幕間 理由をつけるなら
「......覚えていないだと?」
報告された内容に、エルネストは資料から顔を上げて眉を寄せた。戯れ言を言うなと口にしたい所だったが、部下は至って真剣な表情でエルネストの言葉に頷く。
数日前、公爵家の令息と令嬢が連れ去られる事件が起きた。その際、魔法省からも数名の人員を派遣することになったのだ。そこまで多くはない人数だったが、実力については申し分ないどころか、過剰なくらいだった。特にモニカとジェイクは魔法省でもトップクラスの実力だ。あの二人が居ながら、護送中の男を一人逃がしただけでも信じられないのに。
「虚偽の確認は?」
「既に済んでおります」
「......分かった。とりあえず取り調べは続けておけ」
「畏まりました」
エルネストは深く息を吐く。逃げ出した男のことを調べてもう数日経つが、足がかりを掴むどころか、取り調べをしている男達は軒並み〝覚えてない〟と口にする。
「はぁ......厄介だな」
モニカとジェイクと同等、もしくはそれ以上の実力を持つ相手。相手の目的は分からないが、一刻も早く捕まえなければ。人員をもっと増やすべきか......そんなことを考え込んでいた時、扉が勢いよく開かれた。
「戻ったわよ!」
「......モニカ、今までどこをほっつき歩いていた。どれだけやることがあると思ってるんだ。大体お前はいつも――」
「ああもう、戻ってきてすぐ小言はやめてちょうだい。サボってたわけじゃなく、子供を一人預けて来たのよ」
「子供?」
「ええ、アリア公女様に頼まれた子なの」
モニカの言葉にエルネストは耳を疑った。今回の事件の関連人物で、アリアという名前を持った令嬢は一人しかいないはずだが、まさかそんなはずがない。
――アリア・ウォレス。公爵令嬢である彼女の噂は何度か耳にしたことはある。以前一度だけ会ったことも。といっても、何かを話したわけではなく、ただ遠目で見た程度だが。
噂に多少誇張があるとしても実際に見た少女は、噂にたがわぬ振る舞いだった。
そんな少女が、子供を気にかけただけじゃなく、モニカに頼みごとをしただと?
「......アイリス公女の間違いじゃないか」
人違いではないかと尋ねたエルネストに「間違ってないわよ、失礼ね!」とモニカが声を上げる。
「ひょっとして、アリア公女に怪しい点はなかったか。何かを隠していたり......」
「ちょっと、あんたまさか公女様のこと間者じゃないかって疑ってるんじゃないわよね!?」
「......可能性はゼロではないだろう」
エルネストの言葉に「信じられない!」とモニカは怒って立ち上がった。
「モニカ、お前もアリア公女の噂は知っているだろう。俺は直接目にしたことだってある。それもつい数ヶ月前だ。人はそう簡単には変わらない。もしいきなり変わったとしたら、何か大きな原因があるはずだ」
「それが間者ってわけ?呆っきれた.....確かにあたしも噂は聞いたことがあるわ。でも噂の公女様とは違っていたのも事実よ」
分かっている、モニカが嘘をついていないことは。モニカを疑っているわけでもない。
ただ、自分の記憶の中の少女との人物像に差がありすぎて違和感が拭えないだけだ。
しかし、自分より年下の、まだデビュタントすらしていない少女を疑ったのはさすがに考えすぎだったか。
「はぁ.....そうだな、俺がどうかしていたようだ。まぁ今は、ここに居ない人物についてとやかく話してても仕方ない。一先ずこれを先に片付けるぞ。モニカ、お前も仕事をしろ」
「そうね......」
エルネストは積み上げられている紙の束を指差す。今回の件には関与していないにも関わらず、仕事を手伝ってくれるエルネストへ言い返す言葉もなく、モニカも頷いて書類を手に取った。
***
「ほら、あたしの言う通りだったでしょ!」
デビュタントの会場を後にして開口一番。今日のパートナーであり、同僚のモニカ・グレイドルが得意げな顔で言い放った。
「......まぁ」
エルネストは眼鏡を持ち上げながら、数時間前に会った一人の少女を思い浮かべる。
モニカの言葉通り、最初に会った時に比べてアリア・ウォレスの雰囲気はかなり変わっていた。
「確かに俺が初めて目にした時とは違うことは認めるが、やはり想像つかないな。子供を気にかけるような優しい人物には見えなかったが?」
荒い気性と我儘さが無くなった代わりのように、今度は人を寄せ付けない冷たい雰囲気を漂わせていた。敢えて良い言葉で表現するならば、大人びたと言えるが。
「でも、友人の前では少し雰囲気が柔らかくなってたでしょ」
「......ああ、そうだな」
兄であるキオン・ウォレスや、オルレアン公爵令嬢と令息と話す時のアリア・ウォレスは優しげな目をしていた気もする。
「それにしても、お前にしては随分と肩入れしているんじゃないか」
交友関係がさほど広くない自分とは違い、モニカはコミュニティの幅が広かった。光属性使いのトップであり、親しみ易いモニカと親交を築きたい奴らは山ほどいるだろう。
なのに敢えて、あの少女を気にかけることがエルネストには理解できなかった。
エルネストの言葉に、モニカは数年ほど前の記憶を思い返した。
何を考えているのか分からないような無表情さで、冷たい言葉を放った彼女を。
『それでもまだ死にたいのなら――その時死ねばいい』
公女様を気にかける理由は自分でも良く分からない。ただ、あの時の表情が、まるで目の前の少年を通して誰か別の人物を見ているようで......一瞬だけ見えた少し寂しげな様子が記憶に残っているだけだ。
それでも敢えて理由を付けるのならば、
「妹を心配する姉心?」
モニカの中では多分それが一番近かった。
「妹だと?お前に姉は向いてない」
「そんなの分からないでしょ!」
「いいや分かる。そもそもお前は普段から甘えたことばかりで、頼られるような気質ではないだろう。先日も――」
よりによって逃げ場のない馬車の中で始まったエルネストの小言に、モニカは耳を塞ぎたくなった。
「おい、モニカ聞いてるのか」
「はいはい、ちゃんと聞いてるわよ!」
お互い貴族である以上、行事などで会う機会はまたあるだろう。たった二回会ったくらいで、公女様の人となりもよく知らないけれど。
でも、寂しげな目をした彼女がいつか心から笑い合える人達と出会えたらいいと、そう思った。




