47.言わぬが花
最悪だ。吹っ飛ばされた身体が、ぐるんぐるんっと勢いよく回転し、目が回る。足元に広がっていた魔法陣は今はもう遠く離れ、下へ落ちるのは時間の問題だった。
魔力は減るだろうが仕方ないと私は防御魔法を展開させた――寸前で。ふわりと誰かに抱き上げられる。
「お怪我はありませんか?」
「……第二王子殿下?」
「下に降りますので掴まっていてください」
「え、――――ッ!」
驚く間もなく、心臓が降りる感覚に思わずノクスの肩を掴んでしまう。二人分の重さがあるのにも関わらず、ノクスはトンッっと軽い足取りで着地した。
「ありがとうございます……」
気持ち悪くて気分は最悪だったけど、私は何とかお礼を伝えた。息を吸えば、喉を伝う冷たい風が心地いい。もう夏なはずなのにと考える余裕はなかった。
「大丈夫ですか?もし気分が悪いようでしたら、一度休んでから……」
「いいえ大丈夫です!」
私のせいで推しの時間を無駄にするわけにはいかないと、背筋を伸ばし否定した。
それに、今はそんなことよりもっと大事なことがある。
「殿下はアイリスたちがどこにいるか分かりますか?」
「いえ、オルレアン令嬢たちとははぐれてしまったので」
「そうですか……」
予想通りの回答に心が萎んでいく。ノクスは悪くないし、寧ろ助けてもらって感謝しないといけないと頭では分かっているのに、ガッカリする感情は抑えきれなかった。
「グレイの奴が居るのでオルレアン令嬢も無事だと思います」
アイリスを心配していると思ったのだろう。落ち込む私にノクスは声をかけてくれた。
それだと意味がないのに!よりによってノクスとアイリスが分かれてしまうだなんて!……と叫びたいのをぐっと堪える。
代わりにお礼を伝え、一度深呼吸をした。近くから人の声はしないから、ここにいるのは私たちだけのようだ。
辺りには草と木しかなく、今居る場所がどこなのか全く分からない。適当に歩くにしても、私一人だけならまだしも、推しにまで無駄足を踏ませるわけにはいかないし。
「一度戻られるのでしたら、あちらの道を行けば安全だと思います」
「……まさか、来た道を覚えていらっしゃるんですか?」
「はい、大体は」
サラりと口にするノクスに私はうっかり「私の推しが天才すぎる……!」と叫びそうになった。事実、飛ばされてから今までの短時間で道を覚えるなんてそう簡単にできることじゃない。
推しの凄さを実感しつつも、アイリスが居ないのが余計悔やまれた。
「でしたら薬草を採取する場所も分かりますか?」
「勿論分かりますが……宜しいのですか?」
アイリスたちを置いていっても良いのかと言うことだろう。確かに一度戻った方が合流できる可能性が高そうだけど、そうしたら先頭に追いつくのは不可能になるはずだ。
「はい、このまま進みましょう」
私の計画を台無しにしたグループを先にゴールさせるわけにはいかない。
「きっと、アイリスなら来てくれると信じてますから」
伊達に何年も幼なじみをやってないからね。もしこれでアイリスたちが来なかったら、私はかなり恥ずかしいやつになるけど。
「分かりました。ではこのまま行きましょう」
「殿下は宜しいのですか?グレイ……様が心配ではありませんか?」
「いえ、全く。図太い奴ですので心配するだけ無駄です」
ノクスは淡々と否定する。愚問だったね。ノクスの言葉に頷きながら、私は足を進めた。
***
「……」
「……」
陽に属する二人が不在なため、無言の時間が続き、ザッザッと土と草を踏む音だけが響く。
本当に道を覚えているのだろう。ずっと似たような景色なのに、ノクスの足から迷いは感じられなかった。
「……」
推しと並んで二人で歩いているだなんて、何だか変な感じだ。もう随分慣れたと思っていたのに、違和感がすごい。
「……ウォレス令嬢は、オルレアン令嬢と仲が宜しいのですね」
「……!」
一歩先を歩く背中をぼんやり眺めていると不意にノクスが振り向く。
推しが何を言いたいのか分かる。さり気ないアイリスへの質問に、私は声が上擦らないよう平常心を装いながら口を開いた。
「もう長い付き合いですので。アイリスは昔から全然変わりませんよ。明るくて、元気で……」
私には少し眩しすぎる。
「アイリスは花が好きなので、庭園で過ごすことが多いです。花祭りの時はいつも以上に目を輝かせていました」
「……ウォレス令嬢は、どんな子供だったのですか」
「?私ですか。私は……」
ワガママ娘だったアリアが思い浮かび、打ち消した。言わぬが花。時には口に出さない方がいいこともある。
「私も今とそんなに変わりません。殿下はどうでしたか?」
この流れなら自然なはずだと、内心ドキドキしながら尋ねた。人気投票で一位を逃してしまったから、ノクスの幼少期を私はそこまで詳しく知らないのだ。
小さい頃から大人しかったのか、それとも意外と活発な少年だったのか……うーん、どちらも捨てがたい。
一つ確実なのは、どんな子供でも世界一可愛かったということだ。
ノクスの回答を待ちながら、私は期待に胸を膨らませる。
「私は、」
「殿下!」
突然、頭上で土砂崩れが起こる。危ないとノクスの名前を叫ぶけれど、当の本人は涼しい顔で軽く防いだ。
「……」
魔力三が魔力八の心配だなんて、どう考えても無駄だったね。圧倒的な魔力量の差に私は少しショックを受ける。
「ひぃぃ……!」
私たちを襲撃してきた男たちも、圧倒的な力の差に気が付いたのか小さく縮こまり震えている。
てっきりノクスは彼らを見逃すのかと思いきや、追撃するように火の球を放った。魔力が強すぎて〝火〟というより〝炎〟に近いけど。
攻撃されて怒るだなんて少し意外だった。
「もう大丈夫なようです。行きましょう」
「はい」
せめてノクスの足でまといにらならないようにしないと、と意気込む。
もう少しで聞けた幼少期の話をまたも邪魔されて残念だった。
「……私は、もう忘れてしまいました」
その小さな呟きは、私の耳に届くことなく、風に溶けて消えていった。




