17.魔法省所属の魔法使い
「ふんふふ〜ん」
シンと静まり返った洞窟に陽気な鼻歌が響く。コツコツと鳴る足音と共に二人の男女が暗い牢へと踏み入れた。
「……」
「はいはい、分かってるわよ。最優先は子供達の救出でしょ」
「……」
「ふん、こんなザコ共なんて一瞬よ。アンタの方こそしくじらないでよね。じゃないとあの嫌味メガネになんて言われるか!」
昨夜、公爵家のご子息とご令嬢の四名が連れ去られたと報告が入ってからというもの、首都は大騒ぎだった。
ウォレス公爵家とオルレアン公爵家は共に古くから王家を支える名家であり、特に忠誠心が深い二家でもある。
だからジェイクは王から緊急の命を受け、この場所に来ていた。
「そろそろだわ」
共に命を受けた同僚のモニカが、残り時間を確認して呟く。
――モニカ・グレイドル
光属性使いの現トップであり、八クラス魔法使いだ。そんな彼女の使い魔である梟の属性は『音』
音楽で音が休符する時間があるように。それを応用したモニカは一時的にこの空間を休止させていた。
時間制限や制約はある。例えば、休止中の空間で他の魔法を使ったり、誰かを傷つけたりはできないとか。
だから魔法の効果が切れる瞬間に合わせるべく、モニカの言葉に頷いたジェイクはいつでも魔法を発動できるように集中した。
***
一体何が起こったのか。いきなり目まぐるしく変わった状況に私は混乱した。
突然女の人の声がしたかと思ったら、瞬き一つの時間で魔法が展開されてた上に、気がついたら目の前に二人の男女が現れた。
二人とも以前に見たことがある顔だ。小説にも出ていた彼らは、魔法省所属の魔法使いだったはず。名前は確か……モナカとシェイクだったっけ。ほんの数回しか出ていなかったし記憶が曖昧だ。
突然現れた二人はあっという間に男達を拘束した。それを見ながら私は考える。
「……」
是非ボコボコにしてほしいと。
実際は暴力ではなく法で解決されるんだろうけど。
急な展開に怒りの行き場を失い、冷静さも戻ってきたとはいえ、キオンに手をあげた報いは受けるべきだ。
……そうだった、キオン!
「お兄様、大丈夫ですか?」
私はすぐにキオンに駆け寄る。見た限り怪我はなさそうで幸いだった。
大人が思う以上に、子供の身体は脆く弱いのだ。幼い身体で叩かれたらどれ程痛いか私は身をもって知っているからこそ、子供に手をあげる人間が理解できなかった。
「ちょっとぶつけただけだから平気。それよりもリアは怪我してない?」
「……私は大丈夫です」
こんな時ですら私の心配をするキオンに、妙な後ろめたさを感じて思わず視線を逸らした。
本来ならば私は心配してもらう存在でも、庇ってもらう程の子供でもない。騙している罪悪感で良心が痛むけど、真実を告げてキオンを傷つけるよりはマシだった。
「キオンが吹き飛んだ時びっくりしたんだからね!怪我がなくて良かった…!」
「公女が大事なのは分かるけど無闇に飛び込むのはやめた方がいいと思うよ」
「ボクだって直前までは我慢してたじゃん。アイツがリアに触れようとしたのが悪い」
私に続いて駆け寄ってきたアイリスとエメルも、キオンのことをとても心配していたようだった。
三人の会話に耳を傾けながら、私は罪悪感を打ち消した。
それから暫くして。
いよいよ外へ出られる時間がやってきて、周囲の顔色は皆、明るかった。「騎士や他の魔法使いも外で待機しているわ」と発した彼女の言葉も大きかったのだろう。
子供の人数が多い理由から外へは二度に分けて出ることになったため、後発組の私は未だその場に待機していた。
「送ってきたわよ!ついでに騎士も数人連れてきたわ」
「……」
「じゃあ他の子達も連れて行くからジェイクはソイツらの見張りを宜しく」
「……」
「分かってるってば。傷一つつけないから大丈夫よ」
「……」
一体どうやって会話しているのか。二人を見て私は疑問が頭に過ぎたけど、もう疲れていたから深く考えるのはやめた。
「じゃあ行くわよ!……って、君もよ!」
残っていた私達をぐるりと見渡した彼女が驚いた声を上げる。反射的に視線を移せば、一人蹲っている子供が居た。
……見覚えがある。私がここに来た時に初めて声を掛けた子だ。
どうしたの、体調が悪いの、もう大丈夫よ、と彼女が声を掛けているけどその子はぴくりとも動かない。
「リアどうしたの?」
「ちょっと」
私は少し悩んでから近づいた。あの時見た、光のない瞳がほんの少し気になったからだ。
「帰らないの?」
目の前で膝を抱えている子供に私は問いかける。
「……………帰る場所なんてない」
ゆるりと顔を上げた少年は、やはり目に生気がなかった。前はてっきり連れ去られた状況に絶望していたのだと思ったけれど、どうやらもっと根本的な問題のようだ。
この様子を見る限り、親や兄弟なども居ないのだろう。魔法使いの彼女も同じことを考えたのか、孤児院の説明をする。
しかし最後まで説明を聞いたその子は拒否するように首を横に振って「もう疲れた。このまま死にたい」と呟いた。
どうしたものかと、私は考える。ちなみにこういう時「あなたより辛い思いをしている人もいる」や「生きてれば楽しいことがある」はNGワードだ。
以前読んだ小説のヒロインはこんな状況が訪れた場合、その子供を連れ帰って自分の従者や騎士にしていた。
……しかし私には無理だ。ずっと面倒を見てあげられる保証もないし。途中で放り出すくらいなら拾わない方がいい。
「手出して」
私はため息を飲み込み、胸元と頭に付けていた装飾品を外した。
「これ売ればそれなりにお金になるはずだから。売った後はまずご飯をしっかり食べて、ちゃんと寝て」
やせ細った身体と酷いクマは解決するはずだ。
経験上、食事と睡眠は大事だとはっきり言える。そして、その二つが整えば精神面もある程度は安定するだろう。
「ご飯食べて、沢山寝て、それでもまだ死にたいのなら――その時死ねばいい」
「公女様!?」
死ぬことを止めると思っていたのに、逆に背中を押したからか、ぎょっと驚く声が横から聞こえた。
確かに止めることは難しくないし、それが正しいのだろうけど……私も死にたいと思ったことがあるから気持ちが分かるのだ。
私は踏み止まって、それなりに楽しみや幸せも見つけたけど、この子も同じとは限らない。
私よりも年下に見える小さい子供にこんなことを言うのは酷かもしれない。けれどこの先にあるであろう楽しいも、嬉しいも、悲しいも、辛いも、全ての感情を経験するのはこの子自身なのだから、どうするのかは自分で決めなければ。
「モナカさん」
「モニカよ!」
惜しかったね。
「後は宜しくお願いします」
私は装飾品を子供に押し付け、残りは彼女へ任せることにした。
あれを売れば暫くはお金に困ることはないだろうし、彼女の身元もしっかりしているから変な所へ預けられる心配もないだろう。
「あげちゃって良かったの?あのブローチ大事にしてたのに」
私の物なのに、なぜキオンが残念そうなのか。
確かにルビーの宝石は推しの瞳の色だから気に入ってたけど、あれは元々アリアの物だ。
「…………」
勝手に人の物をあげてしまったことに、私は遅れて気がついた。
だけどアリアは宝石が付いた装飾品を沢山持ってるし、むしろあり過ぎたくらいだ……色々な言い訳を頭の中で巡らせた私は最後に結局、心の中で謝罪した。
いつもお読み頂きありがとうございます。
前発組はアリアよりも幼い子や、衰弱している子を優先的に外へ連れ出しました。




