54.理解できない感情
二人の言葉に「ごめん……」「ごめんなさい」「ごめんね」と私たちの声が重なる。
横目で噴水横にある時計台の時間を確認すると、待ち合わせからもう三十分以上過ぎていた。
「でもさっきの二人はお手柄だったね。あんなに泣いていた女性を、あっという間に落ち着かせられるなんて凄いな」
「ありがとうございますっ!」
カイルの賞賛にアイリスが嬉しそうに笑った。キオンは「まぁ……」と同意しつつも、素直にエメルを褒めるのが悔しいようだ。
「それにしても普通あの場面で『別れたらいい』だなんて言う?」
「事実でしょ」
私には理解できない感情だった。自分を傷つけることが分かっている相手の元へ戻るだなんて。何かメリットがある訳でもなく『ただ好きだから』という理由で。
「あれだと結局、何の解決にもなってないじゃん」
「いいんだよ。彼女は解決策が欲しかったんじゃなく、話を聞いてもらって、共感したり寄り添って欲しかったんだろうから」
「ふーん?」
やっぱりよく分からない。そんな男なんかさっさと見限った方が早いだろうに。
「まぁアリアにはまだ早かったかもね」
「…………つまりエメルはそういった事を既に経験済みだから理解できるってこと?」
「えっ?いや、なんでそうなるわけ!?」
「へぇ、それは初耳だ。そんな女性が居たなら俺に紹介してくれれば良かったのに」
私の言葉を面白がったカイルが冗談混じりに揶揄う。「私にも内緒だなんて酷いわお兄様っ」「ボクにも紹介してよ」とアイリスとキオンも笑いながら詰め寄った。
「ちょっと本当に誤解だから!」
珍しくエメルが慌てている。「アリア!」と名前を呼ばれ目が合う。仕返しだと、私はべっと舌を出した。
「あっついーー!」
カフェへ到着したと同時にキオンが叫ぶ。言葉にせずとも全員が同じ気持ちだった。
「アリアは何を食べる?」
「私は飲み物だけで大丈夫」
暑すぎて食欲が湧かない。だから飲み物で済ませようとしたのに、アイリスは「ダメよっ」と首を振った。
「どうせ同じことを言って朝食も食べてないんでしょう?何か食べないと倒れちゃうわ!」
集まる予定があったから食べなかったんだけど、朝食を抜いたのは事実なので私は大人しくサンドイッチを頼んだ。
「もうすぐ夏休みだけど、皆は領地に戻るのかい?」
「ボクとリアは一週間くらい戻る予定です!」
「俺たちも大体同じくらいですかね。カイル様は今年も他国との交流でお忙しいんですか?」
エメルの質問にカイルが「去年はまだ君たちと殆ど話したことがなかったのに、よく知っているね」と気恥ずかしそうに微笑み、首を振った。
「今年はそこまでじゃないと思うよ」
「じゃあ領地から戻ったらカイル様も一緒に遊びましょう!」
「いいのかい?それは楽しみだな」
「勿論です!どこか行きたい場所はありますか?」
「そうだなぁ、俺は休みの時は大体図書館に居たから……皆は今までどうやって過ごしてたの?」
カイルが首を傾げれば、キオンは指を折りながら例えをあげていく。
「ええっと、海の近くにある別荘で過ごしたり、遠出して行ったことがない場所へ行ってみたり……」
「タイミングが合えば祝祭にも行ったりするわよねっ!」
「どれも楽しそうで悩むな」
「なら全部行きましょう!」
ちょっと待って。ずっと大人しく聞いていた私だったけど、一度止める。このままでは本当に全ての場所を回ることになりそうだと。
「お兄様、夏休みは来年もあるんだし、今年一気に実行しなくてもいいんじゃない?」
「そうだね。次もまた楽しみがあった方が俺もいいと思うよ」
私の言葉をエメルが援護する。気まぐれだろうけど助かるね。キオンが「それは確かに……」と揺れている隙があるうちに私は続けた。
「毎年少しずつ楽しみがあった方が特別感も感じない?それに図書館に行ったり、家でゆっくりお茶を飲みながら過ごしたり……そういう特別じゃない場所でだって、お兄様と一緒なら私はどこでも楽しいよ」
「リア……!」
キオンが感動した表情で私を見る。「全力でキオンを懐柔しに来ましたよ」「さり気なく室内に誘導するだなんて流石だ」とエメルとカイルが話しているのが聞こえる。ちょっと静かにしてください。
「アリア私は?」
アイリスが横から上目遣いで私を見上げる。「当然アイリスもだよ」と即座に肯定すると彼女は嬉しそうに笑った。
「祝祭で思い出したけれど、夏休みが終わるとすぐ魔法大会が開催されるんだよね」
「校内で、ですかっ?」
「うん。九月は毎年学園祭と魔法大会が交互に行われるんだけれど、今年は大会の年なんだ。一般開放もされるから見に来る人も多いって聞くよ。去年の学祭も人が凄かったし」
初耳だったのかアイリスがキラキラと目を輝かせ――エメルに向かって頬を膨らませた。
「お兄様もキオンも、一般開放されるのなら、呼んでくれたら良かったのにっ!」
「ボクはちゃんと言ったもん。でもリアが『忙しいから無理』って」
「俺も一応伝えたけど『アリアが行かないから〜』ってアイリスも断ったの覚えてない?」
思い出したのかアイリスが「あっ……」と口元を手で覆いながら呟く。私にも覚えがある。でも本当にあの時は忙しかったのだ。デビュタントの準備があったからね。
「まぁどうせ来年は参加出来るし、予め知っておくより新鮮さを味わえていいんじゃない?」
ひか恋にも出てきたイベントだから事前知識はあるけど、でも私はネタバレは気にしない派だから。
アイリスは一瞬きょとんとしてから「それもそうねっ!」と笑った。
「ところで魔法大会は、全員強制参加なんですか?」
「いや、希望者だけだったはずだよ」
「なになにリア出るの!?ボク全力で応援する!」
「出ない」
私は即否定した。目立つのはあまり好きじゃないし。
「アイリスは?」
「私もそういうのは……お兄様たちは出ないの?」
「俺は興味ないかな」
「ボクも。カイル様はどうですか?」
「うーん、俺も特に出る予定はないかな。まぁ出なかったからと言って評価が悪くなるわけではないし、当日は観客として楽しもう」
カイルが微笑む。各々が「はい」「そうですね」と頷き、話は纏まった。




