51.努力というのは目には見えない
やっぱり。予想通りなエンリケ・コリンの反応に私は息を吐く。まぁ、おかげで説得もしやすかったんだけどね。
『奪えばいいじゃない』
言い切った私の提案を、一番最初に反対したのはグレイだった。
『いやいや何言ってんだよ、んなリスクをわざわざ冒す必要ねーだろ!?』
『……私もグレイの奴に同意します。それに、追いかけるよりも自分たちで採りに行った方が早いですし』
推しの性格を思えば当然のことだけど、ノクスも乗り気ではなさそうだった。そしてアイリスは――
『アリアがそう言うってことは、何か理由があるんでしょう?なら私はアリアについて行くわ』
以外だった。てっきりアイリスも説得が必要だと思っていたのに。
思いがけず二対二の構図になったわけだ。
彼らを納得させる手っ取り早い方法は直接見せることだったけど、そんな時間はないから一先ず説得を試みることにした。
『結論から言うけど、私はもう薬草はないと思ってるの』
『ないって、どういう……』
『そのままの意味だよ。そもそも、この課題の意図はなんだと思う?』
『意図って言われても、ただ授業の一環なんじゃねぇの?』
『ここが普通の学校だったら、そうかもね』
私もずっと日本の学校を基準にしていたから忘れていたけど、ここは日本ではない。
これからはきっと今までの価値観ではダメだと、頭の中を一つ一つ整理していく。
『スタートと同時に彼らが魔法を攻撃に使った時、先生が止めなかったのは魔法を使って戦うことも想定内だったから――ここは実力に重きを置く学校だから』
この学校は五年制だ。一年目は貴族平民問わず全ての対象者が入学でき、魔法の仕組みや使い方など、生きてく上で必要になるであろう基礎的なことを学ぶ。
二年目、三年目は学費を払うか、優秀な成績を残した人だけが上へと上がれる。
しかし、四年目、五年目はいくら金を積もうが、人脈を作ろうが無駄だった。
ただ一つ、実力のある者のみが進める。
『つまり、椅子取りゲームはもう始まってるってことだよ』
後にいくに連れて相手の実力も上がっていくことを考えれば、ライバルを蹴落とすのは早ければ早いほどいいだろう。
だからエンリケ・コリンもこのタイミングを狙ったんじゃないのか。
『じゃあなんだ、今俺たちはふるいにかけられてるってことか?』
『うーん、さすがに先生もそこまで鬼じゃないと思うけど、でも評価の一部ではあるだろうね』
『はぁ?こんな形で試すだなんて、性格悪すぎんだろ。あの教師!』
全くだよ。習うより慣れろとは言うにしても、こっちには可愛い子うさぎが二人もいるんだから、もっと安全な場所を選んでほしい。
グレイは納得というより、プライドを刺激されたようだった。
『とにかく、もし私が彼らの立場だったなら、まずは課題の薬草を根こそぎ摘み取ると思う。それが一番手っ取り早くて確実に相手を蹴落とす方法だから』
これはあくまでも臆測に過ぎない。とはいえ、私は負け戦はしない主義だ。
体力と魔力にも限りがあるし、ノクスには悪いけどより効率的な方を選ばせてもらう。
『これでも納得できないのなら、二人で行ってきて。私とアイリスは先に六班を追いかけるから』
しかし、彼らの意志を無視したいわけでもないので、それでも向かうと言うのなら止めるつもりはなかった。
『はぁ!?なんで俺も!?』
『殿下をお一人で行かせるわけにはいかないでしょう。大丈夫、二人が全力で走れば余裕で追いつけるはずだから』
『何も大丈夫じゃねーよ!』
私の推しは善良で、基本的に争いごとは好まないから仕方ない。グレイには頑張って走ってもらうつもりで、ノクスの答えを待った。
『分かりました。六班を追いましょう』
『……!宜しいのですか?』
『はい』
予想外の選択に私は驚いてしまう。ノクスは私の問いかけに頷いた。
『ウォレス令嬢を信じます』
無表情だったけど、眼差しは真っ直ぐ向けられていた。グレイがノクスの首に腕を掛けて『おー、よく言った!』と喜ぶ。どうやら全力ダッシュを回避できて嬉しいようだった。
『まぁ追うのには俺も文句ねーけど、でももしアイツらが何もしてなかったらどうすんだよ?』
『忘れたの?私が周囲になんて言われてるのか――ただ、噂が一つ増えるだけだよ』
全員が納得したとはいえ、言い出したのは私だ。子供たちに失敗を押し付けるような真似はしない。
それに、これまで好き勝手言われてきた対価をもらったと思えばいいし、その上で更に噂が一つ増えるであろうことも、気にしなかった。
そうして私たちは急ぎ六班を追いかけた。ノクスとグレイの説得に時間がかかったからギリギリではあったけど、何とか間に合って良かった。
正面にはギリッと奥歯を噛みながら、鋭い眼差しでこちらを睨んでいるエンリケ・コリンが居る。
「なぜ……」
エンリケ・コリンが呟く。どうして分かったのかと言いたいのだろう。
別に大したことじゃない。ただ私は、常に最悪の状況を想定して動く癖があるから予想がついただけで。
でもそれを彼が知る必要はなかった。
「悪く思わないでちょうだい。だってこの学校はそういう場所でしょう?」
卑怯なんて言葉は何の役にも立たない。なぜなら、勝ち上がった者が〝正しい〟のだから。
「この……ッ、土人形!」
エンリケ・コリンが顔を赤くし魔法を発動させる。土が盛り上がり、巨大な人が形成されていく。大きな腕は私に向かって真っ直ぐと振り下ろされる。
「爆発」
「光球!」
しかし私が何かするよりも早く、ノクスとアイリスが土人形を破壊した。一人だけでも威力は強いのに、二倍なので粉々だった。
「うわぁー……」
どうやらグレイも助けようとしてくれてたようだけど、乗り遅れたらしい。中途半端に魔法陣を展開させたまま、二人の威力にドン引きしている。
「クソッ、クソッ、クソ……ッ! 大した努力もしてない、ただ運の良かっただけの奴らがいい気になりやがって……!お前らには分からないだろうな、俺の気持ちが!」
「……」
「お前らは望めばなんだって手に入るんだから、この場所くらい譲ってくれたっていいじゃないか!」
「……」
エンリケ・コリンが地団駄を踏みながら叫んだ。彼の言うことも一理あるね。
階級社会である以上、私たちに比べたら彼の方が圧倒的に不利な立場だからだ。その上、三男ともなれば爵位を継ぐのも難しいだろうし、この場所に必死にしがみつく気持ちも理解する。
だけど……
「大した努力もしてないって?それを決めるのは貴方じゃない」
努力というのは目には見えないものだ。人によっては努力の定義も違うだろうし、成長のスピードにだって差がある。
いくら私がアイリスやノクスのことを詳しいとしても、彼女たちの全てを知っているわけでもない。そして、エンリケ・コリンのことも同様に。
他人の努力量の差なんてものは分からないけど、でも、これだけは言えた。
「――貴方がどれほどの努力をしてきたとしても、それが他人の努力を否定していい理由にはならないよ」
例えば同時にスタートを切った二人が居たとして、もしも片方が遅れたなら。遅れた方は努力不足だからなのだろうか。私は違うと思う。
歩幅が違ったとしても、同じ一歩には変わりないんだから。目に見える物だけが全てじゃない。
「そんなのただの綺麗事だろう!」
「そうかもね」
エンリケ・コリンが顔を歪ませ、否定する。私は彼の言葉に頷いたのに、それが更に不快なようだ。
私から見たら彼は子供だけど、彼からすれば同い年の異性に説教されたのだから、気分が良くないのも仕方のないことだった。
「はっ、くだらないな。そんな甘っちょろい考えでは――」
――ピチャンッ
水音が響く。
エンリケ・コリンは金縛りにでもあったかのように、身体をピタりと止めた。
「水陣」
私の言葉と共に魔法陣が浮かび上がり、六班の足元へと波紋を呼んでいく。ノクスが上手く誘導してくれたおかげで、準備していた所まで来させられた。
彼の気持ちは理解した。でもまぁ、私の計画を邪魔したお代はきっちり頂かないとね。
エンリケ・コリンは驚きつつも、小馬鹿にするよう嘲笑う。
「プハハッ!アリア・ウォレス、お前は魔力三だろう!たかがそれしきの魔力で何ができる!」
「貴方はまず、他人を見下すその癖から直した方がいいと思う」
「なにを言っ、うわあああっ…………!?」
割れた地面にたっぷり含ませていた水で地盤が緩み、ぐらりと、彼の身体が傾いた。
「じゃないと、うっかり足元を掬われるかもしれないでしょう?」
返事を聞く前に、エンリケ・コリンは仲間たちと共に真っ逆さまに落ちていった。




