18.首都
モニカに連れられ外へ出れば、陽射しが眩しくて私は目を細めた。息を吸い込むと冷たい空気が胸いっぱいに広がる。普段ならば寒いと震えていたはずだけど、今は不思議と清々しく感じられた。
辺りは草木に囲まれていて、どうやら私達は森の中に居たのだと知る。
ひか恋はラブコメ小説なのにまさかこんなサスペンス展開が起こるとは。ある意味珍しい経験だったけど、二度目はもう御免だ。牢に入るのも一度でいい。
やはりアリアの恋愛の為に私が滅びるわけにはいかないと改めて決意した。
私が決意を固めている間に、準備が整ったらしい。モニカとその仲間の足下には魔法陣が展開されていた。移動魔法は魔力の消費が大きいからてっきり馬車で帰ると思っていたのに……正直、早く帰って休みたかったから嬉しい。
閉じ込められた時間が比較的短い私ですら疲労しているのだから他の子達はもっとだろう。
案内に従って私達はモニカの魔法陣の上へ立つ。魔法陣について色々説明をしてくれているけど、もう返事をする気力もなかった。一度疲れを自覚したせいか一刻も早く休みたいという考えしか頭にない。
しかしここまで助けに来てくれた人の言葉を無視するわけにもいかないから、私は適度に首を上下させた。
「モニカさんありがとうございました」
魔法が発動される瞬間、残りの気力を振り絞って口を開く。ライムグリーンの瞳が僅かに開いたような気がした。
***
視界が一瞬で切り替わり、外から室内へと移動していた。初めて見る場所だ。公爵家ではないようだけど、どこだろう。
だけど疑問は長くは続かなかった。私達が現れた途端、集まっていた大人の視線が一斉にこちらを向いたからだ。
「エメル、アイリス!」
悲鳴にも似た声が響く。中心から駆けつけてきたのはオルレアン公爵だった。倒れるように走ってきた公爵はエメルとアイリスを抱きしめた。
「お父様…っ!」
アイリスは涙声で公爵へしがみついた。今まで明るく振舞っていたけど、心の中ではずっと不安だったのだろう。
それは多分、キオンもエメルも。
エメルは何も言わずにただ静かに抱きしめられている。表情は見えないけど、遠慮がちに公爵の服を掴む手は少し震えていた。
それにしてもアリアのお父様はどこにいるのか。この部屋に居たらオルレアン公爵と同様に子供の元へ走って来たはずだ。
そんなことを考えているうちに外からバタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。
「キオン!アリア!」
勢いよく飛び込んできたアリアのお父様が手を上げる。
『貴方はまた迷惑かけて!』
痛みがすぐにくると思った私は、耐えるように目をぎゅっと瞑った。
「……??」
だけど、痛みはいつまでもやって来ることはなく、私はキオンと共にアリアのお父様の腕の中に居た。
「無事で良かった…っ」
「?怒らないのですか?」
深く安堵のため息を吐くアリアのお父様に私は首を傾げる。今回のことは元はと言えば私が公爵領へ残ると言い出したのが原因で起こったことだ。全員が無事だったから良かったものの、最悪の場合だって有り得たわけで。
だからてっきり怒られると思っていた。
「怒る事なんてあるかい?二人が無事に戻って来てくれたことが何より喜ばしいのに」
アリアが可愛くて叱れないとかではなく、本気でそう思っているようだった。
私の両親だったら平手打ちと共に罵倒が飛んで来ていただろうから、それを避けられたのは幸いでもある。
……親から抱きしめられたのは初めてだけど、こんな感じだね。
私は少しの間、静かに腕の中に収まっていた。
どうやら、そのまま眠ってしまったらしい。
目を開けると翌日になっていた。ふかふかの高級ベッドで寝たおかげか疲れがとれて、頭もスッキリしている。
「リア起きた!?」
私が起きたことを聞いたのかキオンが私の部屋にやってきた。朝から元気だね。
「そんなに急いでどうしたの?」
「リアが丸一日起きなくて心配したんだよ!」
……そんなに寝てたの?
高級ベッドの効果は恐ろしかった。横になれば二度寝もできそうだけど、キオンの声に背中を押されて私は立ち上がる。
「そういえばここは?」
昨日と同じく見知らぬ場所のようだけど。
「首都にあるタウンハウスだよ」
「へぇ」
首都にあるタウンハウスってこんな感じなんだ……私は軽く受け流して――はたと気付く。今どこにあるって!?
「お兄様……今、首都って……」
「うん、昨日ボク達が居たところは王宮だったみたい」
ボクも座ってるうちに寝ちゃってたから全然覚えてないんだけどね、と話すキオンの言葉が右から左へと流れていく。
王宮はそう易々と入れる場所ではない。せっかく推しが居る空間へ行けたのに、まさか寝ていて記憶が全くないだなんて……かなり悔しかった。
落ち込む私を他所にキオンが私が寝ていた間の事を色々と教えてくれる。
その中に不穏なニュースが一つあった。
どうやら犯人を乗せた馬車が護送中に襲撃されたらしい。
そして、一人の脱走者が出たと。
「……」
誰かは分からないとキオンは言ったけど、私は一人の男が頭に浮かぶ。
既に作戦は失敗して、拘束されているのに、私達が外へ出る瞬間まで余裕そうな態度だったあの男が。
他の奴の可能性もあるだろうけど、私の直感があの男だと告げていた。そして、嫌な勘ほどよく当たるものだ。
考え込んでいた所で、キオンのお腹が鳴った。
……とりあえず今はキオンにご飯をあげるのが優先だね。
「お兄様、お昼食べに行こう」
「うん!」
できることなら、あの腹が立つ男の顔は今すぐ忘れたいけど、ちゃんと覚えておかないと。そして、次はもう二度とキオンに手を上げさせない。
そんな決心と共に私は一歩を踏み出した。




