11.意外と役に立つ
「キオンとアリアも一緒に首都へ行くかい?」
夕食中、突然訪れた幸運に私は心の中で悲鳴をあげた。
本当ならばその場で飛び跳ねたかったくらい嬉しかったのだけど、幸いなことに感情よりも理性が勝利した。
「私達も行って宜しいのですか?」
必死で心を落ち着かせながら聞いた私の問いに、アリアのお父様は優しく頷く。
「以前、アリアが首都へ行きたがっていた時は行かせてあげられなかったからね。今回は私達も一緒だし、二人が望むなら連れて行ってあげられたらと思ってるんだけどどうだろう?」
そんなの、当然行くに決まってる!
私はもちろん、キオンも喜んで行くと答えた。
そして一夜が明けた今、私は真剣に浸っていた。
お気に入りのブローチのうち、どっちを首都へ付けていくかという幸せな悩みに!
「これが一番好きなデザインだけど、でもやっぱりこっちの色の方が……」
「ふふっ、どちらも素敵ですよ」
「リアまだ悩んでるの?もう二時間だよ?」
優しく笑うシエナとは反対に、いい加減待ちくたびれたという声でキオンがぼやいた。
キオンが遊びに来てからいつの間にか二時間も経っていたらしい。正確には昨日から悩んでいることだから、時間で計算すれば二時間どころではないんだけど……まぁ、あえて言う必要はないことだ。
「決めた、こっちにしよう」
悩んだ末に、私はデザインが好きな方に決めた。
大きなルビーの宝石に、金の線条細工がほどこされているブローチは一番のお気に入りで、普段から大事にしているものでもあった。
結局選んだのはいつもと同じだったけど、悩んでいる時間も楽しかったからいいのだ。
「リア首都に行くの楽しみ?」
そこで私は、子供のようにはしゃいでいたことにやっと気がついて恥ずかしくなった。
「……うん」
でもそうだね、認めるしかない。私は素直に頷いた。今更取り繕った所で遅いことも知っていたし。
「どこか行きたいところがあるのですか?」
シエナの言葉に私は悩んだ。行きたいところがあり過ぎて。だけど、もし一つだけ選ぶならやっぱり、
「サン・クレール……ってお店に行ってみたい」
サン・クレールはひか恋のノクスとアイリスが初めてデートした店であり、私がノクスを推すことになった原点の場所でもある。
デートする二人を見れたらもっと最高だったけど、さすがにそこまで高望みするわけにはいかない。
「じゃあそこに行こう!」
「そうですね。せっかく首都まで行かれるのですから、アリア様が行きたいところへ行くのが一番だと思います」
「……うん、二人ともありがとう」
キオンとシエナがかけてくれる言葉に、私は自分でも知らないうちに笑った。
「リ、リアが笑った!」
「?」
キオンが目を見張って、いきなり声を上げた。
そりゃあ笑うよ、人間だし。
当然のことなのに、シエナまで驚いているのはなぜだろう。私は思わず眉を寄せた。
「今までも笑ったことくらいあるじゃん」
「そうだけど違うんだよ、笑顔が!」
今までだって普通に笑ってきたのに、何が違うのかよく分かんなかったけど……嬉しそうだからいいか。
この二人の中で、私は一体どんな風に見えてるのか少しだけ気になった。
***
「キオン、アリアちょっといいかな?」
首都へ行くまで一週間が残ったある日、アリアのお父様が深刻な表情で私達を呼んだ。
「最近、首都で行方不明になっている子供たちが増えていているんだ」
「……行方不明ですか?」
予想外の発言に、戸惑いながら尋ねれば一つずつ説明してくれた。
ちょうど三週間程前から首都で行方不明者が出始めたこと。狙われているのは貴族ではなく平民だということ。そして昨日、ついに首都以外でも行方不明者が出てしまったこと。
段々と重くなっていく雰囲気に私は口を噤んだ。
そして、アリアのお父様が言おうとしていることも分かってしまった。
そんなことが起きているのだ。子供達を愛しているアリアの両親が、わざわざ危険な首都へ子供を連れていくはずがない。領地に残って留守番させた方が安全だと思うに決まっている。
こんな時に、こんなことを思うなんて利己的だと分かってはいるけど……少し残念だった。
同時に、仕方がないことも分かってるから、諦めた気持ちで次の言葉を待った。
「だからキオンとアリアには悪いけど、首都で外出する時は私達と必ず一緒に行動すると約束してくれるかい?」
「え?首都へ行ってもいいのですか?」
想像してたのと違う言葉が出てきて、私は慌てた。こういう時は連れていかないのが一番いい方法なのではないか。そうすれば余計な心配をしなくても済むわけだし。
……まぁ私は親から心配してもらったこと自体ないから想像でしかないけど。
何でわざわざ私達を連れて行ってくれるのか理解できないけど、余計なことを言って首都行きを台無しにする理由もなかったので私は素直に受け入れることにした。
***
明日はついに念願の首都だというのに、一昨日からシエナの様子がおかしい。
普段は真面目で気を抜いたりしないシエナが、心ここにあらずといった様子でぼんやりすることが増えた。
疲れてるのかなと思って昨日までは放っておいたけど、ちゃんと眠れていないのか今日は目の下にクマもできている。
「うーん……」
「どうしたのリア?急に鏡見たりして」
「私って子供なんだなって」
「リアは子供だよ?」
そうだね、改めて現実を教えてくれてありがとう。
シエナに何かあったのか聞きたかったけど、今の私に相談してくれるとは思わなかった。
もし私がシエナの立場だったら少なくとも子供に相談はしないだろうし……
結局見守るしかないと結論付けた次の日。私は何も聞かなかったことをすぐに後悔した。
「シエナ!?」
シエナの顔色がもの凄く悪かったからだ。例えるならドブのような色で、今にも倒れそうだった。驚きのあまり、ぽかんと口を開ける私にシエナは「おはようございます、アリア様」と丁寧に挨拶した。
「シエナ、今日は帰って休んで」
「え?ですが、今日は――」
「首都に行く日だけど、シエナは連れて行けない。今にも倒れそうじゃん」
シエナの言葉を遮り、私は続ける。
明らかに体調が悪い状態の人に仕事を強要することはできなかった。
「とりあえず今日、明日は休んで、明後日からは体調が良くなったら出勤して。お父様には私から言っておくから」
「しかし、そうすればアリア様のお手伝いは……」
「私は大丈夫だから、早く帰って休んで。ちなみにこれは命令だから」
こんな時まで人の心配だなんて。
私はつきそうになったため息を我慢した。
優しいのも良いことだし、それに救われる人もいる。だけど、優しすぎるのも考えものだった。貪欲さも時には大切だ。
「命令」と言えばようやく受け入れたシエナを複雑な気分のまま見送る。
……まさかこのことで横暴な上司という印象になったりはしないだろう。一応シエナのことを考えての命令だったわけだし。
嫌な考えを急いで振り払った。それよりも今は先にすることがあるから。
「アリア、そろそろ出発するよ。……あれ、連れて行く侍女はどこにいるんだい?」
「ああ、体調が悪そうだったので帰しました。それよりお父様」
最初、ワガママ娘になった時は最悪だと思ったりもしたけどこういう時、意外と役に立つようだと考えを改める。
「やっぱり首都には行きません。面倒になったので!」
私はにこりと笑って言った。




