グループ発表 #6
最後のメンバーである 奏良が揃ったところで、グループAのオリジナル曲の発表となる。
STELLA LOVE HAPPINESSのオリジナル曲は《My Treasure》―――《僕の宝物》という意味だ。
「!?」
奏良一人だけ、リューイチの顔を仰ぎ見る。
「どうしたの、奏良ちゃん?」
ニヤニヤと笑う顔が 意地悪い。
どうしたも、こうしたもない。
A、B、Cのオリジナル曲は、他の曲に決まっていたはずなのに。
「へ、変更したんですかっ!?」
「しました、三つとも。 みんなイイ曲でしょ?」
「さっき聴いた他の二つも、すごくかっこいい曲でしたよ!」
「そうでしょ、そうでしょ」
「……………」
素直に感想を述べてくれるルーカスには申し訳ないが、奏良の額には じんわりと嫌な汗が浮かぶ。
「奏良さんも一緒に聴けたら 良かったのに」
「どうせ すぐに練習始まるんだから、たっぷり聴けるだろ」
そのうち聴くもなにも。
―――――三曲とも、作ったのは自分なのだ。
手渡された 新しい企画書には、グループ名とメンバー氏名、オリジナル曲が記されているが、奏良が持っていた物とは違っていた。いつの間に、更新されたのだろう。
通常、社内のデータベースから《歌詞》を選んで曲を作成する。
音を作った後は《編曲者》に預け、音源として出来上がってから、誰かが《仮歌》を入れる。
今回の三曲は すでに仮歌まで収録済みというわけで、どう仕上がったのか、完成形はまだ奏良自身も知らない。
〜♪♫♬〜〜♪♫♬〜♬〜〜♪〜♬〜〜
歩くより少し早めの、ミドルテンポ。
連続再生に一番向いている、中毒性のある速さだ。
編曲者はキミ。
六十点のものでも百点に格上げしてくれる、神業の持ち主だった。
旋律を崩さない絶妙な伴奏と、計算し尽くされた装飾音。
イイ曲にならないわけが ない。
〜♬〜〜♪♫〜♪♬♪♬〜♬〜♪〜
「メロディが全体的に とにかくキレイだから、歌ったら気持ちよさそう」
「音の並びが自然で、馴染むっていうか……。ハーモニーが映えそうですよね」
「あとは、誰が、どの部分を歌うか。パート分けだよな」
「………情熱的で 前向きな歌詞なのに、なんだろ、すごく切なくなる。不思議な感じです」
四人とも反応はバラバラだが、概ね曲を気に入ってはくれたようだ。
〜♪〜〜♬♪♫♬〜〜♬〜〜♪〜♬〜
曲の冒頭、アカペラのサビから始まるパターンだ。
サビを直訳すると『僕は君に夢中。君以外 何も見えない』だ。
愛を歌ったLove Songだが、本来の歌詞は《夢への渇望》を意味している。
新人アーティストに向けて作成してあった曲だが、まさか自分が歌うことになるなど思いもしなかった。
『サビ:I'm crazy about you
I can't see anything but you
Woo Woo……
Aメロ:もう忘れよう これが最後だと
こぼれる涙 苦しくて
歩き出し また戻る
何度 自分に問いかけても
There is only one answer
君がいい 君しかいらない
Bメロ:We gotta hurry
機会は作るもの
怖がらずに
Trust your heart
なんだって できる
失うものは何もない
Cメロ:君への想いが 僕を強くする
あきらめない その場所へ
何万回ダメでも
終わりなんてない
サビ:I'm crazy about you
I can't see anything but you
Woo Woo……
胸 しめつける
The only treasure
ゆずれない
You are my treasure』
「この歌詞には、STELLAのみんなが一番ピッタリくると思ったんだ」
決まっていた曲を変更したのは、リューイチなりの理由がある。
夢を追いかけて、夢を掴むために 一途に努力する。
《失うものは何もない》――――まさに背水の陣。
ラストチャンスと決めている ルーカスと春音は特に、歌詞の意味を 噛み締めているようだった。
「他のグループとは全然違う系統だけど――――なんか、ボクたちっぽいですね」
「………………すごく真っ直ぐで、《何万回ダメでも》ってところ、胸に刺さります。僕もそんな気持ちだったから」
派手さには欠けるが、説得力はあるタイプの曲だ。聴けば聴くほど、味が出てくるだろう。
「この曲を武器にして、全国行脚を戦ってください。奏良ちゃんも…………いいね?」
「……………はーい………」
「何、曲が気に入らないの?」
唯織の鋭い問いかけに、ドキッとする。
「! まさか! そうじゃなくて……」
単純に、恥ずかしいだけです――――とも言い難い。
「………?」
恥ずかしいやら 変な汗は出るわで、曲を聴くだけで奏良はぐったりしていた。
……………本当に、大丈夫かな。
メンバーとしてやっていけるのかな。
《弱気の虫》が大量発生し始めたのを 察知したのか。
リューイチが さらなる攻撃を仕掛けてくる。
「他の二つには、専属プロデューサーがいるけど。ここは――――STELLAには、あえてプロデューサーはつけません」
「えっ」
「!?」
言葉の意味に、奏良は 青ざめた。
《セルフ プロデュース》
まさか、だ。
ここで、その方法を取るというのか?
「チームリーダーは、唯織にやってもらいます。ただ、今回はセルフ プロデュースとなるので、全員で自分たちのプロデュースをしてもらいます――――そこで、プロデュース経験のある奏良ちゃんに、《プロデュースリーダー》を任せます」
「プロデュース経験って?」
「ほら、今活躍中の《BD》、彼らを作り上げてデビューさせたのは奏良ちゃんです」
「えぇっ!」
「奏良さん、何者!?」
スタッフといえど、種類は様々だ。
リューイチのような上層部は、企画や運営をこなすプロジェクトの要だ。
それ以外は、現場スタッフ、設営スタッフ、撮影スタッフ、衣装スタッフなどに別れており、《縁の下の力持ち》的な 影で支えるスタッフ達だ。
それから、候補生と直接関わるサポートスタッフがある。
「奏良ちゃんはサポートスタッフであると同時に、企画スタッフでもあるからね。サポートもするし、時にはプロデュースもする。だから、今回はプロデューサーを立てなくても出来る、と判断したんだ」
「無茶苦茶 言わないでくださいよ……」
セルフ プロデュースなんて、とんでもない。
一見、聞こえはいいが、自分たちの精度を上げつつ、世の中に売り込んでいかなくてはいけない。
相当ハードルが高いのが、想像できてしまう。
「大丈夫、大丈夫。プロ歌手の二人もいるし、やってみてダメだったら また考えよう」
「………確かに、そうっすね。やってみないとわからないし」
怖いものなし、の尊は 意外にも乗り気なようだ。
「はい、じゃあ今日の説明は以上で終了です。後は、グループごとの会議を――――――」
言いたいことだけを言い終えて、リューイチは去っていこうとする。
「ま、待った、待った! ………確認しますけど!」
奏良は重要なことを、見逃さなかった。
「…………《制限》て、どこまでですか?」
* * * * * * * *
「制限?」
さすが、追い込まれた途端に反応が早くなるな―――と思いながら、リューイチは内心 ほくそ笑んだ。
後ろ向きになりそうな奏良のことを、長年の付き合いからか 熟知していた。
他人のためには頑張れるのに、自分のことになると 途端にポンコツになる。
とにかく、自己評価が低すぎるのが原因だ。
前に出ようとせず、一歩下がって 周りの補佐をするようなタイプだから。
逃げられないように、言い訳できないように。
自分で戦うしかない――――そうなるように、仕向ける。そうなるような状況を作り出せば、嫌でも奏良は動き出すしかない。
本来、やれば できる子だ。恥ずかしいと、前に出たがらないだけで。
知識も、経験も、いざという時の度胸も、覚悟もある。
きっとそれは、グループにとって 無くてはならないものだから。
――――――さぁ、どう出る?
君が動かないと、STELLAはデビューできないぞ?
「………セルフプロデュースっていっても、《フォロー》が必要ですよね?」
「うん?」
「講師とか、スタッフとか……補足として追加で依頼してもいいってことですか?」
「必要なら、そうなるね」
必要に決まっている。
候補生といえど、まだプロではない。
足りないところを補強し、強みを強化しながら 曲を作り上げていくには、通常の講師たち以外にも 多くの助けが必ずいる。
「………権限はどこまで?」
「逆に、聞くけど?」
これは、リューイチと奏良との一騎打ち。《真剣勝負》だ。
奏良が、どこまで、《本気》になれるのか――――― 試しているのだ。
「権限を、どこまで持ちたい?」
「全部、です」
探るようなリューイチの言葉に、奏良は迷いなく即答した。
二人の真剣なやり取りに、他の四人は 気圧される。
「許可してもらえるなら、全部です。中途半端な権限なんて、意味がない。ハッキリさせましょう」
「フフ、言うと思った。いいよ、社長の許可はとってある。好きにやってOK」
「本当ですね? 後からダメとか言ったって、ききませんよ?」
プライベートはともかく、仕事に関しては どちらかといえば《戦闘型》だ。攻めるところは攻めるし、やることも早い。
「知ってるよ。とにかく、最終目標はデビューできるようにすること。あえて制限するなら、《社内》に限らせてもらおうかな」
DHE MUSICに長年勤めている奏良は、これでも多方面に顔がきく。
オールOKにしてしまったら、収集がつかなくなりそうだ。
「…………社内限定、ですね?」
「うん、それでいこう」
「…………わかりました」
もう、やるしかないのは痛感しているはずだから。
誰よりも、何よりも、グループのために。
奏良は、武器をとって戦うしかなくなった。
「よし、じゃあ会議開始ね!」
今度こそ、リューイチは室内をあとにした。
ここから どう進めるかは、奏良次第。
個性的な四人のメンバーを、どう成長させながら 輝かせるのか。
「……………頑張れ」
人見知りが激しくて、兄の影に隠れたがる幼子は、もう いない。
「さて、俺も仕事するかな」
プロジェクトの総合責任者として、三グループを 確実にデビューさせて、売っていけるように。
上層部として、彼らの歩く道の《舗装》をしていかなければならない。
彼らが、不安なく歩いていけるように。
「次の報告が、楽しみだな」
自らも《TEMPEST》というグループでの歌手活動をしながら、このプロジェクトを並行して行っている。
若い候補生たちに負けないように。
先輩として、カッコ悪いところは見せられない。
リューイチは足取り軽く、スタッフ会議室に向かうのだった。
* * * * * * * *
リューイチが出て行って、InfinityもThe One and Onlyも、それぞれグループで会議を始めていた。
残されたのは、STELLAのメンバー五人。
唯織、尊、ルーカス、春音、それに奏良だ。
誰が、口火を切るか。
お互い、最初の一言を躊躇っているのが丸わかり、まるで《お見合い状態》。
人生をかけた《大事な仲間》となるのだ。軽々しく口を開いていいものか――――と、全員が感じていたのだろう。
だからといって、最初から コレは、よくない。
「えーと。……いいかな?」
元スタッフとして、最年長として、一社会人として。
人見知りが激しい性格ではあるけれど、最初が肝心。初手を有耶無耶にしたら、きっと後悔することになるだろう。
長年の経験から…………ここは《先手必勝》。
体当たりが、正解。小細工はいらない。
本気で彼らと 向き合いたいと思うなら。
「………改めまして、綿貫 奏良です!」
「!」
「!?」
いきなりの自己紹介?
四人とも さすがに面食らったようだ。
「何か色々ありすぎて、みんなもそうだろうけど、正直 私もまだ動揺してます」
それは、事実。
いきなりアーティストになれ、だなんて。
ドッキリの企画にしても、質が悪すぎる。
「でも―――――」
だからといって。
「いい加減な気持ちで、いるわけじゃない」
「!」
ずっと見てきたのだ。
候補生たちの頑張りを、一番近くで。
「いきなり認めて……なんて、そう簡単にはいかないだろうけど」
今、決めた。
ようやく、ここにきて。
本当の、《覚悟》が持てたから。
真っ直ぐに、四人を一人ずつ見渡す。
瞳は、言葉以上に 真実を語るから。
「みんなをデビューさせたいのは本当。そのためには、何だってする」
もう気持ちだけでは、戦いきれない。
「持ってるものは、すべて出す。使えるものは何だって使う。足りなければ、奪ってでも持ってくる。私がSTELLAに必要だってことなら……もう迷わない」
自分自身だって 利用しよう。
奏良にとって、《百》以外はあり得ないのだ。
「百ないなら、ゼロでいい。最初から やらないし、やる価値も無い。私はそう思ってるから」
全力で。
誰に何を言われようとも、振り返らずに。
批判だって、すべて受け止めるから。
「だから――――――」
万感の思いを込めて。
「これから、よろしくお願いします!」
奏良は頭を下げて、自分なりの思いを精一杯 伝えようとした。
裏表の無い、言葉と態度。
長い説明は不要。簡潔な言葉は、それだけで本気度を表してくれるから。
《本気》に対して、四人はどうするか。
スルーする? 戸惑う? 反発する?
張り詰めた、緊張感。ほんの数秒が、永遠にも感じられる。
「………」
「………」
「………………………プッ………」
真剣な雰囲気をぶち壊すように、不謹慎にも吹き出したのは 誰なのか。
「ちょっと、今の誰?」
「……そうだぞ、真面目な話をしてたのに」
「何でボクの方を見るんですか!? ボクじゃないですよ!?」
「………今のは、唯織くんだと思います」
最年少 春音の密告に、最年長 唯織は イタズラがバレた子供のようにペロリと舌を出す。………あざと可愛い二十六歳だ。
「だって…………奪ってでも、って。普通、女のコが言う?」
「……まぁ、確かに。奏良さんて、実は意外と武闘派?」
「そういうところが奏良さん、最高♪」
「……かっこいいです」
その場の空気が、一気に明るく騒がしくなる。
「………え?」
顔を上げれば、見慣れたいつもの みんなの笑顔。
「………俺たちが始めに 言い出さなきゃいけないところだった。ごめん、ちょっと……ビビってた。奏良さんから 先に言わせてしまって申し訳ない」
男らしくなかった―――と、硬派な尊らしい、謝罪。
「選考会の歌を聴いて、マジでちょっとムカついてた。………オレたちより、上手かったから」
渋々、不服そうに。
けれど 実力を認めてくれるのは、パフォーマンスにはうるさい唯織だ。
「ムカついだけど………だからこそ、一緒に歌いたいと思ったのもホントだから」
好き嫌いがハッキリしている彼からの そういった言葉は、何よりも嬉しい。
「ボクは、奏良さんが一緒、って聞いたときから、ホントもう 《嬉しい!》しかなくて」
笑顔全開。
ルーカスがいつものように、両手を大きく広げる。
「………奏良さん♪」
スキンシップが当たり前――――のルーカスに合わせて、二人でギュッとハグをする。
「一緒に頑張りましょう!」
「うん、よろしくね!」
「ぼ、僕も! 僕も、奏良さんがいてくれて嬉しいし、心強いです!」
チーム最年少、おっとりタイプの春音が慌ててあとに続く。
「………ありがとう、春くん」
春音とも優しくハグを交わすのを見て、上の二人が 顔を見合わせた。
「………何してんの。……俺たちは?」
「おかしいでしょ、差別は よくない」
付き合う年数としては 一番新しい二人に、そんなことを言われる日がくるとは。
嫉妬を帯びた台詞に、思わず 奏良の顔がほころぶ。
「………尊くん」
「……うん」
「唯織くんも」
「………よし」
改めて、二人と 初めてハグをする。
照れくさいけれど、何よりも 嬉しいが勝っていた。
最後に、全員で輪になって肩を寄せ合う。
「この瞬間から、オレたちはSTELLA LOVE HAPPINESSだ」
チームリーダーの唯織が音頭を取る。
「何があっても、俺たちは五人でチカラを合わせていこう」
力強い言葉で、尊はチームを鼓舞する。
「この五人なら、何でもできます!」
「よろしくお願いします!」
ルーカスと春音の年少組が引き継ぐ。
そして、最後に。そんな彼らを見て。
「…………みんな、かっこいいなぁ」
奏良の思わず漏らした本音に、一同 ガックリとなる。
「………ちょっと、奏良さん?」
「え、褒めてるんだけど」
「褒めてくれんのは嬉しいんだけど」
何かマズイのか?
小首をかしげる姿に、男性陣は ウッと言葉に詰まる。
―――――――か、可愛い。
五人の中で一番年上だと知ってはいたが、年齢を無視した この可愛さはなんだろう。
無垢な瞳で見つめられたら、たちまち反論などできなくなる。
「?? みんな、これから よろしくね!」
本人に何の自覚もないからこそ、一種の無法地帯。予告なしの爆弾のようなものだ。
犯罪レベルの《可愛さ》、天性の《魔性》。
リューイチにそう言わしめる奏良の《威力》を、これから四人は イヤというほど味わうことになるのである。