22.過ぎた美貌は人を惑わせる
――ノクス・ルードヴィルター
ルペリオンの第二王子であり、私の推しだ。
ノクスが現れた瞬間に上げかけた声を私は理性で抑え込む。もしここがコンサート会場だったのなら、ノクスが登場した瞬間に歓声で埋めつくされていたはずなのに。誰よりも輝く推しを前にして、平然としている周囲が信じられなかった。私は今にも崩れ落ちそうだ。
透き通るような銀髪は月から降りてきた神ではないかと疑いそうになるほど清らかで、紅く煌めいている瞳はどんな宝石よりも美しい。
スマホがないせいで強制的に推し断ちをせざるを得なかった私にとって、数年ぶりに見たノクスは余計に眩しく見えた。
「リア」
陛下の祝言がいつ始まり、いつ終わっていたのか気付かないくらいノクスを眺めていたらしい。キオンに小さく呼ばれて意識が戻ってきた。
過ぎた美貌は人を惑わせると聞いたことがあるけど本当だったね。
このままずっと眺めていたかったけど、残念なことにもうおしまいのようだ。
「ぼんやりしてたけど、もしかして具合でも悪い?」
「ううん、大丈夫」
後ろ髪を引かれる思いで私はノクスから視線を外す。このままずっと推しを眺められていたら幸せそうだけど、今の私は公爵令嬢。つまり嫌でも社交活動をしなければいけない。
何年も快適な生活をさせてもらったのだから、私も義務を果たさないと。ウォレス公爵家に泥を塗るわけにはいかないし。
そんな風に意気込んだものの……すっかり忘れていたのだ。私が〝アリア・ウォレス〟だということを。
「ご機嫌よう公子様。公子様のご活躍はよく耳にしておりますわ。第一王子殿下も公子様のような方がお側にいらっしゃるのできっと心強いことでしょう」
「アスター夫人、ご無沙汰しております。尊敬する殿下の隣に並ぶには、僕はまだまだです」
「まぁご謙遜を」
オホホと、淑女らしい笑い方でアスター子爵夫人は笑う。横で見ていた夫と息子らしき人が間を置かずに混ざり、会話が進む。……私を除いたまま。
もちろんキオンが私を除け者にしているわけではなく、原因は相手にある。
「――紹介いたします、妹のアリアです」
「お初にお目にかかります」
「初めまして、公女様。お会いできて光栄ですわ。――ああ、長く引き止めてしまいましたね。では私達はそろそろ行ってみます」
キオンが私を紹介し挨拶した途端、私を避けるように去っていくのだ。
これくらいならばまだいい方で、明らかに値踏みするような目を向けてくる人達もいた。
キオンが守ると言った意味が何となく分かった気がする。
だけど幸いなことに、好意的な人も多少は居てくれた。
『公女様、お久しぶりです。お元気でしたか?』
例えば魔法省所属のモニカとか。
以前よりも落ち着いた雰囲気のモニカは、眼鏡をかけた男性にエスコートされながらこちらへやって来た。
冷たい視線には慣れているから傷付くことはないけど、それでも疲れるのには変わりない。四方から向けられるから尚更気も抜けないし。だからモニカの友好さには感謝した。
うんざりしそうになる挨拶回りのおかげでそろそろ顔の筋肉がつりそうになってきた頃。会場に優雅な旋律が流れ、ダンスが始まった。
通常の舞踏会とは違いデビュタントでは、その日の主役である子供たちが一曲目を踊る。他の参加者が踊る場合は、二曲目以降という決まりがあるらしい。
ファーストダンスはどの舞踏会も一貫して、その日のパートナーが相手だ。
私はキオンが差し出した手を取った。
基本的なステップをメインで構成された一曲目はあっという間に終わりを迎え、曲調が変わった二曲目がすぐ流れ出す。
踊る相手がいるファーストダンスとは違い、二曲目以降は男性側からの誘いを貰わなければ踊ることはない。もし意中の相手が居ても、向こうから誘われない限りは踊れないということだ。
「考えごと?」
私をリードするエメルが問いかけてくる。
「ただ視線が凄いなと思ってただけ」
これは事実だ。アイリスとのファーストダンスを終え、エメルが二曲目に選んだ相手は私だった。付き合いはそれなりに長いわけだし、特に驚くことはなかった。
しかし、周囲は違ったのだろう。エメルが私をダンスに誘った瞬間、近くに居た人達のざわめきが伝わってきた。
エメルからダンスを申し込まれることを期待してた令嬢たちの視線も感じて。
顔が良く、家柄も良く、性格も……
「公女でもそういうの気になったりするんだね」
……まぁ大丈夫だろう。改めて考えてみれば、エメルは優良物件だ。
途中、何だか失礼な発言も聞こえた気がするけど、今日の私は気分がいいから一度流すことにした。
「これだけ見られてたら誰だって気になるよ。それより外って出てもいいんだよね?」
「バルコニーや庭園なら大丈夫だけど……もしかして休みたいの?」
「そう」
朝早くから準備してそろそろ疲れた。ダンスも、私と踊りたがる奇特な人間はいないだろうし、最低限の義務も果たせたはずだ。
「一人じゃ危ないし俺も行くよ」
恐ろしいこと言うね。エメルとのダンスで既に「なんであの人が……」みたいな視線が向いてるのに、これ以上はまずい。ここで令嬢たちからの反感を買っても良いことなんてないだろう。
「ちょっと外の空気を吸いに行くだけだし平気」
「だけど……」
いつもなら必要以上に干渉しないエメルが、何故か今日はやけに渋るから不思議だ。気持ちは有難いけど、私の安全を願うならこそ、余計に他の令嬢と踊ってもらわないと。
私の予想通り、エメルとのダンス後は誰からも申し入れはなかった。ちなみに、同じ公爵家であるアイリスの周りには沢山人が居て、まるで競い合うように手を差し出している。
……これがヒロインと悪役令嬢の差なのか。
誰からも誘われないことに悲しむべきなんだろうけど、残念さはなかった。
外へ出る前にもう一度ノクスの顔を目に焼き付けようと首を回し、息を呑んだ。
「私とも一曲踊って頂けませんか?」
なぜここにいるのか!
この国の第一王子であり、ひか恋のヒーロー――カイル・ルードヴィルターが私の前に現れた。




