12.子猫がじゃれ合ってるよう
私の発言に、アリアのお父様は驚いた。
首都へ行きたいと言ったはずの本人が、出発直前にいきなり行かないと言い出したのだから当然だろう。
最近はワガママ娘のイメージも払拭されつつあったというのに、また逆戻りなのはちょっと惜しいけど仕方ない……
「待って父さん!」
その時、キオンが勢いよく飛び込んできた。私が怒られるとでも思ったのか、庇うように自分の背中に隠す。
例え怒られたとしても、上司の怒鳴り声に比べたら全然マシだろうからそれくらい構わないのに。そんな心情を知らないキオンは必死に声を上げた。
「リアはただシエナのことが心配で残ろうとしてるんだよ!本当はずっと首都に行くのを楽しみにしてたし、準備だって何日も前に終わらせて、お気に入りのブローチを毎日眺めながら――」
「……」
誰か今すぐあの子の口を閉じさせて。
味方からいきなり公開処刑をされ、正直かなり恥ずかしい。これよりなら説教の方がまだマシだった。
だけど幸いキオンの言葉は無駄ではなかったようで、アリアのお父様が感極まった表情で私の頭に手を置いた。
「最近様子が変わってきたとは思っていたが……アリアも成長したんだね」
「……はい。じゃあここに残ってもいいですか?」
「そうさせてやりたいけど、実は今日から屋敷に殆ど人が居ないんだよ」
「え?」
聞くところによればどうやら、家族全員が首都へ行くから必要最低限の人数だけ残して後は全て休暇に入るそうだ。
どうやらこの国も年末年始は仕事を休んで家族と過ごすのが主流らしい。
うーん、むしろ丁度いいかも。
最近は一人で過ごす時間もそんなになかったし、たまには余計な神経を使わずダラっとするのも有りだ。
「一週間くらいなら大丈夫です。完全に一人ってわけではないですし、もし外に出ることがあれば護衛もちゃんと連れていきます」
「だが……」
「リアはボクが守るから大丈夫」
渋る父親へ、今まで黙って聞いていたキオンが勇ましげに告げる。ちょっと待って。
「お兄様も残るの?」
「うん、だってリア一人だと寂しいでしょ?」
寂しいどころか、結構快適に過ごせそうだよ。
「私は大丈夫だから行ってきなよ」と言いたいけど、一度残ると決めたキオンの考えを変えるのは無理だとすぐに諦めた。キオンは意外と頑固だから。
結局、共に行く予定だった護衛数人とキオンの侍女を残してアリアの両親は首都へ向かった。
「本当に行かなくても良かったの?」
キオンから聞かれ、考えてみる。残念じゃないといえば嘘になるけど、もしあのまま行ったとしてもシエナがチラついて全力で楽しめそうにもなかった。
それに部下を心配するのは、上司の役目だ。
「まぁいいよ。次の機会まで楽しみはとっておくから。お兄様こそ良かったの?」
私と同じくらい楽しみにしてたはずなのにキオンは未練一つなく「一緒に行くならリアが居なきゃ」と言って笑った。
家に残ったからといって私がシエナに何かできることがあるわけでもなく、ただのんびりと一日を過ごす。結局、普段の生活とほとんど変わったことはなかった。
「アリア様、こんにちは!」
「何で二人ともここにいるの?」
翌日、なぜかアイリスとエメルが現れ、私は驚いた。
なぜここに、と思ったのはキオンも同じだったらしい。
「キオンとアリア公女が首都へ行くって言っていたから、俺たちも父上にお願いして連れて行ってもらったんだよ。それなのにいざ首都に着いたら二人は居ないんだから、アイリスが落ち込んじゃって。結局今日、戻ってきたわけ」
恥ずかしそうなアイリスの代わりに、エメルが説明してくれた。
まさかアイリスとエメルが戻って来るとは思わなかった。アイリスとは違い、エメルが戻ってきたのは不本意だったようだけど。
「とりあえずクッキーでも食べますか?」
時間があって、人目も少ないからと昨日、キオンと焼いたクッキーが残っていた。
いつもよりおやつの質は落ちるけど、何もないよりはマシだろうから我慢してほしい。
「美味しいです!キオンとアリア様が焼いたのですか?」
「はい、お口に合ったのなら良かったです」
「普通だね」
「何言ってるの。すごい美味しいの間違いでしょ」
普通と答えたエメルにキオンは不満げで、その表情はどこかひか恋のキオンを彷彿させた。
毒舌のキオンと女好きのエメル。
幼い頃から友人だった二人は、いつしか火と油のように相容れない関係に変わっていった。
今の可愛いキオンのまま成長してほしい私としては、エメルに突っかかるキオンを見る度に少しだけ不安になるのだ。
まぁ、ひか恋の二人と比べたら、今は子猫がじゃれ合ってるようにしか見えないけど。
「ところで、今日はお兄様と一緒に夕飯は外で食べる予定なのですが、宜しければお二人もいかがですか?」
シエナのお見舞い兼、休暇の延長を伝えに行く予定だった。使用人達が一気に休みに入るとは知らずに出勤日を伝えてしまったのだ。
シエナなら体調が万全でなくても明日は来る可能性が高いから、その前に念を押しに行く必要がある。
そのついでに、帰りは街でキオンと食事をするつもりだった。
アイリス達に尋ねたのは礼儀上であり、この後予定があることを伝えるためでもあった。
「是非ご一緒させてください!」
だから別に断られても良かったんだけど、アイリスが嬉しそうなだけにバツが悪い。
いいや、ヒロインが喜んでいるのだから良いことだ。私は前向きな思考に切り替えた。
***
「じゃあ一時間後にまたここで」
街へ出た私達は、一度別れることにした。
さすがに全員でシエナの家に押しかけるわけには行かないからだ。
「……ここであってるよね?」
キオンと護衛二人を連れて向かった住宅街。
一つの家の前で私は足を止めた、のだけれど……何だか静かすぎる。
シエナの家だけじゃなく、この周辺全体が。
トントン。
「……」
トントン。
「……」
ドアをノックしてみても、帰ってくるのは静寂だけだ。
「居ないのかな?」
キオンが不安そうに呟いた。静かすぎる雰囲気が、少し不気味だったからだろう。
私は以前見た恐怖映画のワンシーンを思い出した。
だけど大丈夫だ、この世で一番怖いのは幽霊や怪物じゃなくて人間だから。
「シエナいる?私だよ、アリア・ウォレス」
名乗りながらもう一度ノックをする。これで出ないなら諦めるしかない。
ノックをして数秒。キオンに帰ろうかと伝えるために口を開いた時、家の中からバタバタと音が聞こえてきて、ついにドアが開いた。




