74.好みは人それぞれ
「そういえば、以前に飴を下さった時も、私が辛いのが苦手だと仰っておりましたよね」
「……そうでしたか?」
固まる私に追い討ちをかけるように、ノクスは続ける。飴をあげた記憶はあるけど、自分がなんて言ったのかまでは全然思い出せなかった。あの時はそんな余裕もなかったし。でも私が言ってようがなかろうが、ノクスが言うならばそれが正しいのだ。
とはいえ、このまま黙っている訳にもいかない。グレイにストーカー認定された日からずっと裏庭に行くのは我慢しているというのに、このままではまたストーカー扱いされてしまう。
「アリア、どういうこと……?」
更には隣からも沈んだ声で問いかけられて、私は二重で追い詰められた。知らぬ振りをするには遅すぎるし、かといって認めるには説明しなければいけないことが多すぎる。『前世の本を読んで知りました』なんてとてもじゃないけど言えるわけがなく。
ならば、私のすることは一つだけだった。
「グレイ様が『王子サマはああ見えて、意外と子供舌なんだよな〜』と言っていました」
私は迷うことなくグレイを裏切った。
「おまっ!それは言わない約束だろ!」
「……随分と興味深いお話ですね」
クラスメイトを裏切るだなんて、とても心が痛かったが致し方ない。私は自分の身の方が大事だ。
目を細めたノクスに睨まれ、グレイが慌てる。私の言い訳にアイリスも納得したのか「あっ!」と両手を叩きながら、ぱちぱちと瞳を瞬かせた。
「私も覚えてるわっ!確かにグレイ様は言ってたわね!」
「お前…………」
「ちょっ、待て待て!ここは店だからな!?」
「チッ」
据わった目で立ち上がり手から火を出したノクスを、グレイがすぐに止めて鎮火させる。ノクスもここが店内であることを思い出したのか、舌打ちをしながらも大人しく着席した。
「お前、あとで覚えてろよ」
「ンな怒んなって。別に事実なんだしいいだろ?」
「開き直るな。……何を聞いたのかは分かりませんが、コイツの言うことは全て無視してください」
「王子サマからの扱いが酷ぇ〜〜なぁ、セオドールもそう思わねぇ?」
「えっと……ですが、ノクス殿下の許可を取らずに、勝手に個人情報をお話してしまうのは良くないのではないでしょうか……?」
セオドールからの正論にグレイが「誰も俺の味方になってくれない」と嘘泣きをし始めると、ノクスの視線が一層冷たくなる。ここで二人が仲違いをして貴重なノクスの情報源を失うわけにもいかないから、私はほんの少しだけグレイを助けるつもりでノクスにフォローを入れた。
「大丈夫です、殿下。甘いものが好きだからといって誰も馬鹿にしたりはしません。好みは人それぞれですからね」
今は飲めずにいるが、私もお酒を愛している。公爵令嬢なら、もっと公爵令嬢らしいものを好むべきだと思う人もいるかもしれない。だけど、だからといって好きなものを好きじゃなくなるわけでもないし、誰かの視線を気にして好きなものを恥じる必要もない。
アイリスも「そうですよ!アリアの言う通りですっ!」と私の発言を後押ししてくれる。私はいい流れになったのを感じ取りながら、言葉をつけ加えた。
「それに、脳はエネルギーを大量に消費する器官なので、一番エネルギーになる速度が早い糖質が含まれる食べ物を欲してしまうのは自然なことです。甘いものは一時的にリラックス効果などももたらすので……?どうしたの?」
つまりノクスは天才だから、甘いものが食べたくなるのは当然のことであると説明していたのに。いつの間にか周囲が静まり返っている。
「……」
「いや〜まぁ、うん。なんつーか、公女サマらしいな」
「……はい、お気遣いくださりありがとうございます」
ドン引きだった。なぜ。途中まではいい雰囲気だったはずじゃん。一体どこで間違えたのか分からなく首を傾げていると、丁度そのタイミングでケーキが運ばれてきたから、私は大人しく自分のケーキを口に入れる。
代わりにアイリスが空気を入れ替えるように、隣に居た少年に話しかけた。
「それで、君の名前はなんて言うのっ?」
「そうそう、まだ聞いてなかったよな」
アイリスの言葉に相槌を打ったグレイも自然に自分の隣にいる少年に顔を向ける。子供は数秒ぼんやりした表情のあと、ゆっくりと口を開けた。
「……ウィリアム……アリアなら、ウィルって呼んでもいいよ……」
「だいぶ公女サマに懐いてんな。子供から好かれるようなタイプじゃないのになんでだ?」
「刷り込みみたいなものではないでしょうか?生まれたばかりのヒナが、最初に目にした動くものを母親と認識するみたいに」
「おお、セオドールも結構言うな……」
「え?」
さり気なく自分が失礼なことを言った自覚がないセオドールがカップを持ち上げたまま、きょとんとした表情を浮かべる。早くも二個目のケーキに突入したウィルが私の袖を引っ張った。
「アリア……」
「どうしたの?もっと食べる?」
「ううん……アリアはなんの仕事をしてるの……」
「私は学生だよ。あの遠くに見える学校に通ってるの」
「学校……」
窓の奥に映っている建物を私は指差した。ウィルは興味深そうにじっと学校を見つめてから、私に問いかけてくる。
「おれも、通える?」
「うん、十六歳になれば誰でも通えるよ。ウィルはあと三年くらい?」
「おれ……もうすぐ十五歳になるよ」
「そうなの?じゃああと一年かな」
十三歳くらいだと思っていた少年は、私の予想よりもずっと大きかったようだ。
子供は難しいと以前エメルに学んだから、私の不用意な発言にウィルの機嫌を損ねてしまったのではないかと焦ったが、もぐもぐと美味しそうにケーキを頬張る様子を見ると、あまり気にしていないようで安心した。
「学校に行ったら、毎日……あっ……近づいてくる……」
「?何が――」
「んもぉ〜〜ウィルちゃん!探したじゃない!」
私が尋ねるよりも先に、店内に華やかで力強い声が響き渡り、長身の男が現れる。遠慮なくズカズカとこちらに歩いてきた彼は、私たちのテーブルの目の前で止まり、腰に手を当て前のめりになりながらウィルを叱った。
「勝手にいなくなったと思ったら、何こんな所でのんびりとケーキを食べているのよ!」
「もぐもぐ……」
「こら、無視して食べ続けるのはやめなさい!まったく……ってあら?貴方たちは誰かしら?」
「初めまして。ウィルくんのお知り合いの方ですか?この寒い中、路上でお腹を空かせているウィルくんが心配でしたので、私たちが〝保護〟していました」
「すげぇ保護の部分を強調させたな」
グレイは呑気な顔をしているけど、それも今のうちだ。もしも私が誘拐犯として突き出された日には、ノクスとアイリス以外は道連れにするつもりだから。しかし私の心配とは裏腹に、彼はあっさりと受け入れた。
「そうだったのね。ウィルちゃんの面倒を見てくれてありがとう。この子ったら目を離した隙にすーぐどっかに行っちゃうし、その辺で眠っちゃうから大変なのよ〜」
「そうなんですね」
「そうよ!ていうか、アナタさっき、ウィリアムちゃんのこと『ウィル』って呼んでいたわよね!?珍しいわねぇ、アタシたち以外の人にそう呼ばせるだなんて」
「……アリアは、特別だから……」
「――アリア?」
ウィルが最後の一口を食べながら呟いた瞬間、ぴたりと彼の動きが止まった。何かを考え込むように黙ったあと、私を値踏みするように上から下まで眺めた。
「へぇ、ならアナタがあの……」
「?」
その言葉をどこかで聞いたような既視感を感じて、私は少しだけ眉を顰めて不快感を示してしまう。そんな私の反応に気がついたのか、彼はすぐにパッと表情を明るくさせて、にっこりと笑った。
「せっかく会えたし、もう少しお話したいところなんだけど……これからアタシたちお仕事なのよね。次に会う時は、アタシのことは気軽に『サンディちゃん』って呼んでね」
「……みんな、アレクって、呼んでる……」
「サンディちゃんって呼んでって言ってるのに!」
彼は不満そうに唇を尖らせてから、椅子に座っているウィルを片腕で抱き上げた。
「アタシたちは行くわね。ウィルちゃんも、挨拶して」
「ケーキありがとう……またね……」
「偉いわね〜〜ご褒美のチューしてあげるわ!」
「いらない……」
ぶらんと力なく脱力するウィルはアレクという男によって運ばれていった。
このカフェには騒がしい人間たちが集まるらしい。私はカフェの店員を気の毒に思いながら、残った紅茶を飲み干した。
「じゃあ俺らもそろそろ行くか」
二人が去って数分ほど経ち、私たちも席を立ち上がる。予想外の出来事が起こったため、のんびりしてしまったが今日の本来の目的はまだ残っていた。
カフェでノクスとアイリスが並んでいるだけでも幸せだったのに、まだデートは続くなんて夢のようで、運を全て使い果たした気分だ。幸福に浸りながらカフェの外に出た時だった。
「――リア?」
背後から聞き覚えのある声に名前を呼ばれて立ち止まる。
……げ、この声はまさか。私は顔をひきつらせる。後ろを振り向きたくなかった。
***
「……アレク、そろそろ降ろして……」
「あら、自分で歩いてくれるのかしら――って、座りこんじゃダメじゃないの!」
カフェの裏路地まで来たところで、抱えられていたウィリアムはぶらぶらと腕を揺らして降りる意思表示をする。てっきり自分の足で歩いてくれるのかと思いきや、ウィリアムはそのままその場にしゃがみ込んだ。
「…………行きたくない」
ぽつりと、ウィリアムが呟く。アレクは困った表情で頬に手を寄せ、眉を下げた。
いつもは黙々と仕事をこなすから忘れていたけれど、ウィリアムは自分たちの中では最年少で、普通ならば日の下を走り回っているような年齢の子供だった。
アレクは胸が痛むのを感じながら、ウィリアムの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「……今回だけよ?この仕事は、アタシが一人で片付けてきてあげる」
「……いいの?」
「その代わり、ボスたちには内緒よ!絶対に誰にも言わないこと!」
「……ありがとう、アレク」
「もうっ、ほんとよぉ。アタシだって、可愛い子供たち相手にはやりにくいのに!」
今回アレクが行くのは、とある孤児院だった。本来なら別の人が担当するはずだった仕事が、急にアレクとウィルに回ってきたのだ。子供より大人相手の方が色々とやりやすいのに、とんだ貧乏くじを引いてしまったと、アレクはぼやく。
「でもアタシが行かなかったら、アーロンが行くことになるし仕方ないわね。あの子は手加減というものを知らないから……」
はぁ〜っとアレクは溜息を吐くも、すぐに気持ちを切り替えた。気分が沈んだり、嫌だと思ったところでどうにもならないことを知っていたから。
アレクはウィリアムと共に、闇の中へと歩き出す。
「さてと、今日も頑張るわよ。――我らが聖女、エステル・リーヴィスの復活のために」
そのことだけが、自分たちの存在意義だった。




