67.変わる道を選んだ
「一応忠告しておくけど、嘘をついたり誤魔化したりしようと考えない方が身のためだよ」
「完全に悪党の台詞なんだよなぁ......」
「しかし正しい言葉でしょう。ウォレス令嬢はそれだけ怖い思いをされたのでしょうから、聞く権利があります」
ノクスの発言にグレイが「怖い思いねぇ〜」とぼやく。まるで私がそんな女ではないだろうと言いたげな視線を向けられ、実に憤慨だ。
「ひぇぇ......」
私たち三人に見下ろされ、退路を絶たれたセオドールは小動物のようにブルブルと震えあがる。事情を知らない誰かがこの状況を見たら、私たちが苛めていると勘違いされそうだった。中々口を開かないセオドールに痺れを切らし、私は促す。
「それで、これは誰の差し金?」
「さ、差し金だなんて誤解です!誰かに言われてしたわけではありません......!」
「なら貴方の独断で私を付け回してたってこと?一体何の為に?」
「それは、その......」
言葉を詰まらせて続きを口ごもるセオドールに目を細める。私はそんなに気が長い性格ではないんだけど、それでも一応は待つことにした。
「ぼ、僕も変わりたいと思ったんです......」
「??」
あまりにも予想とは違うセオドールの発言に、私の頭の中は疑問で埋め尽くされる。真意を探ろうとセオドールを見つめると、彼は正座の姿勢で、ぎゅっと両手を握りしめていた。
「夏のグループワーク以降、エンリケ様は荒れていました。余裕がないといいますか......あなた方七班のことをとても目の敵にしていて、常に苛立っている様子でした」
「そうだろうね」
特段、驚くことは何もない。人はプライドを傷つけられた相手には、怒りや憎しみを抱くことがあるから。自分の価値が脅かされたと感じ、反発に変わる。だからエンリケが私たちを嫌いになるのも、自然の流れであった。
しかしそこで終わりではなかったのか、セオドールが「でも」と続けた。
「見たんです。魔法大会の日に、ウォレス令嬢の姿を。エンリケ様は最初、貴女のことを馬鹿にして笑っていましたが、競技場前での会話を聞いて、その表情が変わりました」
「......」
「いきなり真剣な顔つきになり、何かを深く考え込んだかと思ったら、急に踵を返して。その日以降、彼があなた方の――他人の批判的な言葉を口にすることはなくなったんです」
「へぇ、意外だね」
物事が上手くいかなかったりした時、自分の失敗や不安と向き合う苦痛よりも、他人の粗を探したり憎む方が楽なはず。これは自分の自尊心を守るための一種の防衛反応でもある。
だけど、エンリケはもう無駄な劣等感は捨てたようだった。何が彼に響いたのか少し気にはなったけど、セオドールの口から一体どんな言葉が飛び出すのか分からなく、私は聞かずに回避することにした。
セオドールは私の発言に苦笑いつつも「はい」と頷く。そして下を向いていた顔を上げ、緊張した表情で私を真っ直ぐと見つめた。
「だから僕も、エンリケ様みたく変わることができたらと思ったんです......」
「それが私の後をつけてた理由?」
「はい」
「お〜〜公女サマすげーじゃん。アイツを更生させられるなんて」
「はい、私も同意します」
「ああいう我の強いタイプは、プライドが高くて人の話も聞かないから、一度決めたことを他人の言葉で変えたりしないのにな」
「.....」
二人の耳を塞いでしまいたいのを私はグッと堪えて、セオドールに伝えた。
「.....誤解があるようだけど、エンリケ・コリンが変わったと感じるなら、それは私が何かしたからではなく、彼が自ら変わる道を選んだからだよ」
「......」
「だからもし変わりたいと思うのなら、他人に選択を委ねるのではなく、貴方も自分で考えて決めないといけない」
アドバイスや意見は聞いても、その先まで求めるのは避けるべきだ。他者に選択を委ねて失敗したとしても、その人は責任を取ってくれるわけじゃないから。自分の道は、自分でつかんでいかないと。
「はい......」
望む答えを得られなかったらしいセオドールは、再び下を向いてしまった。別に落ち込ませようとしたわけではなかったのに。かと言って私に出来ることは、本当に何もない。
頭を悩ませながら、彼のプロフィールを思い出す。アシュトン子爵家の長男で、下に妹と弟が一人ずついた記憶だ。政治に大した影響力はなく、周囲からは没落寸前の貧乏子爵家と言われている。
でも、マイナス面しかないわけではない。セオドールは一学年で常にトップの成績を残し続けている。エンリケが彼に目をつけたのもその為だろう。
「ふむ」
政治に影響力がないなら、ノクスに余計な火の粉がかかることはないのではないか。ヒョロヒョロしていて、つつけばすぐに倒れそうだけど......鍛えれば少しはマシになるはず。学年一位を維持し続けているというのは、それだけ忍耐力があるということだし。もしも駄目ならば、その時にまた考えてみればいい。
「あの......?」
見極めるようにジッとセオドールを眺めていれば、彼は困惑したように首を傾げる。私は最後にもう一度、セオドールの意志を確認した。
「変わりたいって言葉に二言はないよね?」
「は、はい!」
「それが肉体的にも精神的にも辛いとしても、すぐに諦めたり投げ出したりしないこと。寧ろ最初は、出来ないことが当たり前なんだから」
「それは、一体どういう......?」
「返事は」
「は、はい!」
「うん。よし」
しっかりと背を伸ばして返事をしたセオドールに、私は満足気に頷く。じゃあ頑張ってみますか。まぁ、頑張るのは私ではないが。
幸運にもこの場に居合わせた二人に振り向き、可愛い推しに癒されてから、グレイに向かって手をあげた。
「ということで、後はよろしく」




