本当の自分を 愛してあげること #6
十二月 八日。
めっきり冷え込むようになった朝でも、準備された暖房と加湿器のおかげで、部屋の中は とても快適だった。
碧海の家とはいえ、いつでも 奏良が泊まりにこられるように―――奏良が使うものは、何でも揃っていた。
だから、思いつきで いきなり手ぶらで来たとしても、困ることは一つもない。
「そろそろ時間だよ。起きなさい」
額に、柔らかな感触がある。
ここで起きなければ、額だけでは済まなくなることを、奏良は身をもって知っていた。
「………起きる………」
まだ眠くても、無理矢理に目だけは こじ開けると、『ちっ』という舌打ちが 降ってきた。
世間のファンは知らないだろう。
完全無欠の好青年、というイメージの碧海が―――実は 手のつけられない重度の《シスコン》で、プライベートでは とんでもない《キス魔》だということを。
「おはよう、奏良。少しは眠れた?」
「うん…………まだ眠いけど」
ふかふか最高級ベッドの寝心地は、不眠症気味の身体にも よく効いた。
眠りについた感覚さえ 覚えていない。
「ごはん、できてるから。少しでも食べて行きなさい」
「ごはん………」
キッチンからは、食欲をそそる いい匂いが流れてきている。
公演中だから、栄養は大事だが 食べ過ぎは厳禁。
完璧主義の碧海のことだから、それをふまえての《メニュー》であり、さらには奏良の《好物》を用意しているに違いない。
今日の《朝練》は無いため、比較的ゆっくりできる時間もある。
「………食べる」
「いい子だ。………おいで」
のそのそとベッドから起き上がると、すかさず《抱っこ》されて、洗面所まで連行される。
まったく、何歳になったと思っているのだ。
ただ、ここで拒んだところで、何もならない。
久々の《兄孝行》だと思って、ある程度は 碧海の好きにさせるべきだろう。
奏良は、文字通り 《されるがまま》になっていた。
――――まぁ、甘えにきたのは 確かだからね。
普段なら、絶対に こんなことはしなかったが、最近 色々なことがあり過ぎたせいか、無性に 碧海の《面倒くささ》が恋しくなってしまったのだ。
碧海なら、無条件で 甘えさせてくれる。
そのことを利用するみたいで心苦しいが、そんな 奏良の《遠慮》も、すべてわかっているのだろう。
「……………やっぱり、一緒に暮らそう」
「やだよ」
「今のマンションの利便性がいいというなら、その近くに家を建てるから」
家を建てるなんて簡単に言うようなことではないが、売れっ子俳優なら もちろん造作ない。
相変わらず、お金の使い道が 《おかしい》男だ。
綿貫家の者は、口に出した言葉は《守る、実行する》が基本だから、はっきり断らないと 年明けあたりに家が完成していそうで怖い。
「前から言っているだろう? お前の面倒は、ぼくが 一生みるんだから」
「………間に合ってます」
碧海ほどではないが、奏良だって 作曲の収入を含めると、そこそこの稼ぎくらいは充分にある。
別に、面倒をみてほしいわけではない。
「………………ぎゅって、して欲しいだけ」
「!」
我ながら、幼稚だとは思う。
他人の前では気丈に振る舞ってはいるが、根は《甘えたがり》なのだ。
失うことが怖くて。去っていかれることが怖くて。
今までずっと、素直になれなかったけれど。
ほんの少しだけ、《正直に》。
手を伸ばしてみても いいかな―――そう、思えたから。
「………………………だめ?」
「だめなわけないだろう」
自分のことを、きちんと 好きになるために。
まずは、周りの人たちを 振り返る必要があった。
彼らは、本人よりも《奏良》とい人物に対して寛大で、詳しいから。
長所も短所も、変わりなく愛してくれるから。
歩み寄ることで、世界はきっと 間違いなく広がるだろう。
「…………私ね、見てきたよ」
実父である、『Gabrielle』の舞台を。
「!」
どれだけ、凄かったのか。
プロという迫力に ただ圧倒されて、何も言えなくなった。
「奏良、まさか…………!」
「ずっと前から、知ってたから」
だから、苦しかった。
受け入れたくなかったから。
兄弟の中で、自分だけが《違う》と思っていたのも、悲しくて。寂しくて。
「でもね、あえて その事実に 真正面からぶつかってみたら、案外スッキリしたのかもしれない」
自分の、未熟さが 見えたから。
「まだまだ……だし。もっと頑張らないといけないし」
それには、もっと《力》が必要だった。
「奏良…………」
「いつも、大好きでいてくれて ありがとう」
碧海のように、手を広げて待っていてくれる存在がいることが、何よりも有り難かった。
存在を否定され続けて、いつの間にか それが《当たり前》になっていて。
そうじゃないよ、と。
いつだって、周囲の人は 言い続けてくれていたことに、ようやく 気付くことができたのかもしれない。
「自分に向き合うって難しいけど………克服していかなきゃ」
そうしないと、前には進めない。
「奏良………」
「碧海ちゃんのこと、尊敬してるよ」
俳優として、プロとして。
観客に《魅せる》ということを、最大限 実践できていて、揺るがないから。
「私も………いつか、そうなりたい」
碧海や STELLAのメンバーのように、自分だって、誰かを《ドキドキ》させたい。
できるか、できないか、ではなく。
やらなきゃいけない、という使命感でもなく。
「そうなりたいって………初めて ちゃんと思えたから」
新たな挑戦をしようとしているのだから、少しくらい、甘えたっていいだろう。
甘えられるのは、自分にとって、父か 碧海しか いないから。
「いいよ。お前が望むなら……いくらでも」
「あ、でも。いつも―――は、ダメだからね」
ここぞ、というときに。
めいっぱい、甘やかして欲しい。
そうしたら―――きっと、今よりも もっと、自分のことが好きになれそうだから。
「お前は いつだって―――僕の《自慢》で、《誇り》だよ」
鬱陶しいほどの《愛情》を、胸いっぱいに 充電して。
さあ―――戦いにいこうか。
碧海の運転する車に揺られながら、もう心は 次のことを考えて。
奏良は、いつもよりも元気に 本社へと到着したのである。
* * * * * * * *
その日の 朝一番。
上層部は、次の公演の日程を ようやく発表した。
十二月 十五日、十六日、それから一日空けて 十八日。
その後、二十七日、二十八日と二連戦 続き――――
「最後、大晦日のカウントダウンか………」
年内だけで、十日間。
一日 二公演だから、合計 二十回。
この数が 多いのか少ないのか、全国行脚が初めての唯織には 比較ができなかった。
「………まぁ、《順調》と言って いいと思うよ。今のところ、急に《打ち切り》って雰囲気は無さそうだし、運営側の予想を超えた《集客数》らしいし」
奏良は歩きながら、分析する。
時刻は、午後 十二時 十分。
本日の昼ご飯《買い出し担当》の二人は、ご飯をゲットして レッスン室へ戻るところだった。
……………今日は、スッキリした顔してんじゃん。
心労と オーバーワークによる体調不良。
倒れるほど 身体に負荷をかけていた奏良も、少しずつ回復してきているようで―――ただ、ここで 気を抜くような唯織ではなかった。
その人の《本質》なんて、変わるわけがない。
改善されてきたとはいえ、奏良は 奏良なのだ。また、何をやりだすか、わかったものではない。
そんなことを思いながら 信号待ちをしていると、彼女は ぽつりと独り言を呟いた。
「…………………《チャラチャラ》するのも、ラクじゃないんだけどねぇ」
――――――は?
「……………今、なんて?」
「え? …………あー、えっと」
慌てて取り繕うとしても、無駄だ。バッチリ聞こえてんだよ。
「――――誰?」
そんなことを、言ったヤツは。
「!」
問い詰められると察知して、サッと逃げ出そうとしたが、手を繋いでいるために それは叶わない。
いつの間にか、STELLAメンバー内では《手を繋ぐこと》が《恒例化》していた。
他人と手を繋ぐなんて―――絶対といっていいほど 考えられなかった唯織も、自然にできるようになっていたのだから、慣れというのは恐ろしい。
むしろ、拒否する方が 馬鹿らしくなったのもある。
自分だけ 取り残された気がするのも、面白くないのだから。
「…………まぁ、いつものことだし」
「《チャラチャラしてる》って? ………ちゃんと怒れよ」
遊びでやっているわけではない。
まして、目立つことが苦手な彼女にとって、それこそ 気合と覚悟を持って、必死で 活動しているというのに。
………バカどもが。何も、わかっちゃいねぇ。
自分が言われたなら『言ってろ』と 切って捨てることはできたが、奏良が言われたとなれば、話は別だ。
「怒ることでもないよ」
「どこが!?」
「だって………《言い得て妙》っていうかさ」
「納得すんなよ」
そうやって、他人からぶつけられた悪意を、すぐ《肯定》しようとするのは、奏良の悪い癖だ。
見ている こっちは、イライラするったらない。
「………何で、唯織くんが怒るの」
「本当に、わかんない?」
「?」
はーっと、ため息とともに 脱力するしかない。
「あのな、この際、ハッキリ言うけど―――――」
「………あ、ドーナツ!」
「聞けよ、人の話を」
聞きたくないことは、聞かない。
誤魔化す、はぐらかす―――は、都合の悪いときに奏良が使う《常套手段》だった。
「………………食べたい」
「!」
至近距離で見上げる、キラキラした瞳と、上気した頬――――言いたかったことも、すべてが吹き飛んでしまう。
……………くそ、これ 無自覚でやってんだよな!?
「一個なら、いいかな。………いいよね?」
「おい、引っ張るなって」
グイグイと引っ張る力は どこから出てくるのか。
あぁ、そうだ。
彼女は、こういう性格だった。
細身で軽い唯織など、簡単に引きずりながら ドーナツ店へと入っていく。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいま…………!」
「!」
「!」
…………ほら、バイトの店員に気付かれた。
上着を羽織っているとはいえ、レッスン着を着用しているのだから、知っている人には すぐにわかるだろう。
最近、本社近くの店では、候補生たち目当てのアルバイトが急激に増えたらしい―――と、社内でも話題になっていたところだった。
コンビニに始まり、ごはん屋やカフェなど。候補生たちが 休憩の際に立ち寄りそうな場所で、あえて働く。
運が良ければ、バイト中に《生》の候補生たちに出会える、というわけだ。
「………どれも美味しそう………」
ドーナツのショーケースに夢中の奏良は、店員がざわついているのにも まったく頓着無い。
その姿が 無邪気で可愛らしくて、もう何でも買ってやりたくなる。
――――――危ねぇ。落ち着け。
振り回してくる長女に、黙ってされるがままになっている場合ではない。
「唯織くんは?」
「………オレは、いらね」
「えぇ………本当に? あとで、食べたいとか言うんじゃないの?」
「カロリーオーバー」
「ぐっ………」
唯織とて、年齢が二十六にもなると、だんだん身体の変化を感じるようになってきていた。
元々、太る体質ではないにしても、代謝が 確実に落ちてきている気がする。
「それ、アラサーの目の前で言う台詞?」
むーっと睨むが、可愛いだけだ。
「…………… 一個な」
「!」
「それだけだぞ」
ぱあっと 顔を輝かせて、再びショーケースに向かい合う奏良の様子に、店員が釘付けになっていた。
―――――ほんと、どこでも《素》だよな。
飾らない、カッコつけない、ありのままの姿。
それが、どれだけ 人の心を揺さぶるのか、まったく理解していない。
「すいません、注文いいですか?」
「! は、はいッ」
「えーと、オレンジショコラと、ダブルシュガーと……」
「おい、一個だけの約束だろ!?」
「え、だって みんなの分だよ? 絶対 食べると思うし」
そう言いながら、STELLAメンバーと、《TO2》メンバーの好きそうなドーナツを 次々と注文し、ふぅと ひと息つく。
他人の好みを正確に把握しているのも、相変わらずだ。
「お箱にお入れしますので、少々お待ちください」
「はい、お願いしまーす」
男でも女でも、この《輝き》には抗えない。
それなのに、今だに《反奏良派》が完全に消えて無くならないのは 仕方がないことなのか。
「あの………」
「たいへん失礼ですが」
「STELLAの奏良ちゃんと唯織くんですか?」
待っている間に、我慢できなくなった店員が コソコソ近付いてくる。
「? はい、そうですが……」
「! あの! ファンなんです!」
「私も! いつも応援してます!」
「生配信、見てます!」
「僕、名古屋公演、行きました!」
知名度が上がるたびに、道端で声をかけられることも増えていた。
まだデビュー前だから、写真を撮ることは禁止だが、挨拶や握手までは、許容範囲。
いわゆる、ファンサービスだ。
愛想を振りまくのも、仕事のうち。
「ありがとうございます」
「頑張りますので、これからも 応援お願いします」
二人並んで、笑顔で応える。
特に、恥ずかしそうな奏良の《笑顔》は、また《格別》だった。
「ほぁ〜」
「可愛い……」
「この二人、最高……」
―――――当然だろ。
毎日 見ている自分たちでさえ、平常心を保つことは難しいのだ。
「ありがとうございました!」
「またお越しください!」
「ドーナツ♪ ドーナツ♪」
店員の反応と、嬉しそうな奏良の表情に、唯織も気分が浮上する。
その反面、今だに続く《状況》をどう覆すべきか―――
昨夜、エリカ主体で撮影した《写真》。
これから予定されている、ユニットの《アー写撮影》など。
SNSに、どう発表していくか。
効果的な公開の仕方を考えないと、せっかくの《威力》が半減してしまうだろう。
もっと高圧的に、積極的に攻めていく時期かもしれない。
そのためには、奏良に負けないくらい、唯織自身も 個人のレベルを上げること。それが必要不可欠になってくる。
引き出しの多さには 自信があるが、アーティストだけを目指してきたわけではないから、《素養》の無さという面が どうしてもチラついた。
それを埋めるために、どうするか。
全身、傷だらけになりながら、勇敢にも戦っている彼女に 恥ずかしくない―――そんな男でいたい。
「……………唯織くん?」
アーティストとして。
まずは、誰にも負けない存在にならないと。
男女デュオ『with』の座を、簡単に 他者に許しているようでは、駄目なのだ。
千尋が上手いのは認めるが、次は負けない。
自分に足りないもの。不十分なもの。
一つずつ、手に入れていこう。
STELLAも、ユニット『Kalliopeia』も、どちらも手を抜くつもりはない。
「次の公演までに、衣装決めしなきゃな」
「………そうだね。もう決めておかなきゃね」
―――――仕事も。プライベートも。
両立してこそ、デキる男の証。
どちらかが疎かになるなんて、あり得ない。
この気持ちが、自分を 成長させてくれているのは、もう疑いようのない《事実》。
誰かを想うことで、痛みも 甘さも、どちらも経験し―――随分と人間らしく、《まとも》になったといえるだろう。
それでも。
「………………足りない」
もっと、だ。 こんなんじゃ、到底 彼女には届かない。
奏良を追いかけて――――唯織も新たな段階へと踏み出していた。
* * * * * * * *
「おぉ?」
昼食後の休憩中。
奏良は、携帯を確認しながら声を上げていた。
「………何?」
「どしたの」
せっかく送ってくれたはいいが………
「さっぱり、わかんないや」
そう言って、覗いてきた尊と唯織に向かって、メール画面を差し出す。
「ん? メール?」
「誰から?」
「陸………あ、弟ね」
「!」
「モデルの………」
綿貫家、次男。
ファッションモデルの彼は、一年の大半は海外に行っていた。
「ほら、《Kalliopeia》の衣装。なんか イイ案ないかなーって。陸に ちょっと聞いてみたんだけど」
洋服のことは、洋服のプロに聞く。
その道のプロに聞くのが、何だっていいに決まっているのだから。
「おすすめのブランドとか、お店とか、教えてもらおうと思ったんだけど………」
真面目な弟のことだ。
律儀にも、東京近郊で、自分たちが買いに行ける範囲に限定して、ブランドやショップの情報を送信してくれたのだが。
「なんて書いてあるのか、全然わかんない」
ブランド名などは、英語かイタリア語、フランス語が主流だから。
「二人とも、わかる?」
「フッ…………これ、書かれてるじゃん」
唯織が 可笑しそうに笑う。
「何が?」
『姉ちゃんは わかんないだろうから、他のメンバーに見せて』
「………バレてる」
「あれ? 見てみろ、最後………」
尊は最後の一文を指す。
『十日には日本に帰るから、よければ案内するけど』
「!」
「え」
陸が――――帰ってくる!?
十日といえば……… 二日後だ。
「奏良さん………すげぇ嬉しそう」
「嬉しいよ。だって、一年ぶりだもん!」
メールや電話はしていたけれど、会うのは久しぶりだ。
「一番、仲いいんだっけ?」
「うん♪」
奏良にとって、人生で初めて『可愛い、天使だ!』と 思った子なのだ。
すくすく成長して、今では立派な大人になってしまったけれど。
「さすが、モデルさんだな。俺も知ってるヤツあるけど、知らないのが多いな。………唯織は?」
「オレは 一応どれも知ってるけど。知ってるだけで、詳しくないヤツもある」
「………十日か」
「…………ちょうど、いいかもな」
「?」
その時、タイミング良く 千尋が隣の部屋からやってきて、顔を出した。
「あ、千尋」
「お前、十日の予定は?」
「…………明後日? 何、衣装決め?」
「! 二人とも………」
まさか。
「――――いいアドバイザーが、来てくれるって」
「どういうこと? まぁ、その日に決めるんなら、こっちも予定 空けるけど」
「じゃあ、決まりな」
「え? いいの?」
奏良は、陸に会えるだけで嬉しいが、みんなは気まずくないのだろうか。
「その道のプロに聞け、だろ?」
「そりゃあ、そうだけど」
今後、活動が続けられるか わからないが。
「やるなら―――最高のクオリティで、披露したいじゃん」
「………俺も、そのことを相談にきたんだけど。何か《アテ》があるなら、それにこしたことはないな」
「じゃあ、奏良さん?」
「早く、返事して」
「え」
ほら、と二人に促され―――急いで 陸にメールを送る。
十二月 十日、午後は『Kalliopeia』の衣装決めをして、翌日 アー写の撮影をすることが、急遽 決定した。
「そのくらいで やっておけば、次の《情報公開》には間に合うだろ」
「そうだね……」
これから毎日、小出しに情報公開を進め、十二月 十五日あたりが、最終になるだろうか。
ライブビューイングの《チケット売り上げ》に貢献することが、候補生たちに課せられた《隠れミッション》だ。
それには、ユニットの《アー写》で度肝を抜いて、観客の興味を引かなければならない。
「自分たちグループの公演の合間に、ユニットの歌合わせ、進めなきゃな」
「俺たちは いつも集合できるからいいけど、《TO2》は 集まれる時間、限られてるだろ?」
「千尋くんの予定に 合わせるよ」
「…………助かる」
千尋はデュオも掛け持ちしているから、より忙しくなるだろう。
しかし、そんなことは言い訳だ。
プロならば、どんな日程でも 完璧に仕上げなければならない。
「じゃあ、明後日の午後な」
「了解」
千尋の 後ろ姿を見送りながら―――奏良の中には 期待しか生まれなかった。
一人ではない。
頼もしい仲間がいる。
待ってくれているファンもいて、心配してくれる家族や スタッフもいる。
緊張するのも、恥ずかしいのも、変わらないけれど、新しい挑戦がこんなにもワクワクしたことなんて 初めてだから。
過去最高の――――売り上げを叩き出してやる。
運営が、青ざめるくらい。
「うるさい奴ら…………まとめて ぶっ飛ばしてやる」
「!」
「!」
やるなら、徹底的に。
本来の 《仕事モード》とは、こうだったはずだ。
攻めるべきところで攻めて、誰にも邪魔はさせない。させないように、計画的に こなしていく。
アーティストになってから、それが できなくなっていたけれど、もう一度 原点に戻るべきだろう。
「さぁて…………どうしてやろうかね」
本気になった奏良を止められる者は――――おそらく 誰もいない。




