60.譲れないもの
キオンはぽつりぽつりと、自分の胸の内を吐露していった。進級してから抱くようになった焦燥や不安。身近なエメルやカイルと比べて感じた劣等感までも。
普段私には絶対見せようとしない弱い姿をさらけ出してしまうくらいには、限界のようだった。
実を言うと、三十二位は学年全体で見るとかなり高順位なのだけど……今それを伝えるほど空気が読めない人間ではない。
こういう時、なんて言うべきだろうか。
努力とは必ずしも報われるものではないことを、私は既に知っている。他人が関わるようなものなら尚更だ。『頑張れば』とか『諦めなければ』なんてのは、それを叶えた人が言う結果論か夢を見る人の理想論でしかない。
努力だけではどうにもならないものが、現実には確かに存在する。
「……」
私は口を開き、一度閉じた。前にエメルが言っていた言葉が、頭の中に浮かんだからだ。
『彼女は解決策が欲しかったんじゃなく、話を聞いてもらって、共感したり寄り添って欲しかったんだろうから』
……ふむ。私は少し考えてから、キオンの目線に合わせて、しゃがんだ。そして今度こそ、キオンに向かって慎重に話しかけた。
「お兄様は、どうして強くなりたいの?」
「…………え?」
「それだけ頑張るってことは、何か理由があるってことでしょ?」
何の理由もないとするなら、そんなに頑張る必要はないはずだ。私みたいにある程度の順位をキープしておけば、進級は問題なくできるだろうし。
とはいえ理由のない努力はモチベーションが低下した瞬間、継続するのが難しくなるから無いよりかはあった方がいいんだけど。
「ボクが強くなりたい理由……」
私の質問にキオンは考え込むように呟いた。
考えたことがないって顔だね。何か思いつくように私はいくつかの具体例を上げる。
「何でもいいよ。『魔法で誰かの役に立ちたい』とか『将来は魔法使いになりたい』とか。『周囲からもっと認められて人気になりたい』みたいなのでも」
「そ、そんなのでもいいの?」
「うん」
承認欲求は別に恥じるべきことではない。それを糧に頑張れるのなら、立派な目標の一つになりうる。もし『魔法使いになってお金をたくさん稼ぎたいから』と言われたとしても、驚いたり軽蔑したりはしない。
「だから目標をひとつ決めたら、その事だけに集中してみて」
「……ひとつだけ?」
「願望自体はいくつあってもいいよ。ただ、たったひとつだけ、これだけは譲れないってものを決めるの」
キオンの性格上、複数のことを同時に進めるよりも、一点集中の方が適しているはず。
余所見はせず、脇目も振らず走っていけるように。
でもきっと、それだけではまだ足りない。
出口の見えない暗闇を一人で走っていくには、キオンはまだ不安定だ。
「それがどんな目標であれ、お兄様が決めたことなら私は応援するから」
だから、私がそばにいる。
いつまで一緒にいられるかは分からないけど、キオンが一人で歩いていけるくらいの時間はあるはずだから。
「約束したでしょ?『何があっても、最後までお兄様の味方でいる』って」
「でも……」
それでも躊躇うキオンに腕を伸ばす。今までキオンが何度も手を取ってくれたように、今度は私から。
握手のようなおかしな格好になったけど、気にしなかった。
「お兄様ならできるよ。だって私が、そう信じてるんだから」
なんて傲慢で、無責任な言葉だろうと思う。
でもこの一言で背中を押せるのなら。立ち上がる力をあげられるのなら。
決して無駄なことではなかった。
「それとも、私だけじゃ不満なの?」
「そんなわけ……っ!――そんなわけないじゃん」
じとりと目を細めれば、キオンはぶんぶんっと勢いよく首を振り、今にも泣きそうに顔を歪めながらも笑った。その時だった。
ぐうぅぅ~っと、お腹の音が鳴る。
お昼は抜いたけど私ではない。ここに居るもう一人へ顔を向けるとキオンは恥ずかしそうにお腹を抑えていた。
「気が抜けたらお腹空いちゃった……」
「じゃあ学校が終わったら、何か食べに行こうか?」
「行く!」
私の提案にキオンが飛びつく。私は笑いながらポケットから最後の一つになっていた飴を取り出し、キオンの口の中へと押し込んだ。
「それまではこれで我慢してて」
「おいひい……」
砂漠の中で水を見つけたかのような表情で、キオンは飴を転がしている。
私は満足しながらその様子を眺めた。
「お兄様、よく見えないわっ!もう少しそっちに寄って!」
「アイリスちょっと、押しすぎだから。一旦体制を整えてから……」
「二人とも声を抑えて。……あっ、アリアが気付いたみたい」
「へ?――きゃあっ!」
まったく。声が聞こえ振り向いてみれば、悲鳴と共に地面へ転がるアイリスと下敷きになったエメル、悪びれもなくにこにこ微笑んでいるカイルが居た。
「覗き見してごめんなさい。二人が心配でつい……で、でも話の内容までは聞いてないわ!」
アイリスがこれから怒られる子供みたいな表情でこちらへ歩いてきながら、キオンの顔色を伺いつつ弁解した。
「アイリスの言う通り、盗み聞きはしていないよ。キオンが言いたくないことなら、俺たちは聞かない。だけど力になれることがあれば、いつでも頼ってほしいんだ。俺たちは友人だろう?」
アイリスの隣にいたカイルが微笑みながら、キオンへ手を差し伸べた。遅れてきたエメルが腰に手を当て、キオンを見下ろす。
「言っておくけど、キオンとの勝負で手を抜いたことなんて一度もないからね」
「……ふんっ、当然じゃん。手を抜いたりなんかしたら、絶対に許さないんだから!」
カイルに引っ張られ立ち上がったキオンは当たり前だと言いたげな表情で、べっと舌を出した。いつものように、いたずらっぽい笑顔で。
「大会までの間、仕方ないから練習相手になってあげる。一人でするよりはいいでしょ」
「俺も付き合うよ。どうせやるからには勝たないとね?」
「なら私も……」
エメルとカイルの言葉に続こうとした私へ、四人の視線が一気に集中した。
「リアはダメ!」
「練習とはいえ、キオンが公女相手に攻撃できるわけないでしょ」
「アリアは見学かな」
「……」
キオンを始め、エメル、カイルにまで首を横に振って反対される。そのうえアイリスからも「アリアは私と一緒に応援しましょう!」と戦力外通告を受けてしまったので、最終的に大人しく見守ることにした。
それから一ヶ月、大会の日はやってくる。




