23.進むも地獄、戻るも地獄
少し近寄り難いノクスとは反対の柔らかな雰囲気を持っている第一王子のカイルは、金髪と青い瞳の容姿と相まって、まさに正統派王子と読者から言われていた。
そんなカイルにアリアは一目惚れをするのだ……このデビュタントで。ひと目でカイルに落ちたアリアは当然、カイルとダンスを踊りたがった。
『邪魔よ、どきなさい!』
『ちょっと急に何ですの』
カイルに群がる令嬢たちの間に無理やり割り込んだアリアを覚えている。
目の前にいた彼女たちを押し退けて自分の前へと立ったアリアに、カイルはダンスを申し込む他なかった。明らかにそれを期待されてた上に、無視できるような相手でもなかったから。
『私と一曲踊って頂けますか?』
『ええ。喜んでお受けいたしますわ』
小説の内容が走馬灯のように頭の中に流れ、冷や汗が背中を伝う。
――強制力
小説や漫画に出てきた時は軽く流した言葉を今思い出すなんて。
ひか恋のアリアとは違って、今の私はカイルに対して何もアクションを起こしていない。にも関わらず、以前アイリスが狼に襲われそうになった時のように、私が何もしていなくても小説の内容をなぞるような流れになっているのはただの偶然なのだろうか。
ここで私がカイルの手を取っても、取らなくても、周囲からの反感は避けられない。……主に令嬢たちからの。まさに、進むも地獄、戻るも地獄の状況だった。
今こそ助けが必要だと、私はキオンにこっそり助けを求める。
「……」
キオンは……私以上に驚いていた。まさかカイルが私にダンスを申し込むとは想像してもいなかったのだろう。
段々と周囲の視線が刺さっているのを感じる中、これ以上カイルを無視するわけにはいかなくて私は手を持ち上げた。
「急に誘って悪かったね」
本当に悪いと思っているのか、そう聞きたくなるような穏やかな声でカイルは口を開いた。
「とんでもございません。殿下と踊れるなんて光栄です。……ですがなぜ私を誘ってくださったのかお聞きしても?」
自分の立場から誰かを誘えば、その相手と共に注目を浴びることになると分かっていたはずだ。それが普通の令嬢、例えばアイリスのような相手だったのなら、私も変に疑問を持ったりしなかった。
だけど私となれば話は別だ。これはいい意味ではない。
私は容姿と家柄は悪くはないけど、お近付きになりたいと思われるような何かがあるどころかむしろ逆だから。現に、私の周りには誰も寄ってこないわけだし。
「変な意味はないよ。ただ、キオンとエメルがいつも君たちのことを話してるから気になってたんだ」
君たちというのは多分、私とアイリスのことだろう。まさかキオンとエメルがカイルに話してたとは思わなかったけど……友人に家族のことを話すくらい普通か。
私は納得しながら「そうだったのですね」と頷いた。若干の迷惑さは否めないけど、私より先にアイリスを誘って、カイルを狙ってる令嬢たちからのやっかみをアイリスが受けるよりはマシだ。
「本当はもっと早く会ってみたかったんだけどね。君が私のことを好きになるんじゃないかってキオンが心配して中々会わせてもらえなかったんだ。――見た所、その心配は無用だったみたいだけど」
「まあ、お兄様がそんな心配をされていらっしゃっただなんて」
そして、あながち間違いでもなかった。実際に小説のアリアはカイルに一目惚れしてるわけだし。私も……見た目だけならカイルが一番好みだったからだ。
それにしてもキオンの妹センサーは一体どうなってるのか。やっぱりシスコンの名は伊達じゃない。
「お兄様が心配しているようなことにはなりませんのでご安心ください」
というか、なったら困る。破滅を避ける上でカイルを好きにならないことは私にとっては絶対条件のようなものだったから。そして、好きにならない自信もあるし。
「それは残念だな。私はもっと君のことを知りたいと思っているのに」
「…………はい?」
やっぱり疲れてるのか、ついに幻聴が聞こえるようになってしまった。そうでなければ、目の前にいるカイルの気が狂ったとしか思えない。
間抜けな声を出した私に、カイルは甘く微笑んで
手の甲に唇を落とした。
きゃあっと、誰かが声を上げる。いつの間にか注目がかなり集まっていたようで、色んな視線を肌で感じて。ここでため息を我慢した私は偉い。周囲は何やらざわめいているけど、このパフォーマンスは――そんな事を考えていた時。
群衆の中で、一際目立つ人と目が合った。
コンサート中に推しと目が合って心が浮かぶような心境だったけど、今の自分の状況を思い出せばすぐに気分は下がっていく。
こんな形で認知されることになるなんて不本意すぎるから、いっその事「兄の隣に居たような気もする女」程度の認識であってほしいと願う。
間違っても恋人だと思われなければそれでいい。推しの義姉ポジションを想像したらちょっと魅力的ではあったけど……目指すには障害が多すぎる。
ダンスが終わったら休むつもりだったけど、のんびりできるはずもなく。
カイルと親しいのかと急に近寄ってきた人々のあまりの現金さに、死んだ目をした私をキオンがすぐに助けにきてくれて、初めての舞踏会は終わっていった。




