58.答えは
まさか気付かれると思わなかったから、私は驚いてしまう。律儀で真面目な推しはグレイの剣を雑に払い、こちらへ駆け寄ってくる。
「どうかされましたか?」
「あ、その……」
口が裂けても「貴方を見に来ました」とは言えず、私は完全に挙動不審になった。こんなことなら、買っておいたカラーリング薬を使えば良かったと後悔する。せっかく髪用と一緒に瞳の色も変えれるよう色々揃えておいたのに。
「こんなとこで一人飯かよ?」
デリカシーのない奴。グレイが持っていたお弁当に気付いて呟く。私はただ「そうだよ」と頷いた。
「お邪魔してしまって申し訳ありませんでした。私はもう行きますので」
「お待ちください。……何か、お力になれることはありませんか?」
「?」
脈略のないノクスの発言に私は首を傾げる。推しは息をしているだけで、世界へ貢献していると言っても過言ではないのに。
「ずっと、何かに迷っていらっしゃるようなので」
「……」
私は自分に対しての溜息を飲み込んだ。普段通りにしているつもりでも、結局は色んな人に気遣わせてしまっているのに気が付いて。
「いいえ。殿下のお手を煩わせる事ではありません」
動揺を隠すように口の中を一度噛んでから、私は首を振る。推しの親切心を無下にするのは心痛いけど、本当に助けは必要なかった。
「まぁどうせ俺らしか聞いてないし、気になることがあんなら吐き出してけば?そうすりゃあ、その陰気な顔も少しはマシになんだろ」
「私は元々こういう顔だよ」
縦ロール先輩にも言われたけど、私ってそんなに暗いのかな。確かに外向的な性格ではないけれど。
少し落ち込んだ私にグレイが「ほら見ろ」と、したり顔をした。
「普段の余裕綽々な公女サマらしくないじゃねぇの」
「グレイ様に私がどう見えてるのかは分からないけど、人は誰しも他人には見せない姿を一つや二つ持っているものだから『らしくない』と感じるのは誤りで、実際はただ見えていなかった姿を目視できるようになっただけに過ぎない……」
「いつもの公女サマだったわ」
グレイが私の言葉を遮り、肩を竦める。その時、私たちに挟まれていたノクスが口を開いた。
「こいつの言葉に同意するのは不本意ですが、」
「おい」
「ウォレス令嬢の悩みが少しでも解決するのであれば、どんな些細な事でもいいので吐き出してみませんか。……オルレアン令嬢もクラスメイト同士、助け合いが大切だと仰っておりましたし」
ああ、なるほど。きっとノクスは私の様子が変なままだと、アイリスが心配するから気にかけてくれたのだろう。
「そうそう。それに無関係な相手の方が話しやすい事ってあんだろ?」
ノクスの言葉を後押しするように、グレイが続ける。私が次の言葉を発するまで二人は黙って待っていてくれた。
「…………大層なことではありません。ただ、打算的な自分に嫌気が差しているだけです」
私がアリアになってからあっという間だったはずの日常が、この一週間は酷く長く感じた。まるで時が止まってしまったかのように。
「無意識のうちに損得を計算して、より安全で安定した道を選んできました。人間関係すらも相手を見定めてきたくせに、今更大切だなんて......」
一体どの口が言うんだろう。言葉にしてみたら余計自分にうんざりする。
こんなことを言われてもノクスやグレイだって困るだろうに。手の甲で額を抑え、すぐに謝罪をしようとした。
「いいのではないでしょうか。きっかけなんて何でも」
「え……?」
しかし私の謝罪よりも先に、耳へ届いたノクスの肯定の声に顔を上げる。
「ウォレス令嬢のことを全て知っている訳ではありませんが、少なくとも貴方がオルレアン令嬢をとても大切にしていることは見たら分かります」
その言葉に同意するようグレイも頷く。
「だな。公女サマは一度懐に入れた相手は大事にするタイプだろ。どんな始め方であれ、今ソイツを思う気持ちがホンモノなら、それで十分なんじゃねぇの」
あまりに単純すぎる、真っ直ぐな答えだった。
それでも踏ん切りがつかずにいる私の背中をグレイがバシッと叩く。
「大体、公女サマは考え過ぎなんだっつーの。こういう時は頭で考えるんじゃなく、自分の気持ちに素直になればいいんだよ」
「おい、レディを雑に叩くな」
「レディって……まさか公女サマのこと言ってんのか?」
グレイが驚愕する。いや、驚くな。
ノクスが私の代わりにグレイに蹴りを入れ、こちらへ向き直った。
「だからつまり『どうするべきか』ではなく、ウォレス令嬢が『どうしたいか』が重要なのではないでしょうか。……そして、その答えは、きっともう出ているのでしょう?」
ノクスが柔らかく微笑んだ。
本当にどうかしている。滅多に見られない推しのレアな表情を見ることが出来たのに、今はノクスよりも別のことで頭がいっぱいだなんて。
背中がジンジンと痛むけど、喝を入れてもらったみたいに気持ちはスッキリしていた。
「……返す恩が多いですね」
「はい?」
「いいえ、何でも。これあげます。私が作ったやつですが、不味くはないと思います」
私は手に持っていたお弁当を、ノクスの隣で蹲っていたグレイに押し付ける。ちなみに中身はサンドイッチだ。無駄に早く目が覚めてしまったから、時間潰しに作ったやつ。
「あ、でも殿下は辛いのが苦手でしたよね。ならこれもどうぞ」
サンドイッチの中にマスタードが入っているのを思い出し、私は苺の飴を二つお弁当の上へと乗せる。
「無理して食べなくても大丈夫です。余ったら私の机の上に乗せておいてください」
自分の失言に全く気付かないまま、すぐに背を向け私は駆け出した。
「キオン・ウォレスは居ますか!?」
近年稀に見る大きな声が喉から出た。
二年C組の扉を開き、キオンの名前を呼ぶ。突然現れた別学年の生徒に、当然周囲は困惑しているけど、お構いなしに教室を見渡す。
「リア……?」
窓際の真ん中辺りに一人で座っていたキオンが目を見開く。
「…………っ」
「あっ、お兄様!」
視線がぶつかり、私を正しく認識したキオンは勢いよく立ち上がって、弾かれるようにその場から逃走した。私が居る後方と反対にある、前方の入口から。
どこかへ走っていくキオンの後を、私はすかさず追いかける。
「まぁウォレス令嬢ではありませんか。貴方がどうしてここに……ってちょっと!」
途中すれ違った縦ロール先輩をスルーし、私は必死に足を動かした。
もう八月後半とはいえ、まだ暑い。汗をかいて最悪だ。普段は進んで運動なんてしないから体力だってないし。走れば走るほどキオンとの距離は開くばかりで、追いつけやしない。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
息が苦しい。足が重い。このまま諦めてしまいたい。立ち止まってしまいたい。
だけど。
私は一歩を踏み出す。柄にもなく、必死になって。ダサくてカッコ悪い自分で、がむしゃらに手を伸ばす。
「はぁ、はぁ……っ、やっと掴まえた………」
息も切れ切れになりながら、ようやく届いた手に私は心から安堵した。足がガクガクと震えている。
これから少しくらいは運動しようかなと頭の片隅で考えていたけど、私の手を振り払おうとするキオンを前にすぐ思考を引き戻した。
「ボク今は、リアに優しく出来ないから離して!」
まぁ当然のことだった。優しさというのは自分の心に余裕があってこそ、他人にも分けられるものだから。
そう言いたいけど、息を整えるのに忙しく声にならない。代わりに「嫌だ」とキオンを掴む手に力を込めた。
「お願いだから……っ、リアを傷つけたくないのに……」
「いいよ」
今にも泣き出しそうなほど顔を歪めるキオンに私は笑う。
「お兄様なら、許してあげる」
その言葉を合図に、桃色の瞳から次々と大粒の涙が零れ落ちる。声を上げて泣くキオンが落ち着くまで、私は静かに待っていた。




