57.不相応な居場所
静かなダイニングルームに、カチャカチャとカラトリーの音が響く。
無言で朝食を口に運ぶ私とキオンを前に、お母様とお父様が目配せをし合い、明るく口を開いた。
「い、いやぁ、家族揃っての朝食はいいものだな。より一層、美味しく感じる気がするよ」
「最近朝は中々時間が合わずにいましたものね」
「……」
「……」
「そ、そういえば!もうすぐ開催される魔法大会にキオンが出ると聞いたよ。私たち皆で応援に行こうか?」
「いらない。ボクもう行くから」
お父様が空気を変えるために出したであろう話題は、ピンポイントでキオンの地雷を踏み抜いた。
キオンは朝食の途中で立ち上がり、先に学校へ向かっていく。
「アリア、キオンと何かあったのかい……?」
ついに痺れを切らしたのか、お父様が慎重に尋ねてくる。私は何て返せばいいのか分からなかった。勝手にキオンの事情を話す訳にはいかないし、かといって何も無いと否定するには私たちの仲が険悪すぎるからだ。
結局「はい」とも「いいえ」とも言えず「私も行ってきます」と誤魔化すように伝えるのが精一杯だった。
キオンより少し遅れて学校へと向かう。以前は同じ馬車で行っていたけど、最近キオンとは別々に登校していた。
馬車から降りて教室へと向かっていると「あら、ウォレス令嬢じゃありませんか」と大きな声で背後から名前を呼ばれる。聞こえないフリでもしようかな。
「ちょっと、聞いているんですの!?」
敢えて目を合わせないようにしていた私を追撃するように、縦ロール先輩は声を上げた。
「……おはようございます。何かご用でしょうか」
朝から面倒臭い人に捕まってしまうなんて運がない。げんなりした表情を隠せないのは仕方のないことだった。
「あら、あらあらあらぁ……!随分お顔が暗くてよ!」
嬉しそうだね。それもそのはず。最近、学校では私とキオンの不仲説が流れているのだから。私が手を払われた場面を多くの生徒が目撃していたし、想定内ではあった。
「あんなに大口叩いておいて、結局キオン様に嫌われてしまうだなんて、ウォレス令嬢も可哀想ですわぁ」
口では心配を装いつつも表情は素直だ。縦ロール先輩はニヤけないように我慢しているのか、ぴくぴくと口元を引き攣らせながらも私に向かって嬉々として話しかけてくる。
「こんな無礼な方のご心配までなさるだなんて、ローズ様はなんてお優しいのでしょう……!」
「殿下たちの隣に並ぶには不相応だと少し考えたら分かるはずですのに、キオン様の妹だからって思いあがっていた報いですわ。見ているこちらが恥ずかしかったですもの」
「二人ともよしなさい。一番可哀想なのは、陰気で性格が歪んでいる妹をもってしまったキオン様ですのよ。キオン様だってオルレアン令嬢のような妹の方が良かったでしょうに」
縦ロール先輩が「はぁ〜」とわざとらしくため息をつく。その横では先輩AとBがくすくすと笑っていた。本当に懲りない連中だ。
いい気分ではないけど、怒る程の熱量はない。私は無言で先輩たちに背を向ける。
「ふんっ、澄ました顔して相変わらず癪に障る方だこと。そんな性格だから、周りから嫌われているのが分からないのかしら」
なら泣き喚いて怒れば満足するのか。それとも、しおらしく媚びへつらう方がお望みかな。確かに、媚びて生きるのは楽かもしれない。
だけどそうして得た関係に一体なんの価値があるのだろう。一度でも上下関係ができてしまったら、その相手と対等になることはほぼ不可能だ。それは相手との関係構築を諦めてしまったことに変わりないのではないだろうか。
だからといって、彼女たちと対等な関係を構築したいという意味ではないけど。
「あっ、エメルと殿下が居ますよ」
「えっ!?」
私の言葉に縦ロール先輩たちが勢いよく振り返る。その隙を狙いポケットから水色の玉を取り出し、先輩たちの足元へと投げつけた。
「ちょっと、どこにも居ないじゃない!って、まだ話は終わっ――きゃああ!」
玉を投げた先の地面が凍りつく。私の嘘に騙された先輩たちが不満気に私の方へ視線を戻し、勢いよくつるりと滑って転んだ。
「もう誰よ、こんな所を凍らせたのは!見つけたらタダじゃおかないんだから!」
「ローズ様、そんなに動かれたらまた――ああっ!」
生まれたての子鹿のように足を震わせ、両手を広げながらツルツルと地面を滑る彼女たちは、正直ちょっと面白かった。
魔法商店で購入した魔法玉。自分の属性じゃない魔法でも、一度だけ使える玉だ。使い切りなうえ、いい値段がするから出来れば大事に取っておきたかったんだけど面白いものが見れたし良しとしよう。今回使用したのは低ランクの物だったけど、足止めにはピッタリだった。
授業外での魔法を使った私的な争いは禁止されている。だけど私が使ったのは地面に対してだから問題ない。
偶然にも魔法玉を落とし、偶然彼女たちが踏んで、偶然転んでしまっただけだ。
普段ならばこれでスッキリしていたはずなのに、不思議なことに気分はあまり晴れなかった。
「ごめん、今日もお昼はエメルたちと食べれる?」
午前の授業が終わり昼食へと向かう最中、私はアイリスに尋ねる。縦ロール先輩の前例があるアイリスを一人にするのが不安だった私は、結局エメルとカイルに任せることにした。今はなるべく私と一緒に居ない方がアイリスにとっていいだろうという判断だった。
「なら、アリアも……!」
「私は大丈夫。それにお兄様だけ居ないのも変でしょう?」
「でも……」
縦ロール先輩みたいに、あからさまな人は居ないにしても、好奇の目に晒されることが分かっている食堂へわざわざ行くつもりはなかった。キオンが居ないのに、エメルやカイルとお昼を食べたら何を言われるか分かったものじゃないし。
私はアイリスと別れて、お弁当を片手に裏庭へと向かう。一番静かで人に会わない場所で食べるつもりだった。
ただその前にほんの少しだけ癒しがほしくて、私は引き寄せられるように足が裏庭の奥へと向かっていた。
話しかけるつもりはない。遠くから一目見れたら満足だったんだけど……
「……ウォレス令嬢?」
私の気配を察したノクスがこちらへ振り向き、目を瞠った。
魔法玉:一つにつき、一つの魔法を一度だけ使える玉。高ランクの魔法ほど値段も高い。
いつもお読み頂きありがとうございます。
二章は残り六話(の予定)です。最後までよろしくお願いします…!




