29.優しさの意味
キオンとエメルに話しかけたあの日以降、二人と一緒に過ごすことが増えた。
相変わらず話題の半分ほどは彼らの妹に関する話だったけれど、不思議と居心地が悪いと思うこともなく、むしろ話を聞くのが楽しくて、いつか二人の妹に会ってみたいとも思うようになった。
そんな風に対人関係に変化がみられた頃だ。
一人、廊下を歩いていた時にその話は聞こえてきた。
「今回の試験、またカイル殿下が一位だって」
「天才は楽でいいよな〜努力しなくても欲しいもん全部手に入るんだから」
「そうか?皆カイル殿下のこと天才だって言うけど、実際カイル殿下よりも、ノクス殿下の方がよっぽど天才だと思うけどな」
「確かに昔はノクス殿下の方が天才だって言われてたけど、今はなぁ……」
勝手に耳へ入ってきた自分の話題に、俺は思わず足を止めた。その顔には覚えがあった。少し前までいつも俺の後をついて歩いていた人達だったから。
彼らもまさか俺が聞いているとは思ってもいないのだろう。溜まった鬱憤を晴らすように言葉を吐き続けている。
俺が初めて参加したパーティーで出会った彼らとはそれなりに長い付き合いだ。少なからず情はあるつもりだった。だからこういう時、傷ついたり怒ったりするのが普通なはずなのに、全くと言っていいほど何の感情も湧かなかった。
そもそも、人は環境によって簡単に立場を変えるものだ。
だからいつかこんなことがあるだろうと予想はしていた。それが〝今〟起こった。ただ、それだけで。
「第一王子ってだけで持て囃されてるなんていい身分だよな〜」
どうせ話すなら場所くらいもっと選べばいいのにと、呆れて溜息が出そうになる。
このまま通ってもいいけど、どうしようかと少し悩んでいた時、その声は響いた。
「うわ〜ダッサ!こんな所でよくそんな話ができるよね。どうすればそんな風に平然と生き恥晒せるわけ?」
「そうだね。必死に虚勢を張りながら負け惜しみするなんて、俺なら絶対に恥ずかしくてできないな」
「キオン!エメル!」
一体いつからいたのだろう。真後ろから二人は突然現れた。
二人の声は相手にも届いていたようで、俺に気付くと先程までの勢いがなくなり、バツが悪そうにしている。
「あ、あのカイル殿下これは……」
「二人ともいつから居たんだい?変な所を見せてしまって悪いね」
先程まで好き勝手話していた彼らには目もくれず、俺はキオンとエメルへ言葉をかける。
よりによって二人にこんな所を見られてしまうなんて、少し恥ずかしかった。
「なんで殿下が謝るんですか?殿下は何も悪くないのに!」
「そうですね。アイツらが身の程を弁えなかっただけで殿下に落ち度はありませんよ」
「もうムカつく!今まで殿下の側にいたくせに一体何を見てきたわけ?大した努力もしてないのはどっちだよ!」
「ああいう連中はプライドだけは無駄に高いからね」
そう二人はなぜか怒ってくれる。
不思議で仕方なかった。言われたのは俺の方なのに、なぜ二人が俺よりも悔しそうな顔をしてるのか。
なぜ、さっきまでは何ともなかったはずの胸が、今はこんなにいっぱいなのか。
「ふはっ…はは…っ」
なぜ、こんな状況で笑いが溢れるのか。
俺は自分でも分からなかった。
***
「どうでした?アリアは」
「エメル」
デビュタントでダンスを終え一息ついていた所で、不意に声をかけられた。エメルが差し出してくれたグラスを手に取り、喉を潤す。思い出すのは一番最初にダンスを申し込んだ令嬢のことだ。
「……話に聞いてた人物像とは随分とかけ離れていたよ」
「あははっ、やっぱり」
「エメルも気付いていたのだろう?なら教えてくれれば良かったのに」
「世界一可愛くて心優しくて感情豊かな天使でしたっけ?いや〜キオンがどんどん話を盛るのが面白くて」
やはりわざと口を出さずにいたらしい。エメルは悪戯が成功したかのように笑う。ウォレス令嬢の後にダンスに誘ったオルレアン令嬢は、話に聞いていた通りの可愛らしい令嬢だったけれど、ウォレス令嬢はあまりにも違っていた。
感情豊かどころか、全く表情が読めなかったし、容姿も可愛いよりかは綺麗な部類だと思った。
「まぁキオンは、妹に関してはかなり考えが偏ってますからね。……でも、優しい子ですよ。アイリスと違って素直じゃないので分かりにくいとは思いますけど」
「君も大事にしているんだね」
「キオンとアイリス程じゃないですよ」
エメルはグラスを傾けながら、じっと何かを見つめる。視線を追えば、人々にいきなり囲まれ困惑するウォレス令嬢と、すかさず助けに向かうキオンが居る。すぐに気付いたオルレアン令嬢もウォレス令嬢の元へ向かっていった。
その一連の流れだけで、エメルの言う通りキオンとオルレアン令嬢がウォレス令嬢を大事にしているのがよく分かる。
でも、そういうエメルだって、今自分がどれほど優しい声色をしているのか知っているのだろうか。
ウォレス令嬢にもオルレアン令嬢にも特別な感情はなかったけれど、それでも二人が大事にしている相手なら、上手く付き合っていきたいと思った。
それからお茶をして交流を重ねたけれど、明るく話しかけてくれるオルレアン令嬢とは違い、ウォレス令嬢とは距離が縮まることはなかった。エメルの言葉の意味も、ずっと分からないままでいたけれど。
『お兄様とエメルのためですよね』
でも、今なら分かる。その優しさの意味を。彼女は気付いていた。自分が口実にされていたことを。全部知って、それでも背中を押してくれたのだ。
明るく手を引っ張ってくれるような鮮やかさよりもっと静かな光で、そっと道を照らしてくれるような優しさが彼女にはあった。
エメルだけじゃない。キオンもオルレアン令嬢もきっと彼女のそういう所が好きで一緒にいるのだろう。
「……羨ましいな」
対等な友人なんてものは必要なかったはずなのに。
彼らを見ていると、自分でも知らないうちに手を伸ばしそうになる。その輪の中に入りたくなる。
「もう殿下、探しましたよ!なんでリアと二人で回ってるんですか、羨ましい!」
「本音がダダ漏れだよ。すみません殿下、キオンのやつもうずっとこれで」
「リアもボクを置いていくなんて酷い!今日は絶対、簡単に絆されたりしないんだから!」
頬を膨らませながら拗ねるキオンとそれを宥めているエメルが俺の前までやってくる。
「ウォレス令嬢をあまり責めないであげてほしい。彼女は俺の相談に乗ってくれただけなんだ」
「相談ですか?」
二人が虚をつかれたかのような表情をする。生まれて初めて口にする言葉は改めて言おうとするとなんだか気恥しくて。
本当の俺は完璧でも天才なんかでもない。そう見せる為にいつも必死なんだと知られたら、がっかりさせてしまうんじゃないかという不安もある。
『そのままの貴方でいいんです。だって二人は、そんな殿下のことが好きで一緒にいるのですから』
でも彼女はそう言ってくれたから、俺も信じてみたくなった。彼らが大事にして、そして彼らを大事にしている彼女のことを。
「――今から情けないことを言うけど、笑わないで聞いてくれるかい?」
対等な友人なんてものはないかもしれない。
でももしあるとするなら、その相手は君たちがいい。




