69.最高の日
未だにショックで気分は落下したままだったけど一先ず話は纏まったので、私たちは待たせたままでいたセオドールの元へと戻った。
「ごめんね。お待たせ」
「いいえっ、大丈夫です!」
セオドールも自身があまり歓迎されていなかったことに気が付いてしまったのか、緊張した面持ちで背を正した。あまり引き伸ばすのも可哀想だから、私は素早く結論から伝える。
「第二王子殿下とグレイ様から許可は降りたよ。二人がこれから貴方に剣を教えてくれるから頑張って。でも無理な時は早めに言ってね」
「よろしくな。セオドールって呼んでもいいよな?俺もグレイでいいぞ」
「私のことも楽に呼んでいただいて構いません」
「よっ、よろしくお願いします……!」
ノクスとグレイに声を掛けられ、セオドールはガチガチに固まりながら何度も頭を下げていた。どうやら慣れるまでもう暫く時間が必要そうだ。
「んじゃあ明日から昼と夕方の二回、裏庭に集合な。場所は後で教えるとして……そういえばセオドールは剣は持ってるのか?」
「いえ、持っていないです……」
「それなら大丈夫。私が用意するよ」
予定を立てているグレイとセオドールの間に私は割って入った。貧乏子爵家と言われているということは経済的に厳しいはずだから、その程度は私が準備するつもりだった。他のことは全部ノクスとグレイに任せる以上、そのくらいは私もするべきだ。回り回って、いつかノクスの為になると思えば、寧ろ望むところでもあった。
「公女サマが用意するのはいいとしても、一度サイズ感やバランスの確認は必要だろ」
「なら一緒に買いに行こうか。来月から長期休みだし、その時はどう?」
「でもそこまでして頂くわけには……」
「いいから。言い出したのは私だし。それで、日にちは大丈夫なの?」
「は、はいっ、あまり遅くならなければ大丈夫です……!」
「ちょっと待て、まさかお前ら二人で買いに行く気か?」
スケジュールを調整する私たちに、まるで危険を察知した表情でグレイは再びストップをかけてきた。今度は一体何だろうと思いつつも、私は頷く。
「そうだね。良いのを選んでくるから任せて」
「不安しかないのは何でなんだ……行くのはいつだって?俺もついて行ってやるよ」
「別に来なくていいけど……」
「お前らに任せておけねえの!用途によって種類が分かれてても、見分けつかねぇだろ?」
「分かんないなら聞けばいいじゃん。ところで剣を買う時、三十金貨くらい持っていけば足りるかな?」
「ただの練習用の剣を買いに行くだけなのに、そんな持ってったらぼったくられるだけだろうが!ああもう、ほれみろ!」
護衛としてエリオットも連れていくつもりだし、本当に大丈夫なのに。そんな私の心境とは真逆らしいグレイは、頭を抱えて今にも爆発しそうな勢いで唸っていた。
「ハァ……とにかく、剣は俺らが見繕ってやるから、お前ら二人は大人しくしててくれ」
「俺ら?」
それなら私がわざわざ行く必要はない気もするけど。でもお金だけ渡すのはさすがに情緒が無いかななんて悩んでいると、グレイがノクスに振り向く。
「王子サマも来るだろ?」
「えっ!?第二王子殿下も来られるのですか!?」
まさかノクスまで来るとは予想していなく、私は思わず声を上げてしまった。その反応が「えぇ〜第二王子も来るの……」という嫌そうな響きに聞こえたのか、ノクスの表情が曇った……ような気がする。
「私が行っては迷惑でしょうか?」
「いえっ、いいえ、とんでもありません!大歓迎に決まっています」
「随分と俺に対する態度と違うんじゃねぇ?」
「当然、グレイ様が来てくれることも有難く思わないと」
来なくていいなんてって言ったことを訂正します。最大の功労者に対して無礼な態度を取るなんて、私が間違っていた。心からの反省と共にグレイに感謝する。
「それで、第二王子殿下とグレイ様が来るなら、私もアイリスを呼んでもいいよね?」
「あー確かに、公女サマ一人じゃあれか」
「そうだよ。高身長の異性が三人もいる中に、一人だけ華奢で弱々しい乙女が混ざってたら浮いちゃうからね」
「いや、そこまでは言ってねぇけど。でもまぁ、いいんじゃね?」
「はい、私も構いません」
「ありがとうございます!」
グレイとノクスからの同意に、私は浮かれた心を隠しきれずにお礼を伝えた。だってこれはつまり、ノクスとアイリスの念願のデートが叶うという意味だから!アイリスと出かけられて本当は嬉しいだろうに、涼しい顔で淡々と頷く推しがいじらしくてたまらない。最高の日だった!
***
ここは南の果て、とある小さな港町。そこで一人の少年――ルーカス・クロノスは息を切らしながら足を引き摺っていた。
「ぜぇ、はぁ……っ、しぬ…………」
風が吹く度に、腰まで届く鮮やかで深い青色の長髪が顔を掠めて酷く鬱陶しかったが、それを払う気力は今のルーカスにはなかった。
「あら、坊や大丈夫かい?」
死んだ目のままひたすら歩いていたルーカスに向かって、一人の老婦人が優しく話しかける。自分を気遣ってくれるその声に、ルーカスは怒りを隠すことなく声をあげた。
「俺はっ、坊やじゃなく大人だ!!」
「あらあら、それはごめんなさいね」
「ふふっ、うちの息子もいつも同じことを言っていますよ。そういうお年頃みたいですね」
穏やかな会話を続ける婦人たちからの生暖かい視線を浴びながら、ルーカスが宿屋に戻ると丁度、馬車便が到着しているところだった。待つこと数ヶ月、ようやく届いた手紙にルーカスはパッと顔を輝かせる。
「ようやく来たのか!どれどれ……」
――賜りました書状は、所定の期間内にお受け取りいただけなかったため、返送されました。
「はぁ!?これで何度目だよ!」
しかし、戻ってきたのは自分が書いた返送された手紙で、ルーカスは怒りのままそれをぐしゃりと握りしめた。
ただでさえ現在の場所からルペリオンまでは距離があり、手紙を送るだけでも無駄に時間がかかるというのに、何度送っても返事が来ないどころか、そもそも届きすらしないのだから。
まるで、自分の存在そのものを遮断されているみたいに。
「とりあえずもう一回魔法省のヤツらに送ってみるか。エルネストとモニカとジェイクと、ミシェルは……アイツはいいか」
ルーカスは深い溜息をつきながら筆をしたためたあと、宿を出るために自分の荷物を纏めた。外に出れば太陽の熱がジリジリと照りつけてくる。黒いローブに包まれたルーカスは天に向かって手を翳し、詠唱した。
「空中浮遊!」
その場にルーカスの声が響き渡る。大人に比べてまだ幼く軽やかな音に、行き交う人は微笑ましく彼を見守った。
「まあ、可愛らしいわね〜!一体どんな遊びをしているのかしら?」
「……」
ルーカスは悔しさに顔をしかめ、静かに腕を下ろす。そうだ、ルーカスにはルペリオンに自力で戻れない理由があった。それは魔法使いとして最大の欠点、すなわち魔法が使えないことだった。
さらに問題はそれだけではない。自身を見下ろすと、本来の身体よりもずっと小さな姿が視界に映る。そのうえ、身一つで飛ばされてきたため、お金も何も持っていなかった。
「ああクソッ、最悪だ!どうしてこのルーカス様がこんな目に!」
ルーカス・クロノス――ルペリオン帰還まで、あと七百二十日。




