27.春の花祭り
「初めまして、カイル殿下。私はベニエール公爵家の――」
初めて友人を紹介されたのは俺が十二歳の頃だった。小規模なパーティーに“交流”を名目に参加させられた。交流なんて言えば聞こえはいいが、実際はただの人脈作りの場でしかない。
『お友達ができるといいわね』
母上は俺に友達ができることを望んでいたようだけど、それは無理そうだと開始早々に気付く。
声をかけてくる人は皆、親に何か言われていたのだろう。俺から嫌われないようにと、誰が見てもわかり易いほど気を遣っていた。
その後も何度か交流を重ねた人は居たけれど、ただそれだけだ。時間が経てば仲良くなるなんてただの幻想でしかない。実際は大して親しくもならなかったし、それでも構わないと思っていた。結局、この世界は身分制度があり、俺は王族だから。
対等な友人。それをこの世界で作るにはどれだけ難しいのかよく分かる。そして、そんな友人に出会うことなんて、不可能だと思っていたし、そこに悲しいや残念さは特になかった。
あの日までは。
「初めまして。第一王子殿下にご挨拶いたします」
キオンとエメルに初めて会ったのはデビュタントだった。
ウォレスとオルレアンの二つの公爵家は、昔から王家と深い関わりがあるらしい。にも関わらず今までパーティーなどで見たことがなかったのは、どうやら二人とも普段からずっと領地にいて交流などはしていないとのことだった。
公爵家ならばどんな形であれ、親密になりたい人たちが山ほど居るはずなのに。
彼らは俺へ適度に挨拶をした後はそのまま去っていった。礼儀を尽くされただけで、それ以上のことは何もなかった。
期待も諂いも媚びも嫉みすら、何もなくて度肝を抜かれた気分だった。
もしかすると、自分は心のどこかで思い上がっていたのかもしれない。
自分は王族だから、それがどんな感情であれ、皆が自分へ関心を持つのは当然なのだと。
実際、今まではそうだったわけでもあるし。
学園に入学してからは、俺の周りには更に人が増えた。
「カイル殿下、先日の試験の結果もう拝見されましたか?一位とはさすがです」
「カイル殿下、次の実習は是非ご一緒に……」
座っている俺へ皆が声をかけてくる。にっこりと笑いながら言葉を返すけれど、意識は別の方に引き寄せられていた。
「あ〜〜またエメルに負けた」
「まぁキオンも中々頑張ったんじゃない?」
「たったの三点差のくせに偉そうにしないでくれる。次こそ絶対に勝ってリアに自慢するんだから」
俺の斜め後ろで、キオンが心底悔しそうにしているのをエメルがからかっていた。以前デビュタントで会った時にも思ったけれど、どうやら二人はデビュタント以前より交流があるようだった。
普段もいつも一緒にいて、言い合いばかりしているのを見かける。だけど仲は悪いどころか寧ろ良さそうだ。
二人は協調性があって、容姿や人柄、家柄までも良いから視線も集まりやすいのに、他に親しくしている友人を見かけたことはなかった。
「リアが来週アイリスと一緒に首都に遊びに来るんだって!どこに連れてけば喜ぶかな」
「うーん、あそこのカフェは?新しいメニューが美味しいって聞いたけど」
「誰かと会うのかい?」
「?……で、殿下!」
そんな二人に声を掛けてみたのはただ、少しだけ気になったからだ。唸りながら悩んでいるキオンの後ろから話しかければ、キオンは眉を寄せてこちらへ振り向いた。そして俺を認識して勢いよく立ち上がった。
キオンほどのリアクションではないけれど、エメルもそれなりに驚いたようで目を丸くしている。
「もしかして煩かったですか?すみません、キオンは妹のことになるとすぐこれで」
「ちょっと」
やれやれと首を振ったエメルを、キオンが横目で睨む。ここにもし俺がいなければ、きっといつものようにまた言い合いが始まっていたことだろう。
「ただいつも楽しそうにしてるから気になってね。リアというのは君の妹のことかい?」
「はい、リアは愛称で名前はアリアと言います。リアはとても優しくて世界一可愛くて――」
「はいはい、そこまで。すみません殿下」
妹のことを語り始めたキオンの口をエメルが塞ぐ。先程とは違い、キオンもまずいと思ったのか、ただ黙って口を閉じた。
「いいや、気にすることはないよ。兄妹仲が良くて羨ましいな。確か君にも妹が居るんだよね」
「はい殿下」
俺の問いかけにエメルは頷く。この様子からして二人は家族ぐるみの付き合いのようだった。
二人の令嬢に会ったことはないけれど、以前、噂は何度か耳にしたことがある。
主にウォレス令嬢の、酷く我儘だという、あまり良くない話だったけれど。
「そんなに大事にしてるなんて気になるね。私も一度会ってみたいな」
「……!?」
俺としてはほんの冗談のつもりだったのに、キオンがとてつもない衝撃を受けた表情で真っ青になった。
一方でエメルはキオンが何か失言をする前に素早く中に入ろうとしたけれど、それよりも早くキオンが口を開く。
「だ、」
「だ?」
「駄目です!殿下は格好良いので、もしリアが殿下を見たら絶対好きになってしまうに決まってます!」
「………へ?」
想像してもみなかったキオンの言葉に、俺は目を瞬いた。呆れた顔をしたエメルが額に手をついて溜息を吐く。
「ほんっとキオンは公女のことになると急にポンコツになるよね。殿下は格好良いしそう思う気持ちも分かるけど、俺的にはそんな心配は不要だと思うけど?あの公女が誰かに一目惚れするとか全く想像できないし」
「はぁ、これだからエメルは。そんな風に呑気にしてるせいでボクの可愛い妹が誰かに掻っ攫れたらどう責任取るつもり?」
「だからってキオンは過保護過ぎるんだよ。ずっとそんなことしてればそのうち公女に嫌われるよ」
「なっ、リアがボクのこと嫌いになるわけが……あ、殿下!すみません!」
ハッと、キオンとエメルが同時に我に返って頭を下げた。その様子がおかしくて、俺は笑いが溢れる。
「ふっ……ふふっ、ふふふっ……」
「で、殿下?」
「いや、ごめんね。君たちの素が見れて嬉しくて。それにしても意外だったな。君たちの目に私が格好良く映っていただなんて」
ずっと、俺には興味がないと思っていたから。
「格好良いに決まってますよ!筆記だけじゃなくて実技だっていつも凄いですし」
「そうですね」
キオンの言葉にエメルが同意する。格好良いなんて今までも飽きるくらい言われてきたはずなのに、何故か今までで一番照れくさかった。
***
初代聖女の祝福とも呼ばれている春の花祭り。
私は今、呼び出した殿下を待っていた。もし殿下と二人で居るのを見られて変な噂がたったら困るから黒のローブをしっかり羽織っている。そのせいなのか、護衛のエリオットがそわそわと落ち着かない様子で私に小さく囁いた。
「公女様、本当にこれから花祭りを回るだけなんですよね?何かあった時はちゃんと声をかけてくださいね。突然走って一人でどこかへ行くのは止めてくださいね」
「……」
一体どれ程のわんぱくと思われてるのか聞きたかったけど、ちょうどカイルがこちらへやって来たから、私は不本意ながら頷くだけに留めた。
カイルも人目から隠れるためか黒いローブを被っていた。色とりどりの花たちが舞っている中で黒を纏う私たちは、完全に浮いている気がしたけど、どうせ一時的な物だからと私は自分を納得させる。
多分そろそろ、キオンが私の不在に気付いた頃だろう。だからキオンたちが来る前にさっさと目的を果たさないといけない。
時間が惜しい私は、殿下へ声をかけて早く花祭りを回ることにした。




