15.本当の家族
皆が寝静まった深夜。暗くて寒い牢の中で私はぼんやりと鉄格子の奥を眺めていた。
ずっと一人だった見張りは、今や六人まで増えている。これで全員なのか、他にも仲間がいるのかは分からない。
これまでずっと見張りが一人だったのは、私達が逃げることはできないと確信していたからだろう。実際その通りなわけなんだけど……だから余計ムカついて悔しいのか。
考えてるだけでも頭に血が上りそうで、私は目を閉じた。感情のコントロールに慣れているおかげで、すぐに気持ちが凪いでいく。
「重くないの?」
右隣を向けば、エメルがこちらを見ながら話しかけてきた。正確には、私に寄りかかって寝ている二人を見ながら。
左肩にはキオンがもたれ掛かり、膝はアイリスが枕代わりとして使っている状態だった。
「……少しだけ」
二人ともこんな所で眠るのは初めてだろうし、せめてこのくらいはしてあげないと。私も贅沢になってしまったのだろうか、公爵家にある高級椅子が恋しかった。
「エメル様は寝ないのですか?」
「こんな状況じゃあね」
「まぁそうです。だけどできたら少し休んでください。眠れないのなら目を瞑るだけでもいいので」
働いていた頃に私がよくしていたことだ。睡眠時間が足りない時は目を数分閉じて休息を取っていた。何もしないよりはマシな程度の効果だけど。
「珍しいね。公女がそんなこと言うなんて」
「体力は温存しておいて悪いことはないですからね」
確かにいつもの私だったら「寝たいなら寝ればいいし、寝たくないなら寝なければいい」と干渉したりはしなかっただろうけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。私は率直に答えた。
「それに助かった時、アイリス様とエメル様の状態が悪ければきっとオルレアン公爵と夫人が心配するでしょうし」
ウォレス公爵領で攫われただけでも問題なのにその上、怪我でもしたら大変だよ。責任を負うのはアリアのお父様だろうし、最悪、両家の仲だって悪くなるかもしれない。だから傷一つない状態で返さないと。
「……どうかな。アイリスと俺は違うから」
「?」
どういう意味だろうと首を傾げる。
そんな私を見て、エメルは張り付いた笑みを浮かべながら言った。
「俺は養子だからね」
***
そういえば、そんな設定もあったな。エメルの言葉を聞いて、私はひか恋の内容を思い出していた。
エメルはオルレアン公爵の兄の子供だった。つまりアイリスは従妹ということだ。
「それにしてもちょっとくらいは驚くと思ったんだけど……もしかして知ってた?」
「いいえ、初めてお聞きしました」
小説を読んでいたから知っているけど、この世界で聞くのは初めてだったから私は一応否定した。
でもなぜ今、これを私に話してくるのか分からない。
……まさか相談でもするつもり?確かにキオンとアイリスよりは私の方が適任かもしれないけど、よりによって内容が家族に関することだなんて。完全に人選ミスだった。
「やっぱり公女は意外だな。こういう時は普通、慰めてくれたりするものじゃない?」
私の淡々とした態度にエメルは笑った。
実際は家族相談なんて専門外過ぎて、何を言えばいいのか分からずに黙っていただけなんだけど……
「何か慰めることなんてありましたか?」
「……今、俺の話聞いてたよね。養子だって」
「聞いてましたよ。それがどうしたんですか?」
「もしかして馬鹿にしてる?」
うーん、どうやらエメルの地雷を踏んだらしい。貼り付けたような笑顔も薄気味悪かったけど、真顔のエメルはもっと怖かった。
どこで返答を間違えたのか分からず、私は少し焦った。
「馬鹿になんてしてません。ただ、本当に疑問で。たとえ養子だとしても、エメル様がオルレアン家の一員であることには変わりませんよね」
「でも本当の家族じゃない」
「?」
本当の家族とは。もしかして、オルレアン公爵とアイリスの二人とは血が繋がってることを知らないのかな。
エメルが話す度に疑問が増えていく。知らないフリをしないで、知っていると素直に言えば良かったと私は今更後悔した。噂で聞いたとか適当に誤魔化せただろうに。
「……じゃあエメル様の考える家族はどういうものですか?」
私は慎重に尋ねた。これ以上地雷を踏むわけにはいかないから。
「公女の家のようなものかな」
「……」
私のせいで、それこそエメルの考える〝本当の家族〟とはかけ離れてるみたいだけど。
まさかアリアじゃないことに気付いてて、鎌をかけられてるんじゃ……と思ったけど、エメルの表情は真剣だった。
とりあえず、言いたいことは分かった。エメルが考えている家族像も。
血縁がある且つ直系の子供であり、仲も良く、誰から見ても愛し愛されている――確かにウォレス公爵家は理想のような家族だろう。
だけど、私は知っている。オルレアン公爵家も同じくらい素敵な家族だということを。
オルレアン公爵と公爵夫人の二人には数回しか会ったことはないけど、それでもエメルのことを実の子のように愛しているのは見ていれば分かった。
エメルが養子だったことを、今まで忘れてしまっていたほど。
「いいですね」
「は?」
笑った私に、エメルは呆気に取られた声を出す。こんなことを言えばエメルは怒るかもしれないけど、私は羨ましかった。
「エメル様の言うように、実子や養子を気にする人もいると思います」
今より大きくなって、色んな人と出会っていくうちに、そんな人も少なからずエメルの前に現れるかもしれない。
「だけど、それが本当に重要なことですか?他人の言葉や続柄じゃなく、目の前にいる家族をちゃんと見てあげてください」
「……」
「どんな時間を一緒に過ごして、どんな言葉を積み重ね、どんな存在になったのか。私はそれがもっと大事なことだと思ってます。……それに、血縁があるからといって必ずしも愛されるとは限りませんし」
私がいい例だよ。
血が繋がってる法律上の家族だけど、ただそれだけだ。
「――だからたとえ血の繋がりがなくたって、お互いが〝そう〟思えるのなら、家族になれます」
家族の形はそれぞれだから、自分なりの答えを見つければいい。家族でいたい人達と一緒に。
黙り込んだエメルに、敢えてそれ以上の言葉はかけなかった。もし、これでもエメルが受け入れられないのなら、その時は仕方がない。
他人の私ができるのはここまでだ。
……それにしても一体いつから起きてたのか。
なんだか湿ってる気がする膝については、知らないふりをすることにした。




