53.別れたらいい
「おや、どうしたんだい?エルネスト。そんなに大きな声を出して。周りの迷惑になるではないか」
「よくも抜け抜けと……!騒ぎを聞いて駆けつけてみれば、お前は一体何をやっている!」
早足でこちらへやって来たのはエルネストだった。彼はミシェル・ハーマンの首根っこを掴みながら、頭痛そうに溜息を吐く。
「友人になった彼女を占ってあげていたのだよ」
ミシェル・ハーマンがこちらへ顔を向けながら得意気に胸を張った。友人になった覚えはない。記憶を捻じ曲げるのはやめてほしい。
そこでようやく私に気が付いたのか、エルネストは目を瞠った。
「……二人は知り合いだったのか?」
「いえ、全く。偶然お会いしただけです。それでは私は次の予定がありますので、この辺で失礼します。ハーマン様、ありがとうございました」
「ああ、コイツが迷惑を掛けて悪かったな」
エルネストが頷いたのを確認して、私はさっさと席を立った。「待ちたまえ!」と引き止められたけど、気の所為だ。
「連れが騒ぎを起こしてすみません、何か請求等があればこちらに……」
背中越しにエルネストの謝罪が聞こえる。彼も苦労しているんだなと私は同情しながら、後ろは振り返らずに店を出た。
「自分の心へ素直に従った方がいいということを、忘れないでくれたまえよー!」
「お前は少しの間も大人しくできないのか」
「痛っ!暴力は反対だよエルネスト!武力で相手を押さえつけようとするのは間違っている!」
ミシェル・ハーマンの助言は、私の耳には届かなかった。
***
外へ出ると強い日差しが顔を照らす。私は目を細めた。カフェで少し休むつもりが、なんだか余計に疲れてしまった。
「リアー!」
待ち合わせ場所に向かおうと足を進めてすぐ、反対側からキオンとカイルが手を振りながら歩いて来るのが見えた。
「迎えに来ちゃった!」
「俺はキオンが行くって言うから着いてきたよ」
にこにこと二人が笑う。暑くないよう室内で待ち合わせしたのに、全く意味がなかったみたいだ。
「キオンとは別で来たようだけれど、今日は何か用事でもあったのかい?」
「はい、魔法商店に少し」
「もうっ、それなら言ってくれれば付き合ったのに!」
一人で見て回った方が早いからね。伝言だけを受け取り、置いていかれたキオンは不満そうに頬を膨らませた。
「それより、アイリスとエメルは?先に中で待ってるって?」
待ち合わせの場所へ向かいながら私が尋ねると、キオンとカイルは「あ……」と呟きながら顔を見合わせた。
「置いてきちゃった……へへっ」
「俺は二人ともアリアと一緒に居るのかと思って……」
「そう……」
こういう時、携帯でもあれば良かったのに。
待ち合わせ場所に着いたのに誰も居ないオルレアン兄妹を不憫に思いつつも、まぁ何か適当に飲んで待ってるだろうと考える。
「うわぁぁぁぁん!酷いわマーク!」
広場を歩いていると突然、泣き叫ぶ声が聞こえた。反射的に視線を向けると、噴水台の前で顔を覆いながら下を向いている女の人が視界に飛び込んでくる。
元々人の通りが多い場所だからか彼女は目立ってるけど、すれ違う人は遠目から眺めているだけだった。
「あの人どうしたのかな?」
「すごい肺活量だね」
そうではない。カイルの謎の着眼点に私は思わずツッコミを入れてしまう。
キオンは心配そうにしているけど、見たところ怪我もなければ事件に巻き込まれた感じでもなさそうだ。痴情のもつれのような問題なら関わりたくなかった。
「心配だし行ってみよう!」
「そうだね」
「はいはい……」
結局そうなるよね。キオンの言葉に私とカイルは頷き、方向転換した。
「お姉さん、どうしたの?」
「んええ?」
言い出しっぺのキオンが話しかけると、彼女は不思議な声を出しながら頭をあげた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、私たちときょとんと見つめてから、また「うっうっ……」と咽び泣き始める。
「まっ、マーグが……浮気しだのよお゛……!『もうしない』って約束したくせにぃ゛……!」
一番避けたかった問題な上、初めてじゃないらしい。私は声を掛けたことを心底後悔した。
カイルが「それは辛かったね」と言いながらハンカチを差し出す。明らかに高そうなロイヤル産だけど、そんなことを気にする余裕のない彼女はお礼を言いながら遠慮なく顔に押し付けた。
「もう私、どうしたらいいのか……!」
彼女がまた泣き叫ぶ。両脇から「リア」「アリア」と声を掛けられた。何か言ってやれということだろう。
仕方ないと彼女に近づき、私は口を開く。
「別れたらいいんですよ」
「「え゛……っ」」
簡単な解決法があって良かった。キオンとカイルが固まっていることに気付かないまま、私は言葉を続ける。
「浮気ってのは病気みたいなものですからね。一度されたら次もあると思った方がいいでしょう。子供がいたり、何か理由があるのなら別ですけど、そうでないのなら一秒でも早く別れるべきです」
それに例えその一回を許したとしても、浮気したという事実は変わらないのだ。その男と付き合い続ける限り不安は付きまとい、疑心暗鬼にもなるだろう。
「いつか止めてくれるかもなんて期待もしない方がいいです。無駄な時間は消費せずに、次の男を探した方が効率的にも精神的にも――」
「はい、ストップ」
私が最後まで伝える前に、誰かが割って入ってくる。
「ちょっと、この合理主義者に恋愛相談なんかさせたのは誰なわけ?どう考えてもこの中で一番向いてない相手でしょ」
「ふふっ、でもアリアらしいわ」
現れたのはエメルとアイリスだった。
二人は泣いている彼女の手を片方ずつ取り、慰めの言葉をかけていく。
「こんなに素敵な女性を泣かせるなんて、酷い男だ」
「大好きな人に浮気されてお辛かったですよね。私ならいくらでも聞くので全部吐き出して下さいっ」
彼女が泣きながら話すのを、二人は頷きながら辛抱強く聞いていた。
「……ありがとう。貴方たちのおかげで少し気持ちが楽になったわ」
暫くして、顔を真っ赤にした彼女が恥ずかしそうに微笑みながら涙を止めた。
その表情はとてもスッキリして見える。彼女は「やっぱり彼の事が好きだから」と言いながら、帰っていった。
「まったく、待ち合わせ場所でいくら待っても来ないと思ったらこんな所に居ただなんて」
「そうよっ、ずぅーっと待ってたのよ!」
彼女を見送ったオルレアン兄妹は同時に振り向いた。




