50.ゴールは目の前
エンリケ・コリンは不満だった。
ただ少し生まれてくるのが遅かったという理由で、最初から自分の立ち位置が既に決まっていたから。
それは家だけじゃなく外でも同じだった。運良く高い身分に生まれただけの奴らと、地位や顔で判断する女共。
デビュタントや春の舞踏会の時だって、そうだった。
エンリケは勇気を出してアイリス・オルレアンに手を差し出したにも関わらず、彼女は第一王子と公爵家の二人、つまり地位の高い男の手しか取らなかった。結局あの女も他の連中と同じだったのだと、エンリケは失望した。
実際は大したこともないくせに、ただ少し運が良かっただけで持て囃される奴らが、エンリケは視界に映る度に不快で仕方なかった。
自分だって同じ立場だったなら、奴らが当たり前のように貰っている賞賛を浴びれていたはずなのに。
不満ばかりの毎日だったけど、ついに転機は訪れた。
実力主義と謳われるこの学園でなら、エンリケは自分の実力を発揮出来ると信じて疑わなかった。
今は子爵家や男爵家といった下級貴族と一緒に居るしかないけど、そのうち今まで自分を見下し、粗雑に扱っていた奴らに一泡吹かせてやろうと意気込んでいた。
今回の授業はその足掛かりであり、今後障害となるであろう奴らを一掃できるいい機会でもあった。
エンリケが目を付けたのはアイリスが居る、第七班だった。成績上位が揃っていて、尚且つ身分が高い者ばかりだからだ。
だからスタートと同時に奴らをバラバラにしてやった。
アリア・ウォレスがアイリスを庇うのは想定外ではあったけど、あの女のこともエンリケは嫌いだったからいい気味だったし、何より目的を果たせて気分が良かった。
ムラサキを採取し帰り道ですれ違った時も、まだ合流すら出来ていない様に、エンリケはニヤけるのを必死で我慢した。
「エンリケ様、今回は上手くいきましたね。奴ら全く気付いていないようでしたよ」
「さすがエンリケ様です、あんな事を思いつくだなんて」
自分を褒め称えるチームメイトにエンリケの口角はあがっていく。
「ちょっと想像力を働かせれば考えつくことなのに、気付けない奴らが愚鈍過ぎるんだ。いくら試験で上位を取ったからといって、実技がこれじゃあたかが知れているな」
「ですが、あそこまでして本当に良かったのでしょうか……?」
チームメイトの一人が不安そうに口にする。エンリケは「空気の読めない奴だ」と内心舌打ちをした。表に出さずにいれたのは、まだ彼は使える奴だったからだ。
「ふんっ、奴らは寧ろ感謝すべきだと思わないか?今のうちに現実を分からせてやったのだから」
もうゴールは目の前だった。
万が一、今頃合流出来たとしても無駄な努力だ。どう転んでも、奴らに勝ち目は一つもないのだから。
ははははっ!と複数人の笑い声が混ざり合い、その場に響いた。
――瞬間。
「光弾!」
甲高い声と共に、地面に光の弾丸が降り注いだ。風にホワイトブロンドの髪が靡く。エンリケよりも遠く、高い岩の上に立っているのは、アイリス・オルレアンだった。
「奇襲だ!」
エンリケが叫ぶ。しかし、チームメイトが戦闘態勢を取るよりも先に、誰かが近づいた。
大きな身体をものともせず軽い足取りで地面を蹴り、チームの領域内へと踏み込む。
「遅せぇよ」
トンッっと、踏み出した足をバネに懐へ入ってきたのは、長めの枝を片手に持ったグレイ・アスタインだった。
グレイは愉しげな表情で枝をくるんと振り、奥から二番目、子爵家の嫡男が持っていた袋に引っ掛け、上へと投げる。
「はい、任務完了〜」
ぽすっと音を立て、投げた袋がグレイの手に収まる。「おっ、やっぱこれで合ってたな」と中身を確認しながら彼は呟いた。
「おい何をボサっとしてる!早く奴らから奪い返せ!」
「はっ、はい!――うわあっ!」
グレイの元へ一斉に掛かろうとしたエンリケたちの足元を激しい炎が囲む。
魔法と同じ真っ赤な瞳を燃やし、無表情で歩いてくるのはノクス・ルードヴィルターだった。
彼は行く手を阻むよう、少しずつエンリケたちを追い詰めていく。
「ッおい、人の物を奪うなんて卑怯だぞ!」
「卑怯?」
叫んだエンリケのことを、誰かが鼻で笑う。
真っ紫の髪が揺れている。アリア・ウォレスが冷ややかな眼差しで、エンリケたちを見据えていた。
「そうだ!いくら自分たちが薬草を見つけられなかったからといって、人の物を奪う野蛮な行為は貴族として恥ずべきことだとは思わないのか!」
「仕方ないじゃない。だってないんだもの。――そうでしょう?」
アリアの言葉にエンリケがぴくりと肩を跳ねさせる。図星のような反応にアリアは小さくため息をついた。




