31.私の番
「お話中失礼いたします、こちらでウォレス公女様をお見かけしませんでしたか?」
「ウォレス令嬢でしたらあちらに……あら?どこに行かれたのかしら」
花祭り最終日、春の舞踏会にて。周囲への挨拶を一通り終えた私は今、こっそり会場を抜け出していた。
「……ここまで来れば誰もいないよね?」
きょろきょろと辺りを見渡し、誰も居ないことを確認してほっと息を吐く。
デビュタントの時のように、てっきり誰からも話しかけられることはないと思っていたのに、噂ほど厄介な令嬢ではないと思ったのか近づいてくる人たちが増えたのだ。
形式的な挨拶を抜かすと、話題の殆どはキオンやエメル、そしてカイルのことばかりだったけど。一体どこから聞いたのか、カイルやエメルが遊びに来ていることも知れ渡っていて「お兄様が二人と仲が良いんです」「お兄様の妹なので気遣ってくださるのだと思います」と私はオウムのように繰り返すこととなった。
いっその事どこかに張り紙でもしておいてほしいと何度思ったか。
「ふぅ……」
庭園の中心にある噴水へと腰掛ければ、静寂が私を包んだ。水面に反射して映る月がゆらゆらと揺れている。
……そういえば、あの日もこんな夜だった。
ノクスがアイリスに振られた日、会社から見上げた月はとても綺麗で。その瞬間だけは仕事や家族、推しのことまで何もかもを忘れていた。
ぼんやり空を見ていた私の耳へ、ざりっと地面を踏む音が届く。
「……?」
近くで止まった小さな足音に疑問に思いつつ目を向ければ、そこにはノクスが佇んでいた。
静かな暗闇の中で、月光に照らされた銀髪が煌々と輝く。
宝石のような瞳は見てると吸い込まれそうで私は息をするのも忘れ、ただ見惚れてしまう。
「っ、第二王子殿下にご挨拶いたします」
しかし、私はすぐに自分の立場を思い出し急いで立ち上がった。挨拶もせず王子の顔を眺めるなんて不敬もいいとこだ。
「楽にして構いません。先に休んでいたのは令嬢の方なのですから」
謝罪しようと頭を下げた私に、ノクスは手を上げて止める。顔を見れるだけでも十分過ぎる程なのに、声が聞けて会話までしている現実に私は脳の許容量が完全に超えてしまいそうだった。
「殿下のご配慮に感謝いたします。私はそろそろ会場に戻りますので、私のことはどうかお気になさら、ずっ…!?」
自分よりもノクスの休息の方が大切だ。場所を譲る為に足を踏み出したのはいいものの、緊張と興奮のあまり私は壊れたロボットのように手足を同時に動かしてしまう。
そのまま足がもつれて身体の重心がずれた時、私は目を瞑りながら転ぶのを覚悟した。
「大丈夫ですか?」
「…………」
「令嬢?」
澄み切った爽やかな空気が鼻孔をくすぐる。シンプルながらも上品で清潔感のある香りはノクスのイメージにピッタリだ。
「あの、どこかお怪我でも?」
「……っ!いえ、いいえ!」
頭上からこちらを伺う声が聞こえて、私は今の状況をようやく理解する。転びかけた私を、ノクスは支えてくれたのだ。
でもこんな所を誰かに見られたら不味いし、ノクスに触れていいのはアイリスだけなのに!と慌ててノクスから離れる。けれど不本意ながらノクスを押すような形になってしまい、次々とやらかす自分の不敬ぶりに私は悲鳴を上げたくなった。
「すみません殿下!ですが私はあまり周囲からの評判が良くなく、一緒に居られる所を見られてしまったらきっと殿下の評判を落としてしまうので――」
何が悲しくて、私は推しに向かって自分が嫌われていることを必死に説いているのか。
できることなら今すぐ誰かに、余計なことしか喋らないこの口を塞いで欲しかった。
「……その、助けて頂きありがとうございました。怪我はありません」
「いえ、お怪我がないのでしたら何よりです。貴方はウォレス家の令嬢ですよね?」
「はい、ご挨拶が遅れ申し訳ありません。アリア・ウォレスと申します」
冷静さを取り戻した私は一呼吸置いてから、改めてお礼を伝えた。完璧な作法をしても、先程までの失態が酷すぎるあまりカバーしきれないのが悔しい。
「……貴方は、」
「?」
「いえ、何でもありません。先程の話ですが、私は見られて困る相手もいませんので大丈夫です」
感情を表に出すことはない単調な声色でノクスは口にする。
そうだ。私の知っているノクスはいつもこうだった。大事なものは誰かに譲って、自分は簡単に諦めてしまう。それがもどかしくて悔しくて、だけどそんな中でも優しさを失うことのない貴方がたまらなく眩しくて。一つでいいから報われてほしいと願った。
「います」
「……何?」
「殿下が誰よりも大事だと思える人に、きっとすぐに出会えます」
「なにを……」
自分でも知らないうちに言葉が溢れた。
弱さも迷いも受け止めて、ノクスの全てを肯定してくれるヒロインがもうすぐ現れる。
でもノクスならまた手を伸ばすことなく、誰かに譲っちゃうだろうから。
――それなら、私が手伝ってあげる。
今も破滅を回避したい気持ちは変わったわけではない。
そもそも私は誰かを好きになったことがないから、恋愛感情のせいで身を滅ぼすなんてもっと理解できなくて。
でも、ノクスには今まで沢山の幸せをもらってきたから……もらった分は返さないと。
だから今度は私の番だった。
〜〜♪
会場から漏れた音楽が聞こえる。そろそろダンスが始まるようだ。
「お兄様が待っているので私はこれで失礼いたします」
ノクスへ一礼して、私はその場を後にする。こんな時、靴を片方落とすようなお姫様に私はなれない。
夢見ていた幼少期とは違い王子様が手を差し伸べてくれなくても、もう一人で歩いていけるから。
お姫様にはなれないけど、誰かを手助けする魔法使いくらいにならなれるかもしれない。
誰かを傷つけて、自ら破滅に向かう悪役令嬢よりはよっぽどよかった。




