62.ボクの星
会場に響いた声に、俯いていた顔を上げた。
声の主が誰かなんて顔を見なくたって分かる。彼女を探すように観客席を見渡すと、ボクよりも濃い紫色が視界に入った。
「リア……」
自分でも知らぬ間に言葉が溢れた。ボクとリアの距離は遠く、彼女が今どんな表情かは分からない。でも微動だにせず固まっている所を見ると、衝動的にした行動のようだった。
「プハッ!ハハッ!お兄様〜だってよ」
お腹を抱えて嘲笑うオディロン・ルヴェルを前にしても、不思議と怒りは湧いてこなかった。代わりに笑いが溢れてしまう。だってそうでしょ。誰がどう見たってボクの負けが決まったこんな状況でも、まだリアは諦めていないだなんて。目立つこと、面倒なこと、厄介ごとを嫌い、遠ざけるくせに、いざとなれば真っ先に自分から飛び出していってしまうボクの妹。あの時も、そうだった。
『一緒に来いよ。そうすればソイツらは助けてやる』
以前、ボクたちを攫おうとした男が発した言葉を思い出す。あの時、運よく助けが来なければ、きっとリアはあの男について行っていただろう。「仕方ない」なんて溜息をつきながら、あっさりとした軽い足取りで。
『お兄様は、どうして強くなりたいの?』
人の役に立てたら嬉しい。将来のことはまだよく分からないけれど、領地の人たちの笑顔を守れるよう精一杯頑張りたいと思うし、カイル様の力にもなりたい。周囲からだって否定されるより、認められたいし。理由なんてあげようと思えばいくらでもある。
『たったひとつだけ、これだけは譲れないってものを決めるの』
でも、たった一つを選ばなくちゃいけないのなら――ボクは、リアを選びたい。素直じゃなくて不器用で、だけど誰よりも優しいアリアを守りたいんだ。
「もう勝敗は決まったにも等しいこの状況で笑うだなんて、頭がイカれたのか?そんな余裕すぐに消してやるよ。闇弾」
「風盾!……ぐっ」
オディロン・ルヴェルが放つ弾を防ぐために防御魔法を展開するも、全てを防ぎきることはできず、いくつかの弾が障壁を突き破って身体に届いた。 次々と繰り出される攻撃を受け止めるうちに、魔力も徐々に消耗していく。じわじわと削られていく障壁を保ちながら、ボクは大会直前にエメルやカイル様とした特訓を思い浮かべる。
『はい、俺の勝ち。キオンは相変わらず攻撃が単純だね。それじゃあ最初は良くても、試合が長引けば不利になるよ』
『ふふっ、でも全力で真っ直ぐなところがキオンのいい所だと俺は思うな。短所を克服するより、長所を伸ばすのも一つの手じゃない?自分に合ったやり方を選べばいいんだよ』
『うーー』
ボクはその場にしゃがみ込んで唸る。カイル様のアドバイス通りにしたいけど、悔しいことにエメルの言うことも理解できるからだ。頭を抱えるボクに二人は顔を見合わせ笑った。
『まぁ今回はカイル様の方法がいいんじゃないの。大会まで時間もないし』
『だね。その方向でやっていこうか。キオンは何が得意なんだっけ?』
『ボクは――』
ボクの得意は攻撃魔法で、苦手なのは複合魔法。今は複合魔法を使っている余裕はないから選択肢からは捨てることにする。どちらかが戦闘不能になるか場外へ出てしまった場合、試合は終了だ。
『だから目標をひとつ決めたら、その事だけに集中してみて』
リアの言葉が頭の奥で響いた。武者震いで手が震えている。怖い。自分の実力を、限界を知るのが。才能の差を突きつけられてしまうのが、怖かった。――本当にそうだろうか。自分の心に問いかける。リアを失うかもしれなかったあの瞬間、ボクは戦うことすら出来なかった。だけど今は、違う。ボクはちゃんと戦えているじゃないか。
「チッ、しつこい奴だな」
「風炸裂!」
オディロン・ルヴェルが別の魔法を使用しようと攻撃を止めた隙を狙い、爆発を起こして趣味の悪い闇人形を粉々にする。復活する間に新たな魔法を展開し、自身の身体を浮かせる。足元の闇穴が生き物みたいに動きながら足へ纏わりつくから少し気持ち悪い。再度爆発を起こして無理やり引き離した。宙に浮いた身体を一回転させ、着地と同時に前方へと踏み込む。加速ブーストを使ってさらにスピードを上げる。
「っ、ちょこまかと!闇矢!」
放たれた矢が頬を掠めた。ピリッとした痛みを感じたけれど、気にせずひたすら突き進む。よそ見はせず、ただ正面だけを向く。自分でも信じられないボクのことを、信じてくれた人がいる。だから、こんな所で立ち止まっている場合じゃない。ボクの目指す場所はもっと先にあるのだから。
だから、もっと前に。もっと、もっと……!
足がもつれて転んでも、泥まみれになっても、かっこ悪く足掻き続けるとしても。今だけは、リアの前でだけは、自分に誇れる自分でいたい。
「――集いし風よ。我が魔力を糧とし大気の力を授かれ。宿命と役目を此処に分かち、疾風の如く駆け抜けよ。天空を裂く旋風となりて、すべてを飲み込む竜巻となれ!」
その言葉は、不思議と頭の中にすんなり浮かんできた。先程まで底をつきかけていたはずの魔力は満ちている。疲れていた身体は軽やかに動く。風刀で再び人形を斬る。もう復活はしない。オディロン・ルヴェルは驚愕に目を見開いた。
「何故だ!一体何をした……!?」
自分でも分からない。ただ、迷いはなかった。詠唱と共に目の前に浮かび上がった魔法陣に手を翳す。オディロン・ルヴェルが張った防御魔法ごと吹き飛ばす勢いで、ボクは持てる限りの力を最大限込めた。
「第六魔法、竜巻!吹き飛べーー!」
足元から巻き上がった巨大な竜巻が地面を削りながら勢いよく回転を続け、相手を渦中へ引き摺り込む。
場外に吹き飛ばされたオディロン・ルヴェルが、がらりと崩れた壁と共に地面に落ちた。会場は静まり返っている。息を切らしながら、顔を上げた。
これからボクはまた何度も迷って、行き詰まるだろう。だけどもう、大丈夫だった。
自分の進む道を見失わないように輝く道標が、いつだってそこにあるから。
「リア!」
ボクの星。
大きく手を振り、名前を呼んだ。




