76.公女サマのお墨付き
本来の目的地である戦具店に着いた頃には、私はもう疲労していた。しかし、そんな疲れも気にならずに済んだのは、ひとえに推しのおかげだった。
「わあ、すごい量ですね……!」
「だろ!?剣はあっちにあるから、早く行こうぜ!」
「待て、店の中を走るな」
剣を始めとした槍や弓矢などの武器に、鎧や盾などの防具、ベルトや鞘などの付属品まで。店中を埋めつくしている戦具に男たちははしゃいだ。正直なところ私は武器には興味がないから、見ても良く分からなかったけど、目を輝かせているノクスが可愛かったので満足だった。
「……ごめん、アイリスは退屈でしょ?」
と同時に、少し申し訳なくも思う。完全に私たちを放置して楽しそうに店内を見回っている三人に、申し訳なく思いながら謝罪すれば、アイリスは首を振って声を弾ませた。
「そんなことないわ、アリアと一緒ならどこでだって楽しいものっ!」
私に気を遣わせまいと、そう言ってくれるアイリスは天使のようだった。
「立ってるだけも暇だし、私たちも見て回ろうか」
「ええっ、そうしましょう!こんな風に戦具を間近で見る機会なんて滅多にないから、なんだかそわそわしちゃうわ」
「お兄様たちはこういうの扱わないからね。あ、でも今年からは、狩猟大会に参加できるんじゃないっけ」
ルペリオンでは十八歳からが成人とされる。そして、成人になればそう!お酒が飲めるようになるのだ!つまり私はあと一年耐えればお酒が飲める歳になる。こんなにも誕生日が待ち遠しく感じるのは初めてかもしれない。
昔は誰からも祝ってもらったことがなかったから、誕生日といってもただの平日に変わりなかったし。
「アリア?どうかしたの?」
「そろそろセオドールも、剣を選び終えたかなと思って」
「そうね!一度行ってみましょう!」
突然黙り込んだ私の顔をアイリスが覗き込む。目を伏せながら他の話題を出せば、アイリスは同意しつつノクスたちの居る方向へと視線を向けた。
「サイズはこんくらいでいいとして、重さはどうだ?」
「少し軽すぎるんじゃないか。これだと練習にならないだろう」
「いやいや、セオドールを見てみろって。ただでさえこ〜んなヒョロっちい腕だぞ?これ以上は初心者にはハードルが高すぎるだろ」
三人は私たちが来たのにも気付かないくらい、剣選びに白熱していた。なんだかんだ言って、グレイも面倒見がいいんだよね。
二人に挟まれ左右に動きっぱなしなセオドールの首が外れる前に、私は間に入った。
「決まりましたか?」
「はい。多分これなら初めてでも使い易いと思います」
「セオドールはこっちにきて、一度振ってみろよ」
少し広めのスペースの床をグレイが指差して、手招きする。店の中で振っても大丈夫なのか疑問に思ったけれど、グレイの声が聞こえているはずの店主が何も言わないということは、多分大丈夫なのだろう。
セオドールがおずおずと遠慮がちに手を伸ばして、剣を握る。
「力は入れすぎないように、剣を軽く握る感じで。腕や肩の力を抜いて、自然な動きができるように意識するんだ」
「お〜、中々様になってんな。重さは大丈夫か?見た感じ平気そうだけど、不便なことがあればちゃんと言えよ?」
「だ、大丈夫です!それより、本当にここで振っても大丈夫なのでしょうか……?」
「試用スペースだし、問題ねぇよ。ほら、早く」
グレイが期待した表情で促すと、セオドールは辺りを見回し、物や人がいないのを確認してから緊張した面持ちで剣を振り下ろす。
微かに鳴った風の切る音に、グレイが「おーいいじゃん」と声をあげた。ノクスも同意するように頷いているから、多分悪くはないのだろう。
「決まったみたいだね」
新しい玩具をもらった子供のように、頬を上気させるセオドールに向かって私は呟いた。
***
「あ、あの!皆さん今日は本当に、ありがとうございました……!」
店を出てすぐ、両手で剣を抱えたセオドールが勢いよく頭を下げた。これでもう三度にもなるお礼の言葉に、私は息を吐く。
「お礼ならグレイ様と殿下だけでいいよ。払ってくれたのは二人なんだから」
結局セオドールの剣はノクスとグレイが払ってくれた。普段用と、予備を二人で一本ずつ。私が払うと言ったのに「女に払わせるわけにはいかねぇよ」「ウォレス令嬢に支払わせるわけにはいきません」と拒否をされてしまった。それなら私が来た意味はなかったのでは?と疑問が過ぎたが、それを口に出すほど無粋な人間ではなかったので素直に甘えることにした。
「はい……その、グレイくんやノクス殿下には、して頂いてばかりで申し訳ないです」
「セオドールの気持ちは十分伝わったから、頭は下げんなよ。いいか?騎士ってのは、誇りを持ち信念を貫く者だ。頭を下げるのは礼儀や忠誠を示すときだけでいい」
グレイが人差し指でセオドールの胸を指差す。ノクスは淡々と、けれど優しい声色で言葉を続けた。
「それに、私たちはもう仲間ではないですか。仲間を助けるのは当然のことです」
「グレイくん……ノクス殿下……」
「その変わり、これからビシバシ扱いてやるから、途中で逃げ出すなよな?」
「っ、はい……!」
セオドールがグッと涙ぐみ、剣を両腕で強く抱き締める。これで今日の予定は終了してしまったので、このあとは自然と解散の流れになるだろう。でも欲を言うなら短時間でいいから、最後にノクスとアイリスを二人きりにしたかった。なんとか協力を仰げないかと、私はグレイに声をかける。
「グレイ様、この後一緒に――」
抜け出さないか、と言い切る直前で、身体に強い衝撃が走った。
「アリア!」
「邪魔なんだよ!ブスがぼーっと突っ立ってんじゃねぇ!」
どうやら前方から歩いてきた一人の男が、私たちが立っていた道の間に無理やり割り込んできたらしい。男は私にわざと体当たりをして怒鳴ってくる。すれ違いざまにお酒の匂いがして、酔っているのだと分かった。
よろける私の身体を咄嗟に支えてくれたアイリスにお礼を伝えてから、私は去ろうとする男を引き止める。このまま見過ごすわけにはいかなかった。
「ちょっと待ちなさい」
「ああ?」
「よくもブスって言ってくれたわね。今すぐ訂正して謝りなさい」
「おいおい、何ムキになってんだよ?ただ事実を言ったつもりだったんだが、お嬢さんを傷つけちゃったか?」
「いいえ。そもそもブスという言葉は、外見の美醜を基準にした主観的な価値観を押し付ける表現でしかないのに、どうして私に傷つく必要が?」
「俺、お前のそういうとこ結構好きだぞ」
それはどうも。私が鼻で笑いながら否定すると、なぜかグレイからの好感を得た。
そのうえ、自分にとって大した存在でもない相手の言葉一つで感情を消費する必要はないだろう。
「謝りなさいと言ったのは私に対してじゃなく、殿下に対して言ったのよ。よく見なさい、この美貌を!この顔のどこがブスですって!?」
だから私にだけ言ったのなら少し肩がぶつかった程度で済ませられたのに、あえて私の目の前で推しを侮辱したのには耐えられなかった。
ノクスに手のひらを差し出して、私は男を責め立てる。繊細な赤ちゃんうさぎの推しの心に傷でも残ったらどう責任を取るつもりなんだと、怒りを込めて。
「は、はあ?何言って……俺はお前に言ったんであって、ソイツに言ったわけじゃ……」
「しらばっくれても無駄よ。私はちゃんと見てたんだから。貴方の身体が殿下の服に掠ったところを!」
私は男を睨みつけながら、ノクスのコートの端をビシッと指差す。まさかバレていると思っていなかったのか、男はぽかんと間抜けな顔で呆けた。言い逃れされる前に私はすぐに追撃する。
「この顔なんだから当然、自分の顔が目に入る度に『うわ、顔良……!』って思うだろうし、少し鏡を見るつもりが気がついたら三時間経ってるのが日常に決まってるのに!そうですよね、殿下!?」
「いえ、違います」
「えっ?どちらを間違えましたか?」
「どちらも間違えてました」
信じられなかった。もし私がノクスなら、一日中顔だけを眺めていても飽きない自信がある。推しの正気を疑っていると、横から「ぶはっ」と吹き出す音が鳴った。
「ぶっくく……っ、王子サマのイメージ酷すぎだろ……っ」
「ふふっ、グレイ様……わらっ、ちゃ……失礼よ……っ」
息も絶え絶えにグレイがお腹を抱えて爆笑し、アイリスも口元を抑えて笑うのを我慢していた。別にウケを狙ったつもりはなかったんだけどな。一方でセオドールは、ぽや〜とした顔で「ノクス殿下は格好良いですもんねぇ」と呟いている。
「はあ……はあ……笑い死ぬ……っ、王子サマが鏡を見ながら自分に見惚れてるのを想像するだけで――痛ぇ!」
「いつまで笑ってるつもりだ」
「俺に当たるなって〜それにほら、顔の良さは公女サマのお墨付き……」
「よし、分かった」
「待て待て、何を理解した!?冗談だから剣から手を離せ!」
まったく、なにをやってるんだか。グレイに呆れながら本題である男に視線を戻すと――男の姿が忽然と消えていて、私は叫んだ。
「あれ!?さっきの男は!?」
「あの人なら、つい数秒前に逃げていきました……」
「自分の発言に責任も持たずに逃げるだなんて卑怯な奴。まだ殿下に謝ってもらってないのに」
「いえ、私なら気にしていませんので大丈夫です」
「やっぱりヤバい奴には、同じくらいヤバい奴をぶつけるのがいいんだな」
「毒を中和するためには、別の毒を使うといいと言いますしね」
一体私のどこがヤバいのか小一時間ほどグレイを問い詰めたいところだが、今はそれよりもさっきの男を逃がしてしまった悔しさの方が強かった。ノクスは大丈夫だと言っているけど、推しを侮辱されたのにみすみす逃がしてしまうだなんて、オタクの名折れだ。
「ウォレス令嬢」
「?はい」
「先程は怒ってくださりありがとうございました。ですが、もし相手が逆上してしまった場合、危険ですので、次回からは私のことよりもウォレス令嬢の安全を優先されてください」
「……分かりました」
私は素直に頷くも、その約束が守られることはないだろうことを察した。
人には誰しも、決して逃げてはいけない瞬間というものが存在する。誰かのため、あるいは自分の価値観や信念を守るために立ち向かわなければいけない時が。それが何なのかは人それぞれだけど一つ確かなことは、目を背けて逃げた瞬間、私が私ではなくなってしまうということだ。
まぁ単純に、推しを侮辱されて腹立たしいからでもあるんだけど。
「それで、先程のお話なのですが……」
「?」
「ウォレス令嬢は『顔が良い』と仰っておりましたが、つまりその……ウォレス令嬢の目には私の顔が格好良く見えていらっしゃるという意味でしょうか?」
実際には『顔が良い』という単語は、単純に顔が格好良いという意味だけではなく、性格や雰囲気や存在そのもの――つまりノクスを形容している全てを引っ括めた時に使われる略語みたいなものなんだけど、それを言うわけにもいかないから私はただ頷いた。
「まぁ、そうですね。というか、そう思わない人がこの世にいますか?」
「アリアの言う通りです!私も殿下はとっても素敵だと思いますっ!」
「!?!?」
次の瞬間、アイリスが私の腕を抱きしめながら放った言葉に、私の興奮メーターは一気に振り切れた。アイリスは、にこにこと花が咲いたような可愛らしい笑顔でノクスに笑いかける。
「それに、グレイ様とセオドール様も!あとはお兄様たちもみ〜んな素敵だと思いますっ!そうよね、アリアっ?」
「うん、そうだね」
「……ありがとうございます」
ここに宣言したい。アイリスこそがナンバーワンヒロインであると。ノクスだけではなくグレイやセオドールも褒めて、比較や疎外感を感じないように気遣えるなんて、なんと思慮深いのか。何でエメルまで出できたのかは分かんないけど。
結局ノクスとアイリスを二人にすることは叶わなかったけど、それでも確かな進展を感じて私は最高の気分のまま帰宅する。
この幸福と引き換えに、キオンによって冬休みは何度も外に連れ出されることになるのだが、それでも満足する一年生の締め括りだった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
今話で1年生編は終わりで、次話からは2年生編に入っていきます。引き続きお付き合いいただけますと幸いです!




