掴みたい夢と 加速する 恋心 #2
十二月 十四日。
明日から再開する全国行脚に向けて、各自が《仕上がり具合》を確認している中。
周囲に悟られないように――――奏良は注意深く 息を深く吐き出した。
「ふぅ……………」
――――なかなか、思うようにはいかない。
《技術的》な面でも―――《精神的》な面でも。
あと、何をすれば、今いる場所から抜け出せるのだろう。
前向きには なっているはずだ。
誰かのためではなく、自分の《未来》のために。
――――まだ、足りない? だとしたら、何が?
あるアメリカの心理学者は、人間の基本的欲求を五段階に分類する『欲求段階説』を提唱した。
それによると、『生理的欲求』『安全欲求』『所属と愛の欲求』『承認欲求』『自己実現欲求』とあり、低次の欲求が満たされると次の段階に移る―――とされている。
食事、睡眠などの『生理的欲求』は、生きていくための自然な欲求だ。誰にだってある。
続く二番目の欲求である『安全欲求』。誰にも脅かされることなく、安全に生活していく―――これも人間の本能というべき自然な欲求だ。
何かあっても自分で対処できるし、足りなければ 何だって武器に変えることだってできる。
STELLAの仲間が《過保護》すぎるのだ。
心配して、あれこれ世話を焼いてくれるが、そこまでしてくれなくても……というのが本音だった。
嬉しい反面、『大丈夫』という言葉の信用度が低いということは由々しき問題なので、今後 改善していかなければならないと思ってはいる。
では、三番目の欲求『所属と愛の欲求』。集団に属し、仲間からの愛を得たいと求める―――『所属』とは、今まさに この《活動》がそれに当てはまるだろう。
仕事上、他部署や大勢と協力してきたとはいえ、この地位を築くまでは年数もかかったし、《単独行動》をせざるをえなかったこともある。
元々が人見知りなせいか、集団で何かを行うことが怖くもあったし、避けて通れるものならそうしたかった。
一人なら、一人の方がいい。
失敗するのも、傷つくのも、自分だけだから。
けれど、今回のグループ結成によって、朝から晩まで仲間と過ごしてきた日々は、確実に 《そういった意識》を変えてくれた。
面倒でも、いい。
一人ではないからこそ、出来ることもある。
《仲間》という言葉は、その言葉以上に《チカラ》を持つことを、この数ヶ月で 初めて実感したのだ。
彼らとの時間は、もうとっくに《かけがえのないもの》として、自分の中に定着してしまっている。
今さら、この《居場所》を手放す気は無い。
そして、第四の欲求『承認欲求』―――個人として認められたいという欲求。
さらに第五の欲求『自己実現欲求』―――目標を達成したい、成長したい。自分の可能性を最大限に引き出し、創造的活動をしたいという欲求。
今まさに、それら《すべて》を――――まとめて全部、 いっきに欲しいと思っている自分がいる。
「……………こんなに、《欲張り》になるとは思わなかった」
手放したくない。
手に入れたい。
以前の自分には、芽生えなかった《感情》ばかりだ。
『生理的欲求』と『安全欲求』で、生活は足りていたのに――――否、最低限のこと以外、望んではいけないと どこかで思っていたからかもしれない。
欲張りになってはいけない。
自分を赦してはいけない。
だって、自分は―――――
「………………堂々巡りだわ」
身体の中心にある、突き刺さって抜けない 杭のような《棘》。
忘れたくても忘れさせてくれない、その存在。
ずっと、取り除こうと必死になっているのに、びくともしないモノ。
今年こそ。
今度こそ。
「…………変わるための、最後のチャンスかもしれない」
十二月 二十四日。クリスマスイブ。
何度も何度も、あの日の 《あの瞬間》を、夢に見る。
二度と戻れないとわかっていて、それでも 同じ場面に立たされると 何もできない自分が もどかしくて。情けなくて。
――――――どうすればいい?
どうすれば、克服できる?
時間は、巻き戻すことができないからこそ、誰にでも平等で、残酷なのだ。
「……………奏良さん?」
「………どうした?」
「!」
…………しまった。
「………………うん?」
「………奏良さーん?」
「………なんでもない、って顔じゃないだろ」
尊と唯織は、簡単には誤魔化されてはくれない。
二人とも、こういうところだけ 妙に《連携》して攻めてくるから、とても厄介だった。
少しは、放っておいてくれてもいいのに――――こうなったら、白状するまで開放してもらえないのは 経験済みである。
「…………なかなか上手くはいかないな、って」
「奏良さん………」
「ちょっと………思ってただけだよ!」
自分のことを《赦し》、《愛してあげる》ことの《難しさ》。
「―――――変わりたいんだ」
おそらく、この中の誰より切実に それを求めているのは自分ではないだろうか。
「奏良さん…………」
本当は、弱い姿なんて 誰にも見られたくはない。
できることなら ずっと隠しておきたかったくらいなのだ。
けれど、情けない姿を すでにたくさん見られてしまったし、迷惑もかけてしまった後では 今さらな気もする。
「………………最年長なのに、カッコつかないなぁ」
侮られたくない。
幻滅されたくもない。
馬鹿にされるのも嫌だし、他人に あれこれ言われるのも好きではない。
「自分でも………面倒くさい性格なんだって、自覚はしてるよ」
気弱なら、大人しくしていればいいものの、『そうじゃない!』と激しく主張する《自分》が存在しているのも事実だった。
――――冷静になれ。
客観的に、物事を見ろ。
改めて、自分を見つめ直す過程で、これまで気付かなかったことまで発見し、自己嫌悪の《沼》に より深く足を突っ込んだ気もしないではないが。
「……………大丈夫」
まだ、諦めてはいない。諦めるつもりもない。
強くなりたい。
強くありたい。
弱いからこそ、強烈にそう思う。
あと、もう少し。
決定的な《何か》があれば…………
自分に足りないものは、純粋な《自信》。
いくら《経験を積むこと》が大事だとはいえ、それだけでは 体力は持たないだろう。
何があっても『負けない』と、心の《拠り所》にできるもの―――自分の《武器》を、見極めること。
――――自分の《強み》は何?
何なら、他に『負けない』と 胸を張って言える?
借り物でもなく、奪ったものでもない、自分だけの専用の武器。
「…………………」
手のひらを、改めて見つめてみる。
大きさとして、標準より かなり小さく指も短い、お子様サイズの手は、母親似だった。
こんな手で掴めるものなんて、どう考えたって そんなに多くはない。
だから、ずっと目をつぶってきた。諦めてもきた。
本当に自分が望んでいるものが何なのか、見ないふりをして。
『歌を聴いて欲しい』と。
極度の緊張の中、舞台上で感じた興奮は、紛れもなく《自分》の一部だったのに。
―――――本当は、どうしたい?
自分が歩いてきた《道》。
ちっともキレイではないし、回り道もたくさんしたし、迷走だって 数知れず。
それでも、ダメなものばかりでは ないはずだ。
「……………私 …………」
ずっと、捨ててばかりいたし、捨てなければならないとも思ってきた。
自分には、相応しくないと――――分不相応な望みを抱く前に、否定して、壊して、自分から遠ざけることが正しいと信じて疑わなかった。
けれど、本当に自分が納得していたなら、こんなにも苦しくはなかったはずだ。
無理矢理、《そうするべき》と―――心に蓋をして、自分の望みから遠ざかろうと、そればかりに気を取られて、すべてを見ようとはしていなかったのだ。
物事は、良いことも悪いことも、同じ分だけあったのに。
「………奏良さん?」
スタッフだから、こうする。
アーティストだから、こうするべき。
そうやって、立場や役割によって変わることは 大事なことなのかもしれないが、それで 《自分》というものの 何かが欠けてしまうのなら、意味は無い。
何のために、リューイチが『セルフプロデュース』をさせようとしたのか――――その真意を、理解していなかった。
片側だけでは、成り立たない。
リューイチは、きっと そう言いたかったのだろう。
「………………」
人は、誰でも様々な顔を持っている。
スタッフであり、アーティストであり、作曲家であり、父の娘であり、碧海の妹であり、陸と陽の姉であり―――シドの娘でもあり。
人見知りで、怖がりで、一人が好きで、わりと面倒くさがりで、集中すると寝食忘れるような ダメ人間でもあって。
どうしようもない、捨て去ってしまいたい部分は、数え切れないほどある。
それらを理解したうえで――――捨てなくていいとしたら?
諦めなくてもいいとしたら?
「私…………」
だって、それが《本当の自分》なのだから。
これまでの過去があって、《綿貫 奏良》は構成されている。
一つでも欠けたら、それはもう 自分ではなくなるのだ。
たくさんの失敗と、数え切れない後悔。今 悩んでいることさえも含めて、すべてが《今》に繋がっているならば。
あぁ、そうか。
自分の中の、《揺るがないもの》。
それは―――――
「…………奏良さん?」
――――――みんなが、大好き。
個性的で、騒がしくて、自由で、頑張り屋で、負けず嫌いで、プライドもあって………でも 誰もが優しくて、お互いを気遣える。そんな彼らが大好きで。
それは、誰にも負けない、真っ直ぐな 強い《想い》。
技術だとか、成果だとか、難しいことばかり考えて目を曇らせていたけれど、本当に大事なことは、いつだって《自分の中》にしかない。
大好きなみんなと、一緒にいられるように。
大好きなみんなを、誰よりも輝かせるために。
彼らを、真近で見続けてきたからこそ、できることがある。
そして、それは同時に『自分にしか出来ないこと』でもあるのだ。
「……………そっか」
価値があるとか無いとか、そんなものは二の次だ。
自分のことを、無理に《赦そう》としなくてもいい。
どろどろとした感情を持ったままだって、自分らしいではないか。
完璧になりたい。
そう願ってはいるけれど、決して 完璧にはなれなくて。
では、完璧でなければ、何も望んではいけないのか?
「……………………まさか」
そんなわけない。
すとんと、胸の中に《答え》が落ちてきたと同時に、たくさんの音が 空から降ってくる。
キラキラ キラキラ キラキラ
眩しいほどの、煌めいたメロディたち。
あぁ、世界はこんなにも、美しい音で溢れているのに、どうして今まで気付けなかったのだろう。
「奏良さん?」
歌を歌うこと。曲を作ること。
それは、心から湧き出る《想い》を吐き出すための、一つの《手段》でしかない。
――――何を恐れる?
誰に何を言われても、想いを否定することなんてできない。
――――何を躊躇う?
気付いてしまえば、迷うことなどないほど 道は一つしかない。
「………………うん、これだ」
歌うことも、曲を作ることも、プロデュースすることも、誰かをサポートすることも―――どれも、何一つ 手放したくはない。
それが《答え》。
思ったとおりに すればいい。我儘でもいい。
どうせ、世の中なんて多かれ少なかれ《そんなもの》だと、どこかの高名な学者もテレビで言っていたではないか。
後悔も。緊張も。恐れも。
悪いものだって、すべて抱えたまま。
――――――このままで、いい。
抱えたままのほうが、もしかしたら辛いかもしれない。苦しいかもしれない。
きちんと消化しなかったことが、今後どんな悪影響を及ぼすのか、想像もつかないけれど。
それでも、何もできず動けないでいるより、よほどマシだろう。
痛いのも苦しいのも、慣れている。今さらだ。
「…………単純に考えればよかったんだ」
未来なんて、誰にもわからない。
わからないものに対して怯えて、何もしないことのほうが よほど《かっこ悪い》し《恥ずかしい》ではないか。
「……………大丈夫」
痛いということは、生きている《証》。
生きてさえいれば、人間 何だってできるし、生きている以上、自分があきらめない限り、どんな選択だってできるのだ。
強くならないと、生きていてはいけない気がしていた。何より、弱い自分が大嫌いで、許せなくて。
しかし、すべてが完璧でないと『生きる資格』が無いのなら、人類はこんなに繁栄してはいないだろう。
ズルイままで、いい。
弱いままでもいい。
弱いなら弱いなりの戦い方も 躱し方も、経験から学んできたではないか。
「――――――見つけた」
自分だけの武器。
ここが、分岐点。
卑怯だと罵られようが、呆れるほど《開き直る》ことができるくらい、図太い一面も持っている。
持っているなら、堂々と利用すべきなのだ。
自分のことを、嫌いなままでもいい。
無理に好きにならなくてもいい。
その代わり『みんなが大好き』―――その気持ちがあれば、充分やっていけるから。
それでいい。
それでこそ、自分らしい。
そして、いつの日か、自分を愛してあげられる日が来るかもしれない。
「…………………うん」
痛みさえも抱えたまま、どこまでできるのか わからないけれど。
未来に、賭けよう。
投げやりでもなく、諦めでもない。
自分で選んだ、一つの《選択》。
どうせ みんなの隣に立つのなら、やはり少しでも『カッコいい』自分でありたいから。
大人なら、大人らしく。
大人のズルさで、勝負する――――
開き直った人間ほど、強いものはないのかもしれない。
「……………負けない」
自分の運命にさえ勝つために。
奏良は これまでとは百八十度、《考え方》を変えたのである。
* * * * * * * *
明らかに、奏良の顔つきが変わった―――と、唯織は すぐに気が付いた。
何が、そうさせたのか。
どんな心境の変化があったのか。
「……………何で、言ってくれないんだよ」
目で追うようになってから――――彼女が何かを抱え、悩み、必死に抜け出そうと藻掻いているのを 何度も目にしてきた。
辛いなら、無かったことにしてしまえばいいのに………。
人間は、《忘れる》という《逃げの選択肢》を、誰もが当然 持っている。
わざわざ向き合って 律儀にも戦おうとするなんて、正気の沙汰ではない―――と思うが、《奏良》というのは そういう人なのだ。
馬鹿みたいに正直で、要領が悪くて――――本人が言う通り、本当に《面倒くさい》性格で。
もっと、楽な道を選べばいいのに、あえて わざと《辛い道》を選んでいるようにしか見えなくて。
怖がりなくせに、誰かに頼ることをしない。
頼ってはいけないと、頑なに 他人と《距離》を置こうとしている気がする。
「…………ほんと、とんでもなく 面倒くせぇ………」
だからこそ――――心配で 心配で。
居ても立っても居られなくて。
どこにいても 何をしていても、彼女のことばかり気になって、何も手につかなくなってしまうのだ。
「……………人の気も知らないで」
十二月 十五日。
全国行脚が再開され、今日は福岡での公演が行われた。
前回の 乱れたパフォーマンスから一変―――本来の《STELLAらしさ》が出たというべきか、結果的にステージは《成功》といえた。
メンバーそれぞれが自分に向き合い、過去を反省し、きっちりと修正する。
まだまだ未熟とはいえ、グループとして今後さらに成長していけるだろう。
今日は、その可能性を示すような公演となったが、ここで満足しないためにも、唯織はリーダーとして、あえて《甘い評価》はしなかった。
厳しくても、プロの世界は それが当たり前。
結果がすべて。
みんなも それがわかっているのか、今日のステージの成功を喜びはしても、すぐに明日のステージの話に切り替わっていた。
――――いい傾向だ。
失敗しても、次で取り戻す。
これを繰り返していけば、そのうちに 失敗を《回避する方法》も身につけることができるようになるだろう。
プロだって、絶対に失敗しないわけではない。
失敗した時に、どう対処するか。どう乗り切るか。
そこが、素人との 大きな違いなのだ。
「…………奏良さん、よく眠ってますね」
前の席のルーカスが、突如 身を乗り出してくる。
福岡から東京に戻るための、飛行機での移動中―――いつもの通り、じゃんけんで決めた席順は、尊がスタッフとで、ルーカスと春音が一緒で、唯織が奏良と隣という組み合わせになっていた。
「………なんだよ。ちゃんと座っとけ」
「だって、春ちゃん 寝てるんですよぉ。ボク、つまんない」
「だったら、お前も大人しく寝とけ」
「アニキ、冷たい。自分だけ奏良さんの隣だからって、独り占めする気ですかぁ?………この、むっつりスケベ!」
「…………てめぇ」
「きゃー、静かにしまーす♪」
言いたいことだけ一方的に言い終えて、ルーカスは着席した。
――――ルーカスの野郎、降りたら覚悟しとけよ?
飛行機の中でなければ、一発くらい蹴ってやれたのに。
「……………まだ、何もしてねぇよ」
何もしていないのに、スケベだなんて言われる筋合いはない。
「…………ムカつく」
ルーカスにも、奏良にも。
半ば、八つ当たりだとわかってはいるが、寝ている時でさえ、奏良は お行儀よく大人しいのだ。
せっかく隣に座っているのに―――
こう、なんていうか。
肩にもたれかかるとか、普通は何かあるだろう?
そういった、男女の ちょっとロマンチックな《出来事》なんか、一つもありはしない。
相手は奏良なのだ。そういうことを普通に期待したって無駄だと、頭ではわかっているのに―――こうも実際に何もないと、ものすごく腹が立つ。
………オレの 可愛らしい純情を返せ。
この間、尊と隣り合わせだった時は、あいつに ぴったりくっついて寝てたくせに!
何で、オレが隣だと 寄りかかってこないんだよ!
「……………くっそ…………」
惚れたほうが負け、とはいえ―――
こんなにも、自分の《魅力》やら何やらが《通用》しない相手は初めてなのだ。
「………………はぁ」
悔しいから、自ら 彼女の肩を自分の方に引き寄せてみる。手段なんか、選んではいられない。
情けないとはいえ、もう心が 崩壊寸前だった。
「―――――奏良さんが、悪いんだからな」
オレを、頼らないから。
オレの方を、見ないから。
こんなにも、自分の心は 彼女でいっぱいなのに。
「…………ん………」
わずかに動いたが、案の定 奏良が目覚める気配は無い。
もう、好きにさせてもらう。
そうでないと、唯織のほうが発狂しそうだった。
自分の目の届くところに居てほしいのに、すぐに どこかに逃げてしまうし、一瞬たりとも気が抜けないし。
笑顔の裏に、たくさんのことを隠しているから、見た目の表情なんか 何も信用できないし。
追いかけるのが好きではない自分が、ずっと 追いかけなければならないほど――――もう、どうやったって、この《気持ち》を捨てることなどできなくて。
あぁ、本当に。
《恋》というものは、どうしようもなく 人をおかしくさせる。
面倒くさい部分も含めて――――
痛みも、腹立たしさも、丸ごと全部 愛しいと思うなんて。
「…………あぁ、くそ! 俺の方こそ、どうかしてる」
今まで、一度だって こんなふうに感情を占拠されたことなんてなかった。
唯織にとって、いつだって《一番》は《自分自身》だったから。
自分を優先し、自分の欲求が満足してこそ、他人に意識を向けられる。
改めてふり返ってみれば、どれだけ『自己中なんだ』と呆れるしかない。
そんな自分が、この年齢になって初めて抱いた感情――――制御できなくても 仕方がないといえよう。
自分の肩に、誰かの《体温》がある。
その《重み》がこんなにも貴重で、嬉しいと思う日がくるなんて。
――――ずっと、このまま。
「…………時間が止まればいいのに」
本来の奏良は――――物静かで、ものすごく脆くて、繊細。
そして、幼子のように《純粋》だ。
そうでないと、あんなにもキレイな曲なんて作れやしない。
だからこそ、『話せ』、と。
これまで何度も言ってきたのに、なかなか 全部は見せてくれなくて。
もどかしくて、焦れったくて。
何をしたら 彼女が辛くならないか―――せめて、彼女の方から甘えてくれればいいが、それが《できない》からこそ、これまで一人で苦しんできたのだろう。
「……絶対、愛されてるはずなのに」
碧海にしても 陸にしても―――奏良のことを、ものすごく大切にしているのが伝わってくる人たちだった。
今どき、あんなふうに臆面もなく、家族を愛せる人たちがいるのかと―――家族と縁の薄い唯織からすれば、羨ましくもあって。
そんな環境で育ってきたくせに、奏良が ろくに甘えてこなかったのは、恐らくは《自分が愛されている》と、認めるのが怖かったからだろう。
失うことばかり、考えて。
失う怖さを、誰よりも知っている人だから。
「…………本当に、どうしようもなく」
―――――愚かで、可愛い。
「………うーん………」
「…………離れるなって」
身動ぎしたところで、もう一度 肩を引き寄せる。
―――――――起きていたら、絶対 怒るだろうな。
奏良の髪に 柔らかいキスを落とし、そっと頬を撫でる。
こういうところが、ルーカスに『むっつり』だと言われる所以かもしれないが、知ったことではない。
男の前で、無防備な方が悪いのだ。
嫌がられても、やめるつもりもないけれど。
「……………オレの性格、知ってるだろ?」
気付いて欲しいなんて、もう言わない。
気付かないなら、それでもいい。
自分が、誰から想いを寄せられているのか―――――思い知らせてやるから。
「言っとくけど………独占欲が強いのは 尊だけじゃないからな?」
寝ているのを承知で、耳元で囁く。
逃げ場なんて、二度と作らせてやるものか。
静かに、笑みを浮かべながら―――
唯織は飛行機を降りるまで、奏良から離れようとはしなかった。
体調を崩していたせいで、更新がすっかり遅れてしまいました。
まだ本調子ではありませんが、そのお詫びも込めて、長男のシーンをいつもより多めにしております。いつも通り、誤字はご容赦ください。気付き次第 修正致します。
季節の変わり目のため、皆様もご自愛くださいませ。