26.この世の幸せ全てを詰め込んだかのように
推しカップリングには様々な形がある。
特定の組み合わせだけを好きな人もいれば、どんな組み合わせでも楽しんで見れる人もいる。
その中でも前者だった私は今、目の前に広がる光景に複雑な気持ちを抱えていた。
「オルレアン令嬢はウォレス令嬢と普段からこうして会ったりしてるのかい?」
「はい!お兄様とキオンが学校へ行ってからはお泊まりもすることが増えました。アリアと居るのは楽しくていくら会っても足りないんです」
「ふふっ、その気持ち分かるな。私もエメルとキオンと過ごす時間はあっという間で、別れ際はいつも名残惜しく感じるから」
アイリスとカイルの微笑ましいはずの会話になんだか苦味を感じて、リセットするようにカイルが手土産として持ってきてくれたケーキを口へ運ぶ。
ラズベリーの甘酸っぱいソースと、なめらかなチョコレートムースが広がり、少し気持ちが和らぐ。
とはいえ、ノクスとアイリスのカップリングだけを好んでいた私にとって、将来くっつくであろう二人が並んでいるのを間近で目にするのは正直キツかった。
ノクスがいずれフラれてしまうことを知っているからこそ余計に。地雷カップリングとまではいかなかったのがせめてもの救いでもある。
だけど例え気に入らないとしても、別に邪魔するつもりはない。もちろん自ら進んで応援することもないけど。
恋愛に関しては無関心を貫くつもりだった。
関わって変に巻き込まれたくないし、カイルがアイリスのことを心から好きだったことを知ってるからでもある。
キオンが以前言っていたように、私とカイルは少し似ているから、だからカイルがアイリスを好きになる気持ちが分かるのだ。
私はノクスが推しだし、応援もしてるけど――だからといってカイルの幸せを横取りしたいわけではない。
「そういえば二人はもう入学の準備は終わったのかい?」
「はい、もうほぼ終わりました」
「私もです…!」
カイルからの問いかけに私とアイリスは同時に頷いた。
「楽しみだなぁ、二人が入学してくるの!」
「俺はちゃんと友達できるか心配だけどね」
「できなくても大丈夫よ、私が一緒にいるんだから!」
……エメルは誰がとは言ってないのに、当然のように私に友達ができない前提で話が進んでる。別に友達が欲しいとは思ってないけど、友達がいないことを心配されるくらいなら何人かは作るべきなのか。
でも友達の作り方なんて分からない。久しぶりにスマホが恋しくなった。
「まあできないならそれでも別にいいよ」
ちなみに、これはちゃんと考えた末の結論だ。
「公女はそう言うと思った」
アイリスが一緒だし大丈夫か、とエメルは続ける。
「もし寂しくなったらいつでもボクのとこに来ていいからね」
「あれ、一年生と二年生の校舎は別じゃないの?」
キオンの発言を丁重に断ろうとした私よりも先に、隣に座っているアイリスが首を傾けた。
「別校舎は平民だけだよ。貴族よりも平民の方が人数が多いからね。――他にも色々理由はあるけれど」
多分一番の大きい理由は身分の差によるものだろう。平民と貴族をいきなり同じ建物に入れたとしても上手くやれるわけがないから。
だから一年目は敢えて分けるのだと予想する。
学校は五年制で、一年目は貴族平民問わず全ての対象者が入学する。そこでは魔法の仕組みや使い方など、生きてく上で必要になるであろう基礎的なことを学ぶ。
無償で学べる上に寮なども完備しているから誰でも平等な生活を送ることができるわけだ。
だけど二年目以降は誰でも学べるわけではない。学費を払うか、優秀な成績を残した人だけが特待生として上へと上がれる。
……そして小説通りならば、今年の特待生の中にはあの人がいるはずだ。
「お兄様たちは今年の特待生が誰か知ってるの?」
「ううん、ボクたちも誰かは分からないんだ。あ、でも一人だけ噂になってる人がいた気がする」
「それは私も聞いたことがあるよ。なんでも凄い才能の持ち主なんだとか。名前は確か――」
「殿下。そろそろお時間じゃないですか?」
にっこりと笑ったエメルが話を遮る。どうやらこの後予定があるらしいカイルは「もうそんな時間だったんだね」と立ち上がった。
「私は先に失礼させてもらうけど、今日は楽しかったよ」
カイルの言葉にキオン、アイリス、エメルの三人が言葉を返す。それに伴い私も一言投げかけた。
カイルを見送りながら横目でエメルを一瞥する。……さっきエメルはわざとカイルの話を遮ったように見えたけど。
でもその時は大した話もしてなかったし、普段と変わらない様子のエメルに、やっぱり勘違いだったのだろうと思い直した。
***
その日を境に、カイルも頻繁に遊びに来るようになった。
カイルは毎回律儀に手土産を持ってきてくれて、それは今日も変わらずだった。
「公女も選んだら?」
「私は後でいいよ」
カイルが持ってきてくれるケーキは首都でも特に人気のあるお店なだけあって、見た目が綺麗なだけじゃなく味もかなり美味しかった。
「たまには先に選びなよ」とエメルが配慮してくれるのを断る。どれを選んでも美味しいだろうし、食べれない物があるわけでもなかったから。
昔は子供らしく野菜とか苦手な食べ物もあったりもしたけど、食べれない私に煩わしそうにため息をついたお母さんの姿が、苦手な物を無理やり食べるよりももっと苦しい記憶として残っている。
それからは選り好みしなくなったし、好き嫌いなく何でも食べれるようになった。
「殿下もお先にどうぞ」
「いや、これは君たちの為に持ってきた物だし私は最後で大丈夫だ」
私の言葉にカイルはゆるりと首を振る。確かにと、カイルの言葉に納得した私は先に選ぶことにした。
幾つか残っているケーキへ目を向ければ、以前食べたことのあるラズベリームースが目に入ってきた。カイルが一番初めの時に持ってきてくれたのと同じ物だ。
特に迷うことなく選ぼうとして――気付く。
残っているケーキは全てクリームやチョコを主とした物ばかりで、甘さ控えめの物が今日は全く残っていないと。
「……」
どちらを選ぶべきだろうかと考えを巡らせる。
私が選ぼうとしたラズベリームースは、キオンたちが私のことを考えて残してくれた可能性が高い。
だけど今、残っている物の中で一番甘さ控えめなのも多分……
「私はこれにします」
私はクリームタルトを手に取った。キオンたちの好意を無下にしたようでバツが悪かったけど、しょうがないのだ。――カイルは甘い物が大の苦手だから。
しかし私が選ばなかったからといって、カイルが必ずしも選ぶとは限らないとすぐに悟ったけれど、幸いにもカイルは手に取ってくれた。
「アリア見て!」
ちょっと歩いてくると立ち上がった私に着いてきたアイリスが、咲いたばかりの菜の花を背に笑う。
その笑顔はまるでこの世の幸せ全てを詰め込んだかのように、明るく眩しくて。そんなアイリスの名前を呼べばアイリスはこちらへ駆け寄ってきてくれる。
「どうしたの?」
「ちょっと、手伝ってほしいことがあるんだけど」
お兄様とエメルには内緒ねと、口止めを頼みながら二週間後に行われる花祭りのことを思い浮かべた。
***
「殿下、ウォレス家からお手紙です」
「ウォレス家から?」
執事から告げられた意外な家名をカイルは思わず聞き返した。直接言えない話かもしくは何か急ぎの用かと手紙を直ぐに開封し、思いも寄らなかった相手の名前に目を瞠った。
――アリア・ウォレス
簡単な挨拶から始まった文章は、雑談や婉曲的な表現を使用する他の令嬢たちとは違い、ただ本題だけが単刀直入に綴られていた。
そんな彼女からの誘いを上回る予想外のことがあるなんてこの時は思ってもいなかったわけだけど。
「こんにちは、殿下」
「やあ、待たせてすまないね。ところで……ウォレス令嬢一人なのかい?」
花祭り当日、待ち合わせ場所へ居たのは彼女一人だった。自分と同じく黒いローブを被っており、彼女の後ろに居る護衛らしき男はそわそわと落ち着かないように辺りを見渡していて正直かなり怪しい。
尋ねたいことは沢山あったけど、それよりも先に彼女は俺へ向かって「とりあえず回りましょうか?」と微笑んだ。




