13.ヒロインは事件事故に巻き込まれるもの
「アリア様!?」
ドアが開いた先には驚愕しているシエナがいた。ドブのようだった顔色は少しマシになっているが、それでもまだ血色が悪い。
「アリア様がどうしてここに…?首都へ行かれたはずじゃ……」
「少し予定が変わって。大したことじゃないしシエナが気にすることじゃないよ。それよりも体調は大丈夫?」
「はい、もう「姉ちゃんソイツ知り合い?」」
頷くシエナを遮り出てきた男は、警戒心を隠すことなくこちらを睨んできた。
「このガキ誰?」
「ちょっとアラン!失礼だからやめて!」
シエナが悲鳴を上げるようにアランという男を止めるけど当事者は何処吹く風と聞き流している。
「そっちこそ何?いきなり出てきたくせに、ボクの妹に対して失礼すぎるんだけど」
可愛らしい顔には似合わない冷たい視線と口調。
まるで小さくなったひか恋のキオンがそこに居るみたいで、私は動揺した。
突然、鈍器で殴られたかのような衝撃だ。
私が固まっている中でも言い合いは続いていく。
「姉ちゃん早く扉閉めて、このガキ達に構わなくていいから」
「ちょっと、ボク達はシエナに用があって来たんだよ。君はお呼びじゃないから。それにさっきから人の妹に対してガキって言ってるけど君も似たようなものでしょ」
そこでようやく思考が戻ってきた私は、アランという男を改めて確認した。
私達よりも年上っぽいけど、それでも三、四歳程度の差だろう。日本で例えるなら中、高生くらいか。
でも確かに、それくらいの子からしたら私達は少し子供っぽく見えるかもしれない。今はちょうど背伸びがしたくなる時期でもあるだろうし。
「一旦止まって」
目の前で繰り広げられているシスコン対決にストップをかける。
静かになった隙を逃がさず、私はすぐに言葉を続けた。
「私はアリア・ウォレス。最後に会った時、シエナの体調が悪そうだったから心配で来たの。仕事のことで話したいこともあったし」
「姉ちゃんが仕えてるワガママで有名な、あのアリア・ウォレス……?」
……ワガママで有名だったの?まさか家の中だけじゃなく、外までそんな噂が広がっていたとは思わなかった。色々聞きたいことはあるけど、今はそんなこと気にしてる時ではない。それに間違った言葉でもないから、信じられない目で見てくる男の言葉を肯定した。
「そう、だから少し話したいんだけどいい?そんなに時間は取らないから」
「それなら良ければ中へどうぞ。そんなに広くはありませんが……」
「いいの?じゃあ、お邪魔します」
ずっとドアの前で話すのもどうかと思い「わざわざ家に入れなくても」と文句を零す男を無視して、シエナの好意を有難く受け取った。
家の中に足を踏み入れると、優しい香りが鼻をかすめた。窓際に置いてある小さな瓶の中に入っている花が、以前作ったと言っていた物だろうか。
「それで高貴なお嬢様が一体何のご用ですか」
当然のように席に混ざったアランが問いかけてきた。最初よりはマシになったけど、まだ言葉にはトゲがあるのは気の所為か。
私はシエナに休暇のことを簡潔に話した。
「だから、次の出勤は来週からで大丈夫。あとこれはお見舞い品」
来る時に買った花とお菓子を手渡す。
「弟と妹がいるって聞いてたから、ちょっと多めに買ってきたんだけど足りるか……シエナ?」
言葉が途中で止まる。シエナが大粒の涙を流して泣いていたからだ。
「な、なに?どうしたの?もしかしてこのお菓子嫌いだった?」
「い、いいえ……そう、じゃ……」
首を振ったシエナがいよいよ本格的に泣き始めて私は慌てた。一体何をしてしまったのか。
すぐ隣にいる弟へ、わざと泣かせたのではないと弁解するため視線を移す。
てっきり「姉ちゃんを泣かせるなんて!」と怒ると思っていた弟もなぜか顔を歪め、今にも泣きそうだったから私は余計に混乱した。
暫くして。ようやく落ち着きを取り戻したシエナは躊躇いながら口を開いた。
「妹と弟が帰って来なくて……」
説明によれば、どうやら数日前に妹が居なくなってしまったらしい。すぐに警備隊に連絡したものの、妹が見つかるどころか弟まで行方不明になってしまったと。
「……もしかしてシエナの弟妹以外で、居なくなった子がいるか知ってる?」
「他の地域までは分かりませんが、この辺に住んでいる子供は数人居なくなりました」
だからここに来た時、周辺がやたらと静かだったのかな。もしかしたら残っている人は、シエナ達のように息を潜めていたのかもしれない。
「……そう、分かった。話しにくいことを聞いてごめんね。帰ったらお父様にすぐ手紙を出してみるから、もう少し待っててくれる?」
涙を溜めてお礼を呟くシエナの横から、ずずっと鼻を啜る音が聞こえる。あの男も、シエナと同じくらいずっと弟妹を心配していたのだろう。
玄関口で頭を下げる二人に背を向けて、来た道を戻る。そろそろアイリス達との待ち合わせの時間が近づいていた。
それにしても、一つ引っかかることがある。
シエナは警備隊に連絡したと言っていた。
それは昨日、今日のことではないだろう。そして、何人もの子供が居なくなっていたらウォレス公爵へ連絡がきているはずだ。
なのにウォレス公爵……アリアのお父様は私達が公爵領に残ることを簡単に許した。
『首都で外出する時は私達と必ず一緒に行動すると約束してくれるかい?』
あの言葉は、アリアの両親と共にのみ外出を許可するという意味だ。
行方不明者が出ているのは首都も公爵領も同じはずなのに、ここに残る時は何も言われなかったのはなぜか。
「……公爵領で行方不明者が出てることを知らなかった?」
不吉な予感が胸中に現れる。
「お兄様、やっぱり今日はもう帰ろう」
「リアがそうしたいなら別にいいけど。何かあったの?」
「後でゆっくり説明するから、とりあえず今はアイリス様達と合流して……!」
待ち合わせ場所に着く直前、何かが爆発したけたたましい音と共に悲鳴が響く。
「きゃあ!」
「アイリス!」
アイリスとエメルの声だ。まずい。
私は「お兄様はここにいて!」と叫び、声が聞こえた方へ走った。
「うっ……げほっ……」
アイリス達が居るであろう裏路地は砂埃が酷く、走ってきた私は勢いよく息を吸ってしまったせいで、思い切り咳き込んだ。
視界が段々と開けてきて、目に入ったのは倒れてる騎士と一人の大男だけだった。
「おいおい、まさか新しい獲物が自らやってくるとはな!」
「アイリス達はどこ?」
見た感じ血痕とかはないし、怪我はしてないはずだけど。もしかして問題なく逃げれたのか。
私の疑問に目の前の男は「こんな状況なのにお友達を心配してあげるなんて優しいなァ〜」とバカにするように笑った。
「心配しなくてもすぐにお友達と会わせてやるよ」
男が呪文のような言葉を呟くと真っ赤な魔法陣が足元に展開された。
アイリス達が逃げれた可能性も考えていたけど、この状況からして魔法でどこかへ移動させられたらしい。
やはりヒロインは事件事故に巻き込まれるものだ。
私は魔法陣が完成するのを黙って待った。今更逃げても無駄だろうし、アイリス達から離れるよりも近くにいた方が無駄にハラハラしなくて済みそうだったからだ。
何より、この男はキオンと残りの騎士たちの存在を知らない。
公爵家の三人が居なくなったと知れば、それなりの人員が動くはずだろうし。
やはりお金と権力は大事だと、私は小さく笑みを浮かべた。
「リア!」
瞬間、小さな手が私を掴んだ。
一瞬で台無しになった計画に頭が痛くなりながら、発動される魔法を遠い目で見つめた。




