39.見れば見るほど、顔がいい
――アリス。そう名乗った私に、横にいたグレイが目を剥いた。
「ちょっ、なんだよアリスって!」
「うーん……やっぱり私には可愛すぎる?」
アリアと似てるおかげか、パッと浮かんだ名前だった。
別の名前の方が良かったかなと呟く私に、グレイは「そうじゃなくて!」と焦った顔で囁いてくる。
「何でアリスだなんて嘘ついたんだよ!」
「そりゃあ当然、アリア・ウォレスがストーカーだと思われるわけにはいかないからね」
「いや、多分もう普通にお前だって気付かれてるって」
「……」
まさかと、私はノクスを見た。
毛穴一つない肌に、長いまつ毛が影を落としている……これは大変だ。見れば見るほど、顔がいいこと以外の情報が頭に入ってこない。
「今からでも言おうぜ。俺も一緒に謝ってやるから」
「それは無理」
グレイの言葉に私は首を振る。そうしない理由は単純に、これ以上私が個人的にノクスと関わるつもりはないからだ。
評判の悪い私と推しを関わらせたくないというのも勿論あるけど、それだけじゃなく。
ノクスは近い未来アイリスの恋人になる予定の男だ。それなのに「友達だから」という理由で私がノクスにくっ付いていたら、アイリスからすればいい気はしないだろう。
いくら私に恋愛感情がないとはいえ、アイリスが不安になるようなことはしたくなかった。
私の目的はあくまでもノクスとアイリスが結ばれるように手助けすることであって、ノクスと仲良くなることではない。
関わらない方がメリットが多い今、わざわざ個人的に親しくなる必要もないのだ。
「大丈夫。私にいい考えがあるから」
だからきちんと別案を用意した。安心してと言ったのに、何故か不安そうな顔をされる。
私はグレイの腕をぎゅっと握り、ノクスへと向き合った。
「実は私たち、恋人なんです!」
「……何?」
「ハァ!?」
二人の声が重なる。そう、私が用意した別案はこれだった。アリア・ウォレスだけじゃなく、見ず知らずの女も近付ける訳にはいかないからね。
私はノクスに近い女の子は、アイリスだけがいいのだ!
この理由ならグレイと二人で居たことの説明もつくだろうし、大丈夫だろう。無事に乗り切れたはずだと満足する私とは反対に、グレイは顔を引き攣らせた。
「おいおい……王子サマが今にも殺しそうなスゲー目で、俺を見てきてるんですけど……」
「何言ってんの?どこからどう見ても、可愛い赤ちゃんうさぎじゃない」
「お前が何言ってんだ!アレのどこをどう見ればうさぎに見えんだよ。捕食直前にした雪豹の間違いだろ!」
グレイが叫ぶ。意外と賑やかな男だった。
可愛いうさぎと格好良い雪豹。どうやら私とグレイとの間で解釈違いが起こっているみたいだけど、大丈夫。私は解釈違いも受け入れられるタイプだ。
「一体何がよくてその男と……?」
そんな私たちを見たノクスが、眉間に皺を寄せながら呟く。まさかそんなことを聞かれるとは思わなくて、私は必死に頭を絞った。
「………………顔?」
「おい。確かに俺はイケメンだけど!他にもっとあんだろーが!」
いや、実を言うと顔も別にタイプではないんだけど。
「でも私あなたのことよく知らないし」
「真面目か!頭がいいとか剣が強いとかもっと色々あんだよ」
「そうなんだ」
「あからさまに興味ねぇって顔すんな!」
ただ頷いただけなのに、酷い言いがかりだった。それより少し声を落としてほしい。ついに普段通りの声量で話し始めるグレイに思った。
「……そんなに自信があるなら手合わせ願おうか」
「っ!?」
「へ?……い、いや〜王子サマと手合わせなんて恐れ多いですよ!ハハッ!」
「遠慮しなくていい。丁度一人で剣を振るのにも飽きてたところだったんだ」
ノクスの言葉に私は口を覆う。間違いない。これはノクスからの、友達になりたいというサインだった!
ひか恋のノクスには友達が居なく、ずっと一人で居たから、感慨深いものだった。
だからこそ余計にアイリスがより特別な存在ではあったんだけど。
「あ〜でも、今は剣も持ってませんし」
「安心しろ。予備のがもう一つある」
そう言ってノクスはグレイに予備の剣を手渡す。もしかして、いつか友達と一緒に出来るかもしれないと期待して持ち歩いてたのだろうか。考えるだけで胸がいっぱいになった。
「おい、公……アリスも助けてくれよ!」
「是非受けるべきだと思う。第二王子殿下が仲良くなりたいって言ってるんだから」
「ンなわけあるか!もう嫌だ……俺今、お前に声掛けたことスゲー後悔してる……」
広めの場所へ広めの場所へグレイが引きずられていく私は少し離れたところに腰を下ろして、向かい合う二人を眺めた。
「こんな自然に推しを見られるなんて……」
私は改めてグレイに感謝する。
これならアリアとして名乗るのも悪くなかったかもしれないと惜しくなったけど、すぐ考え直した。
アリア・ウォレスの恋人という不名誉をグレイに被せるのはさすがに可哀想だ。
剣が強いと自分で言ってただけのことはあるようで、グレイはノクスが振りかざした剣を難なく受け止めている。口角が上がっているのを見ると、結構楽しいようだった。
「あっ!」
ノクスと剣を交えていたグレイが、何かを思い出したかのように突然叫ぶ。こちらを見ながら自分の頭を指さした。
「アリス!十五分で消えっから気を付けろよ!」
「?」
十五分で消える?何を言ってるんだろう。私は頬に手を付きながら、再びノクスを眺める。
「まさか!」
遅れて察した。グレイの言葉の意味を。そう、今の私は魔法薬を飲んで髪色を変えているのだ。
そういう大事なことは、もっと早く言って欲しかった。十五分ということは……残りの時間を頭の中で計算して動悸が早くなる。
私は素早くその場から立ち上がった。
「私は先に戻るねダーリン。殿下もお先に失礼いたします」
「アリスお前俺を殺す気か……うぉっ!」
恋人っぽい呼び方をしてみたんだけど、どうやら不評のようだ。そこまで嫌がらなくてもいいのに。
目が合ったノクスが小さく頷く。グレイの頬にノクスの剣が掠り、叫ぶ声が聞こえたけど、心配している余裕なんてなかった。
やはり時間はあまり残されていなかったらしい。息を整えるために足を止めたと同時に、髪が元の色に戻ってきた。
慌てて走っていたからどうやら別の校舎に来てしまったようだ。見慣れない景色に辺りを見渡す。
「ふふふっ」
右と左どちらに進むか悩んでいた私の耳に、笑い声が入ってきた。丁度人に出会えるなんて運がいいね。私は戻るための道を聞こうと踏み出して――足を止めた。
……なんでそこに居るのか。
「とっても素敵な格好よ?」
目が細まっていく。その先では、三人の生徒が地面に座るアイリスを見下ろしていた。
赤ちゃんうさぎとは:
生まれたての赤ちゃんうさぎのように愛らしいという意




