私が苦手な三タイプ。その四番目にノアの名前が並んだ瞬間だった。




