63.零か百の選択肢 《二章 完》
「しょ、勝者――キオン・ウォレス!」
わあああああ!!!
審判が下した判定に会場中が爆発的に盛り上がり、熱狂した空気に包まれる。私は胸を撫で下ろしながら、頭を抱えた。周囲からはチラチラと伺う視線が突き刺さる。最悪だった。
「やったわアリア!キオンが勝ったわよ!」
「まさかあそこから逆転するとはね」
アイリスが大喜びしながら私に抱きつき、エメルも安心したように息をつく。
「アリアの応援のおかげだね」
「……」
睨むことも許されない貴族社会が憎い。カイルはわざと言ったわけじゃないだろうけど、できれば見なかった事にしてもらいたかった。正直に言おう。今、私は物凄く恥ずかしい。会場中に響くくらいの声で叫んでしまったからだ。何故あんなことをしてしまったのか。遅れて後悔が押し寄せてくる。私は耐えきれずその場から立ち上がった。
「アリア、どこ行くの?」
「……お兄様のところに」
「私も行くわ!」
実際はこの場から離れたくて出た言い訳だったけど、アイリスに続いてエメルとカイルも立ち上がる。結局全員でキオンのところに向かうと、ちょうど競技場の入口から走って出てきたキオンを見つけた。
「リア!見てた!?ボクの勇姿!」
「うん、お疲れ様」
「へへっ」
私が労いの言葉をかけるとキオンは照れくさそうに笑った。まったく、怪我しないでって言ったのに。頬は切れてるし全体的にボロボロだ。キオンの健康状態を確認していると、横にいたエメルが片眉を上げながら呆れた。
「勇姿って、普通自分で言う?」
「事実なんだからいいでしょ!」
「ふふっ、そうだね。最後のキオンは格好良かったよ。お疲れ様」
「カイル様……ありがとうございます!」
「キオン!勝利おめでとう!」
「ありがとうアイリス!」
カイルの言葉にじーんと感動するキオンにアイリスが駆け寄り両手でハイタッチをする。満足したアイリスは「ほら、お兄様も!」とエメルの脇腹を小突く。
「お疲れ。まぁ悪くはなかったんじゃない?」
「もうお兄様ったら!」
こんな時でも素直に労らないエメルにアイリスがぷくりと頬を膨らませる。キオンは一瞬きょとんとするも、すぐに「当然でしょ」と得意気に言い返していて悪くない雰囲気だった。
「キオン・ウォレス……!」
突然、憎々しげな声がその場に響き渡る。反射的に声の方へ顔を向けると競技場から出てきたオディロン・ルヴェルがキオンを睨んでいた。キオンよりもボロボロなはずなのに元気だね。あの男はギリッと奥歯を噛み締めながら叫んだ。
「ッ、一度勝ったくらいでいい気になるなよ!お前なんかどうせすぐに負ける。上にはもっと強い奴らがいくらでもいるんだ。いつまでもまぐれが続くと思うな!」
オディロン・ルヴェルのおかげで穏やかだった空気がピリッと張り詰める。私は呆れつつも同意した。実際、上には上がいるし、いくら輝かしい記録をとったとしても、それはいずれ過去となる。歴史に残るような記録があったとしても、誰かが越えてしまう日は来る。
「なら、ボクはもっと強くなれるね」
でもだからこそ、その瞬間に取った星は、何よりも眩しく、キラキラと輝くのだろう。キオンの言葉に一触即発だった空気は緩むけど、オディロン・ルヴェルは顔を歪めて悔しそうに拳を握った。
うーん、少し助けてあげようか。別に放っておいてもいいけど、あまり追い詰め過ぎると復讐心や執着心がキオンへ向くことになるかもしれないし。もう面倒事はごめんだった。
「リ、リア……?」
オディロン・ルヴェルの近くまで歩いていくと、キオンが戸惑いがちに私の名前を呼ぶ。返事をしない代わりに、目の前で俯いている男に向かって話しかけた。
「先輩」
「何だ。いい気味だと笑う気か」
「そんなことしませんよ。お兄様も先輩も、勝つために全力で戦った。そうでしょう?」
「ハッ、負けてしまえば何も意味はないだろう」
「いいえ。確かに結果は大事ですが、それが全てではありません。その過程で何を学び、これならどう活かしていくかが大切なのではないでしょうか。つまり敗北にも価値は見出すことはできます」
オディロン・ルヴェルが再び押し黙る。とりあえず聞く気はあるようなので、この期を逃さず話を続けた。キオンではなく、自身の内側に意識を向けさせるように。
「敗北の要因はいつだって自分自身にあります。弱さを認めて受け入れることは苦しくて大変なことですが……でも先輩なら大丈夫です。負けて悔しいと思うということは、まだ成長できるって意味ですから」
まぁ要は、キオンに余計なちょっかいを出してないで、あなたはあなたで頑張りなさいということだ。オディロン・ルヴェルが顔を上げ、視線が合う。やっぱり子供だね。泣きべそをかいている姿に少しだけ笑ってしまうと、馬鹿にされたと思ったのかオディロン・ルヴェルはカッと顔を真っ赤にさせた。
「それに、今日の先輩は格好良かったですよ」
「……う、うるさい!そんな取って付けたような褒め言葉で喜ぶとでも思ったのか!俺はもう行く!」
最後は適度に褒めて誤魔化そうとしていたのがバレてしまっていたらしい。オディロン・ルヴェルは全身を赤くさせたままどこかへ走って行った。中々鋭い男だった。
「リ、リア……なんてことを……!」
「いや、私も別に怒らせようとしたわけではなかったんだけど……」
「そうじゃない!そうじゃないよ!!しかも格好良かったって何!?ボクはそんなこと言われてないんだけど!?」
わなわなと震えているキオンが私に詰め寄り、面倒臭い彼女のような事を言い始める。私はアイリスたちに視線を向けるも、誰も助けてくれそうにない。
「じゃあ、お兄様も格好良かったよ」
「じゃあ!?じゃあってなに!?」
完全に失言だった。キオンが私の両肩を掴んでぶんぶん揺らすから脳が揺れる。私は目が回る前にキオンを促した。
「お兄様、そろそろ戻った方がいいんじゃないの?三回戦に間に合わなくなるよ」
「いいよ、どうせボクは出ないし」
「???」
「出ないってどういう……?」
言葉の意味を正しく理解できない私の代わりにアイリスが恐る恐る尋ねる。キオンは大したことじゃないかのように笑って答えた。
「だって皆ばっかずるい!ボクだってリアと一緒に過ごしたいもん!!」
「……」
そんな理由で、と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。そしてキオンは本当に三回戦には出なかった。本人は満足しているようだしいいかと、私の隣ではしゃいでいるキオンを横目に思うようにした。
「二学年決勝戦、優勝は――ノア・ブライトン!」
キオンがあっさり棄権したトーナメントで最後に勝ったのはノアだった。平民という立場でありながらもノアは一歩も引けを取らずに勝ち上がり、周囲を驚きと興奮で沸かせた。他の平民たちにとっては希望の星そのものだろう。
「……」
彼の未来を知っている私は複雑な気分だった。ノアは今から数年後、魔力を全て失うことになる。正確には辛うじて生きていけるくらいの魔力は残るけれど、魔法使いとしての夢は閉ざされてしまう。
まぁ私には関係のないことだけど。もし退場するとしたら、私の方が先だろうから。気分が沈む前に、さっさと気持ちを切り替えて視線を正面に戻す。次の試合が始まった。
***
試合が全て終わる頃には既に辺りが薄暗くなっていて、残っているのは学校の生徒たちだけだった。ノクスを探そうとしてみたけど全学年が集まると物凄い人数で、とてもじゃないけど探せそうにない。
「リア、アイリス!持ってきたよ!」
キオンは取ってきてくれた四角い箱のような物を手渡してくれる。私はお礼を伝えながら受け取るも一体何に使うのか分からずにいると、カイルが説明をしてくれる。
「これにこうやって魔力を流して、火を灯すんだよ」
カイルが手を翳し、ゆっくり魔力を流し込めば淡青色の炎がポウッと静かに灯った。私もそれに倣い魔力を入れる。紫の炎がゆらゆらと揺れていて綺麗だった。辺りを見渡すと真っ暗だった夜に、いつの間にか沢山の光が灯っている。
「……綺麗ですね」
「うん、とても。こうして見ると、似たような色でも、全く同じではないのがよく分かる。きっと人も同じなんだろうね。目には見えないだけで皆、自分だけの特別を持っているんだ」
「そうですね」
カイルの言葉に頷こうとするよりも先に、誰かが割って入ってくる。突然背中から聞こえてきた低い声に驚き振り向くと、エメルが疲れた顔で立っていた。
「二人も早くこっちに来て、キオンとアイリスの相手して。二人とも元気過ぎて俺一人じゃ手に余るから」
「ああ、ごめんね。すぐに行くよ。それにしてもキオンのあの体力は一体どこからきているんだろうね」
「本当ですよ。途中棄権とはいえ、試合に出たのに……」
その言葉通り私とカイルがエメルに沿ってアイリスたちの元へ向かうと、二人は物凄く元気だった。目が合ったキオンが瞳を輝かせてこちらに向かって一直線に走ってくる。
「ねぇリア聞いた!?これを浮かせる時に願い事を思い浮かべながら飛ばすと、その願いは叶うんだって!」
「そうなんだ」
「うん!だからボクは『リアとずっと一緒に居られますように』って決めたよ!」
「私もキオンと同じ!アリアは何にしたの!?」
キオンとアイリスが期待するような視線でジーッと見つめてくる。私はそういう迷信は信じていないのに。でも、とミシェル・ハーマンの占いを思い出す。悔しいことにあの占いは結構当たっていた。とはいえ、いきなり占いを百パーセント信じられるようになったかと言われたら否だ。生き方をガラリと変えられたわけではない。ただ私の中で、零か百しかなかった選択肢に、五十が一つ増えていた。
「うーん、世界平和?」
だから、今日くらいは願ってみるのもいいかもしれない。こんな日々が続きますようにと、今はまだもう少しだけ。
ちなみに、後日――
「済まなかった!」
「え、なに急に。どういう風の吹き回し?」
キオンが教室に入ると同時に、オディロン・ルヴェルが勢いよく謝罪した。約束通り床に頭を擦り付けながら。キオンは戸惑いながらも訝しげに目を細めた。
「……俺は約束を破るようなダサい真似はしない」
オディロン・ルヴェルが頭を下げながら呟く。まさか本当にやると思わなかったキオンは目を瞠り、バツが悪そうに頬を掻いた。
「もういいよ。ボクも悪かったところはあるし、結果的に君のおかげで成長もできたから。だからほら、立ってよ」
「ああ、ありがとう。ところでその、ウォレス令嬢なのだが……」
「?」
キオンが差し出した手をオディロン・ルヴェルが掴み、立ち上がる。お互いにもう遺恨はなかった、その時だ。オディロン・ルヴェルが視線を彷徨わせたかと思うと、躊躇いがちに尋ねてくる。上昇している彼の頬に、キオンは嫌な予感を察知した。
「彼女に……恋人はいるのだろうか?」
「はぁ????」
飛び出た質問にキオンは青筋を立てながら腹の底から低い声を出した。そしてすぐに考えを改める。この男はやはり大嫌いだと!キオンはバチンッと繋がっていた手を払った。
「居たらなに!?言っておくけど、試合中リアのこと馬鹿にしたの忘れてないからね。リアに近づいたら絶対許さないから!!」
ふんっとキオンは顔を背けて、唇を尖らせながら教室へと入っていく。一緒に登校してきていたエメルとカイルもオディロン・ルヴェルに一言だけ残して、それに続いた。
「あーあ、随分お怒りだね。まぁそういう事だから、諦めてくれる?」
「悪いね。君にいい人が現れるのを願っているよ」
――このような会話が行われていたことは、私が知る由もなかった。
これにて二章完結です。最後までお付き合い頂きありがとうございました!ブクマや評価いいね等もありがとうございました。続きに悩んでいた時は大変応援になっておりましたㅠㅠ
二章はキオンをメインとして書き、彼が悩み立ち上がれるまで、そして『妹』としてだけではなく、アリア自身が大切なのだと答えを出せるようになるまでを深く掘り下げさせて頂きました。
タイトル及びジャンル詐欺のような内容ですが恋愛も進んでおります……!まだ先となりますがタイトル回収もきちんとしていきますので、引き続きお付き合い頂けますと幸いです。
三章は今月中に再開予定です。物語と恋愛どちらも大事な場面なのでどうぞよろしくお願いいたします!
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