72.オタクはこじつけが大好きなので
空は快晴。澄んだ空気が染み渡り、清々しい気持ちで私は窓を一気に開ける。寒い。開けた窓をそっと閉じた。すぐに気を取り直し、私はドレッサーの前まで歩いていく。スキップでもできそうなくらい良い気分だった。
「過去を越え君を迎えに行く〜いつかの約束胸に抱いて〜〜」
口から自然と鼻歌交じりのメロディーが零れる。目に見える景色全てが美しく、世界がこんなにも輝いていることを、私は初めて知った。
「幻想の世界で、君の影を追いかけ〜」
私はひか恋アニメのエンディング曲として配信されていた歌を口ずさみながら、デートの支度に取り掛かった。この曲が流れた当時は、歌詞の色々な解釈や考察がSNSに流れていたのが懐かしい。ちなみに私は、ノクスとアイリスのラブソングと解釈して聞いていた。オタクはこじつけが大好きなので。
「アリア様の歌をお聞きするのは初めてですが、とっても美しい音色でした。どちらの歌曲なのですか?」
「えっ?ええっと……なんか急に頭の中に浮かんで」
「まあ、そうだったのですね。音楽への感性も兼ね備えているとは、さすがアリア様です」
意味不明な言い訳にも関わらず、どうやら通じたらしい。自分でもわかるほど上機嫌な私の着替えを手伝ってくれるシエナが笑いながら称賛してくる。
「今日は何か特別なご予定でもおありですか?」
「うん。今日はデートだから」
「デートですか!?」
「私じゃなく友達がね」
「ご友人のお話でしたか……てっきりアリア様がデートに行かれるのかと思い驚きました。言われてみれば確かに、デートと言うには、アリア様はいつもとお変わりありませんね」
特に着飾っているわけでもない普段着のままの私を見たシエナは、早とちりしてしまったことが恥ずかしいのか、頬を染めて反省している様子だった。
「私はおまけみたいなものだし、変に着飾って気合いを入れ過ぎるのもね。着れればなんでもいいよ」
「アリア様は非常にお美しいので、これ以上装うと主役の二人が霞んでしまうということですね。そこまで配慮されていらっしゃるだなんて、素晴らしいです」
全然違う。シエナの超解釈を否定しようとした。しかし何か言うよりも早く、シエナに容赦なくコルセットを締め付けられ、私は身をかがめながら呻いた。
***
「止まってください」
待ち合わせ場所は中心街にある戦具店だった。一歩でも長く楽をしたい私は当然店の前まで馬車で行くつもりでいたのに、見覚えのある子供が一人で蹲っているのが目に付いて、反射的に馬車を止めてしまった。
「君、今日も一人なの?」
馬車から降りて、しゃがんでいる少年に声を掛ける。彼はミントグリーンの髪を揺らしながら静かに顔を上げ、ゆっくりと目を瞬かせた。
「……」
「もしかして具合でも悪い?」
「……寝てた」
返事がないからどこか具合が悪いのかと思いきや、信じられない答えが返ってきて私は思わず気が抜けてしまう。以前、あげたお菓子を疑いもせずに受け取った時も感じたけど、些か無防備過ぎるのではないだろうか。私は眉間を抑えて一応注意を促した。
「寝るならこんな道端で寝ないで、家やもっと人通りの多いところを選ばないと。世の中いい人ばかりじゃないんだから」
道端で無防備に寝るのは衛生や健康に悪いだけではなく、事故や犯罪に巻き込まれるリスクがある。強盗や誘拐の標的にされる危険性もあるし。その時ふと、子供を攫おうとしていた男が頭に浮かび、私は警告した。
「特に赤髪で身長が高くて、目に傷がある熊のような大男には間違ってもついていかないこと。分かった?」
「…………うん、分かった……アリアがそう言うなら……」
少年は何を考えているのか分からない無表情でこくりと首を縦に振った。そういえば、私の名前をこの子に教えたっけ。記憶はなかったけど、自然に呼んだということは、私が教えたのだろう。少し引っかかったけど、それを尋ねている時間はもうなかった。
「私は用事があるからもう行くけど、大人が来るまで安全なとこにいてね」
「……うん」
こくりと、再び頷いたのを確認して私は彼に背を向ける。馬車を降りてしまったから結局歩かなければならなくなったが、幸いにも目的地である戦具店にはそう時間はかからず到着した。
「遅くなってごめん、お待たせ」
着いた時にはもう全員が揃っていて、私が最後だったようだ。申し訳程度に駆け寄ると、真っ先に世界で一番眩しい推しが視界に映る。
今日のノクスは襟や肩に金の刺繍が施されているフォーマルな黒いコートを着ていた。首元に巻かれている白いクラバットにはノクスの瞳と同じ赤い宝石のアクセサリーがついていて、ノクスの雰囲気をより一層輝かせている。アイリスのためにおめかしをしたのだと思うと、あまりの愛しさで胸が押し潰されそうだ。
アイリスが着てきた淡い水色のドレスとノクスの相性はバッチリで、一緒に並ぶと完全にお似合いの二人だった。
――ところで、何故かやたらと注目されているのは、気のせいではないはず。
「……えっと?どうしたの、私の顔に何かついてる?」
全員からの熱烈な視線を感じて、私は恐る恐る尋ねた。髪も服も別に普通だと思うんだけど、まさか来る途中で変なものでもくっ付けて来たのかと、頭を触っている私をグレイが指差しながら慎重に口を開いた。
「うん、ついてるってか、くっ付いてる?」
「……?ああ、なんだ。君がついてきてたのね…………って、えっ!?なんでいるの!?」
グレイの煮え切らない態度に私は眉を寄せ、差された指の先を辿った。一度振り向いて、正面に顔を戻してから、もう一度振り向く。
驚いたことに私の後ろには、先程別れたはずの子供がくっ付いてきていた。私は見事な二度見を繰り出してから、その場で声を上げる。
「お腹空いた……」
私の驚愕をよそに、彼は呑気にお腹を鳴らしながら小さな声で呟いた。……お巡りさん、私です。




