10.四季の行事
ルペリオンには四季ごとに四つの大きな行事がある。
春の花祭り、夏の建国祭、秋の狩猟大会、冬の舞踏会、そして推しの生誕祭。
うーん、四つじゃなくて五つだったな……
他にも行事はいくつかあったけど、王室で開かれる大規模な行事の中で私の印象に残っていたのはこの五つだった。
色々ある行事の中で、最も盛り上がる舞踏会がもうすぐ近づいているせいか、アリアの両親はいつも以上に忙しそうだった。
正直、羨ましい。デビュタント前で参加資格がない私は残念ながら今回も強制的にお留守番だからだ。
働いていた時は、働かずに済む子供たちが羨ましく感じたのに、いざ子供になってみると大人が羨ましく感じるなんて……やはり人間はないものねだりの生き物だ。
「リア〜」
羨望を渦巻かせる私の元にキオンが遊びにやってきた。
かなりの高頻度で私の所に来るけど、一体何がそんなに楽しくて来るのか。
疑問がつい口から出そうになったけど「一緒にいるだけで楽しい」のような答えが返ってくるであろうことは分かりきっていたから、無駄なことを口にするのはやめた。
「リア、一緒に庭園に行かない?」
……この寒い日にあえて?
十二月に入り気温も一気に下がったというのに、自ら進んで外に行こうとしてるキオンを信じられない目で見た。
ルペリオンに雪は滅多に降らないらしく、雪が降る国に比べたらかなり暖かいようだけど、それでも寒いものは寒い。
つまり、外に出たくないということだ。
「今日は中に居よう」
「昨日も一昨日もそれ言ってたよ?」
そうだね、寒かったから。しょうがないと一人頷く。
だけど正直、少し驚いたりもした。キオンがそんなに庭園が好きとは思わなかったから。
小説の中のキオンは花を愛でるような性格では絶対になかったし、どちらかといえばインドア派だったからだ。
本当ならば「そんなに行きたいなら一人で行ってきたら?」と言いたいところなんだけど……私は言葉を飲み込み、代わりに別の案を出した。
「今日は室内で過ごして、次にアイリス様とエメル様が来た時に一緒に庭園に行ってきたらどう?」
アイリスならきっと喜んで一緒に行ってくれるはずだ。エメルはどうか知らないけど。
「でも、リアは庭園が好きでしょ?」
「うん?まぁ嫌いではないけど」
透き通った泉水と、それを囲むように咲き誇る花。天気が良い日は、太陽が水に反射しキラキラ輝く様はとても綺麗だった。
だけどお茶や散歩をするには、冬の季節はあまり向いていない場所でもあった。寒いからね。
「だからリアが楽しいかと思って」
「……」
キオンが残念そうにガックリと肩を落とす。私は温かい紅茶と読みかけの本を前に視線を移し、暫くの間葛藤したけど、後ろ髪を引かれながらも元の場所へと顔を戻した。
「…………外に行くならもう少し暖かくしてきて」
「うん!」
キオンが兄で、私が妹なことを時々忘れそうになる。
上着を取りに戻るキオンの背中を眺めながら、もし弟がいたらこんな感じだったのかなと少し想像してみた。
「うう寒い」
吐き出した息が白く染まる。キオンはこの程度の寒さなら平気なのかと思っていたけど、そういうわけではなかったようだ。
「お兄様」と呼ぶとすぐにこちらを振り向いたキオンの首に、マフラー代わりに着けていたストールを巻く。リボンに結べばポンチョのようなコートと相まって可愛いらしかった。
「ボクに巻けばリアが寒くなるよ?」
「思ったより寒くなかったから大丈夫」
元々そんな長く外にいるつもりはなかったけど、予定よりも早めに切り上げるべきだと考える。
キオンが投げてくる会話へ適度に返答しつつ庭園を歩いてくうちに、新しい花が咲いているという話から、いつの間にかエメルへの文句に変わっていった。
「エメルがリアのこと構い過ぎじゃないかって言ってくるんだよ。もう少し妹離れしたら?って!」
「それはまぁ……」
私もちょっと思う。でも小説の中のキオンとアリアは今よりも距離がある兄妹だったし、もう何年かすれば自然と妹離れはできそうな気もするけど。
そうなれば少し寂しくなるかもしれないと、思わず笑いが零れ――唇を噛んだ。
そんなこと思う資格なんて私にはないくせに何を。
ずっと、消えない疑問がある。
……こんなに妹を大事に思っているキオンが、アリアがいなくなったことに本当に気が付いていないのか
それはキオンだけじゃなく、アリアの両親やシエナに対してもだ。
子供の性格がある日突然変わっただなんて、そう簡単に受け入れられるのだろうか。
あの時は、大して関わりがなかったはずの使用人達の視線も感じたくらいだし、アリアに近い人はもっと疑問に思ったはずだ。
……なんてのは、私の考えすぎかな。
記憶の中のアリアと私の性格は明らかに違ってて、それでもアリアらしく過ごさなかったのは、心のどこかで私がアリアではないとバレても構わないと思っていたからかもしれない。
いくらアリアの記憶があるとはいえ結局、私とアリアは他人でしかない。
記憶を頼るとしても限界があって、一生このままで居れるとも思っていなかったし。
「リア!」
鼻を赤くしたキオンが私を呼ぶ。
それなのにどうしてだろうか。私に向けられたあの笑顔を失うことが、なんだか惜しく感じた。
***
「寒くはございませんか?」
「うん、大丈夫」
キオンとの散歩を終え、室内に戻ってきた私はシエナが淹れてくれた温かい紅茶を飲み一息ついた。
やっぱりシエナが淹れるお茶が一番美味しくて安心する。
最初の頃とは違って今はシエナ以外の使用人達との関係も悪くはない。
シエナが休みの日とかは時々他の人が来てくれるけど、最初の時から今までずっと態度を変えないで居てくれるシエナはやっぱり特別だった。
まぁ、アリアを敬遠していた気持ちも分かるけどね。使用人達にも感情はあるのだから、嫌いな人はなるべく避けたいだろうし。
だからこそ、余計にシエナの有難みを実感できるわけで。
「あれ、シエナからいい匂いがする?」
「先日お花を頂いたので、恐らくその香りだと思います」
乾燥させた花をオイルと混ぜて、容器に入れたあと飾っているらしい。そのようにした花は長持ちするだけでなく、香りも楽しめるそうだ。
香油や香水は高価だから平民は好きな花を使って自分で作ったりするとシエナは教えてくれた。
そんな風にシエナとの会話を楽しみ、訪れた夕食の席。
私は歓喜の悲鳴をあげることとなる。




