68.課金してでも見たい
「待て待て待て待て」
「?どうしたの」
信頼を込めてグレイに一任したら何故かストップをかけられ、疑問に首を傾ける。
「どうしたのじゃなくてだな......ちょっとこっちに来い」
「話なら別にここでも......」
「いいから来い!」
何かを言おうとしたグレイだったけど、セオドールにちらりと視線を向けて開きかけた口を閉じる。そして私の腕を引っ張り、彼と距離を取ってから話を続けた。
「一応聞くけど『後はよろしく』ってどういうことだよ」
「?そのままの意味だけど。セオドールのことをよろしくねってこと」
「お前な〜〜」
頭を痛そうに押さえ深くため息を吐くグレイに、認識がズレないよう一応きちんと説明しておく。
「グレイ様はいつも第二王子殿下と剣の打ち合いをしてるでしょ。それにセオドールも入れてあげてほしいの」
「見るからに剣なんて握ったことがなさそうなのに、俺らと打ち合いなんかしたらアイツが怪我するだけだろ」
「......」
「大体、剣術ってのは一日二日で出来るようなものじゃないんだよ。正しい構えや動きを何年も身体に染み込ませんの。体力だって必要だし、好きでもなければあんなの苦痛でしかないわけ」
「グレイ様も習得に何年もかかったの?」
「いや、俺はかかってないけど」
「......」
落ち着こう、私よ。熱くなりそうな心を必死で押さえつけた。しかし悔しいことにグレイの言葉は正しく、何も言い返せなかった。ノクスとグレイの剣の実力は素人の私から見ても圧倒的で、そこにセオドールのような初心者が入る隙はない。見込みがないことに時間を割くほど二人も暇ではないだろうと、私はグレイの意見に頷いた。
「......確かにグレイ様の言う通りだよ。でも、これを知ってる?」
「なんだよ?」
「私には二人以外、一学年に知り合いがいない」
「......」
ここで大事なのは〝友人〟ではなく〝知り合い〟だと伝えることだ。圧倒的にハードルが低く、普通の生徒ならば最低五人くらいは居るであろう顔見知りが私には居ないと言えば、グレイも内心同意だったのか静かに黙り込んだ。少しくらいは否定してくれても良かったんだけどな。そして実際にはステファンがいると口にしたかったプライドも飲み込む。
だからつまり、私はこのままここで引き下がるつもりはないということだ。
セオドールはいつかきっと、ノクスの力になるだろう。不思議なことに、そんな予感がした。まるで未来が見えるかのような、妙な感覚が浮かんでいた。
「うーん......なら、第二王子殿下にも聞いてみるのは?もし駄目だって言うならさすがに諦めるよ」
「おまっ、それはズリィだろ!」
私の提案にグレイが慌てる。どうやら気付いてしまったようだね。そうだ、ノクスは捨て犬は無視できない性格だ。
「ズルいってなんのこと?当然第二王子殿下の意見も聞かなきゃ失礼でしょう。じゃあ私が聞いてくるからグレイ様はここで待って――」
「私がどうかされましたか?」
私を止めようとするグレイをすり抜け振り返った瞬間、真後ろからノクスの声が響いて、私はサイレントで悲鳴をあげた。
「でっ、殿下、いつからそこに......?」
「セオドールも入れてあげてほしい、とウォレス令嬢が言っている辺りから」
ほとんど最初の方からだよそれは。話に夢中で全然気が付かなかった。一人で大人しく待っていた推しを想像し胸が締め付けられる思いでいると、グレイがノクスの首に腕をかけ、先手を打ってきた。
「なぁ、王子サマもなんか言ってやってくれよ。セオドールのことを考えたら、もっとちゃんとアイツに合ったことをやらせた方がいいと思わねぇ?」
「始める前から可能性を否定するのはどうかとおもうけど。今までやったことがないものに挑戦して、初めて気付くこともあるでしょう」
「なら公女サマはセオドールに剣術が向いていると思うのかよ?」
「......小さな一歩が、時として大きな変化をもたらすことがあるとは思ってる」
「いい感じに言ってっけど、遠回しに『思ってない』って言ってねぇ?」
お互いに引かずに言い合う私とグレイの間に暫くの間は静かに挟まれていたノクスだったけど、終わらない口論に制止をかけるように口を開いた。
「グレイの言うことは一理あります。剣が体に馴染むまで時間がかかりますし、体力や筋力が無ければ最初はかなりキツいです。手に摩擦の跡が残り痛みも伴いますし」
「だよなぁ!」
「......」
「ですが、ウォレス令嬢の言葉も理解します。やる前から選択肢を狭めるのはもったいないかもしれません。もしかしたら剣をやる過程で、何かを得ることができるかもしれませんから」
「それはつまり......」
「はい。私もウォレス令嬢の意見に賛成します」
「あ゛ー、クソ〜〜結局こうなんのかよ〜〜」
絶対ノクスも反対なのだと諦めていたら、まさかの逆転サヨナラホームランだった!負けたグレイが頭を抱えて悔しがる様子に、私は申し訳なく思いながら謝罪する。
「ふっ......グレイ様、ごめんね」
「もう少し笑いを隠す努力をしろ。全然ごめんって顔じゃないんだよ」
ああやだ私ってば、うっかり本音が。緩む口元を手で隠し証拠隠滅をしている間に、グレイはノクスにも文句を垂れていた。
「王子サマもいい加減、何でもかんでも拾うのはやめろよな。見捨てられないのは分かるけど、毎回拾ってたらキリがないだろ?」
「毎回って?」
「前にもあったんだよ。王子サマが怪我した子犬をどこからか連れてきて、手堅く手当てするもんだからその犬がずっと王子サマから離れようとしなくて大変だったことが......っておい、どうした!」
「体調でも悪いのですか!?」
あまりのショックに私の全身から力が抜けて、その場にドサッと崩れ落ちる。グレイとノクスがすぐに気遣ってくれるけど、私は余裕がないまま拳を握りしめて叫んだ。
「なんでそこに私を呼んでくれなかったの!?オタクは推しのことならなんでも知りたいし、ましてやそんなレアな姿は課金してでも見たいのに......!」
「おし?かき......?」
私の言っている言葉の意味が分からないのか、ノクスもグレイも何を言われたのか理解が出来ない顔で目を瞬かせた。
「よく分かんねーけど、犬が見たかったってことだよな?公女サマがそんなに犬好きとは知らなかったぜ」
「次に拾った時はお見せしますので元気を出してください」
「いや、だから次はもう拾うなって」
なぜか大の犬好きだと勘違いされ、私は二人に慰められた。子犬を抱いて慈悲深く微笑む推しを想像してしまえば、その悔しさが収まってくれることはない。まさかノクスが人気投票で二位だったことを上回る悔しさがあったとは......
試合に勝って、勝負に負けた気分だった。




