本当の自分を 愛してあげること #2
とくん とくん とくん
自分の、鼓動が聞こえる。
初めての舞台を経験した時にも感じていたが、また 別の感覚があった。
突き付けられた、あまりにも残酷な《現実》。
いや、現実というものは、大抵がそんなものだ。
だからこそ、誰もが《鎧》を纏う。
自分が傷付かないように。誰かに、傷付けられないように。
「……………長すぎた、よね」
そのことに、気付かないフリをして。
ずっと、胸の奥に しまい込んで。
「………もう、やめよう」
自分よりも歳下の、まだ社会経験も少ないメンバーたちが、それぞれ 自分と向き合って、乗り越えていっているのだ。
「…………………もう、逃げない」
自分の、《出自》から。
隠していたこと、嫌なことも恥ずかしいことも、何だって《糧》にして。
――――――乗り越えてみせる。
誰にも、負けたくはない。
湧き上がる《負けん気の強さ》は、きっと《父親譲り》なのだろう。
無理をして、納得しないまま進もうとしたから、歪みが出たのだ。
不利なことでさえ、利用する。味方につける。
貪欲に、《勝ちに行く》。
それは、これからプロとしてやっていくために、必要不可欠だと思うから。
自分には、生まれつき備わっていたのだ。
傲慢さも、悪いことばかりではない。
自分が持っているもの《すべて》を有り難く 受け取って、使わなくてどうする。
何だって、武器にしよう。
弱いからこそ、そういうのが得意だったではないか。
「……………………ふぅ」
大きく、伸びをする。
本当の―――自分の中での、《心》の《夜明け》。
まだ、どうなるのか わからない。
けれど、未来なんて 所詮そんなものだろう。
たくさんの人に心配をかけて、迷惑をかけたけれど、長野に行って良かった。
足元が、明確に見えたから。
自分のいる位置も、目指す先も、再確認して。
遠慮?
…………バカバカしい。
だって、自分は《奏良》なのだ。
他のものには、なれない。なるつもりだって、ない。
自分のまま。
情けなくて、すぐに逃げたくなるような、どうしようもなく《臆病》な面も。
見下されたり 負けたりすることを極端に嫌う《強気》な面も。
ぐちゃぐちゃに 混ぜ合わさった《不安定》なところを含めて、すべてが自分なのだから。
カッコつけても、仕方がない。
これが、私。
もう、自分自身に嘘をつくのは やめよう。
「…………………もう、しょうがない!」
さぁ、ここからだ。
後悔したって、始まらない。
ダメだと思うのなら、変えていけばいいのだ。
「………………うん、大丈夫」
無理やり、思い込もうとしているのではなく。
心から―――――そう、思えた。
三十三歳にして、今日が 奏良にとって、初めての『ハッピーバースデー』。
バラバラになっていた《心》をかき集めて、一つの《人間》になった記念日。
きっとこの先、この日を忘れないだろう。
「……………じゃあ、まずは 何からやろうかな」
三日間の休みを終えた奏良は、まるで《憑き物》が落ちたかのように、清々しい気持ちでいっぱいだったのである。
* * * * * * * *
「な、なんですか、これ!」
「これが、奏良さん!?」
「………やばっ」
「超絶、可愛いっ! フランス人形みたい!!」
十二月 六日。
休み明けの、レッスン室にて。
STELLAの五人は、一箇所に固まって 携帯の中の《画像》に釘付けになっていた。
「写真そのものは 無いんですか?」
「写真はねぇ…………」
大昔に、自分で すべて捨てた。
「捨てた!?」
「あー………色々とあってねー」
初めは封印しただけのつもりが、段々と それさえも嫌になって。
「思い切って、捨ててやるっ…………て」
「思い切ってって、そういう問題じゃないですよ!」
「まぁ、実際は………全部《碧海ちゃん》が回収して、保管してくれているらしいけど」
誰よりも愛すべき妹の、小さい頃の写真。
碧海にとって、大切な思い出と 記念でもある《宝物》なのだ。簡単に捨てさせるわけがない。
「年代別に、やたらと整理して――――全部データ化して すぐに見れるようにしてるみたい」
『写真ある?』と聞いたら、即座に データで送ってきてくれた。
碧海なら おそらく、日常的に このデータを眺めてニヤニヤしているのだろう。
我が兄ながら、《変態》極まりない。
「みんながさ、SNSで 小さい時の写真載せてて………ちょっと心苦しかったんだよね」
『すぐに見つからない』とか言って、誤魔化していた。
本当は、見せること―――誰かに見られることが嫌だっただけなのに。
「………………どういう、心境の変化なわけ?」
唯織の質問は鋭かった。
また無理をして、自分を追い詰めているのではないか。
そう疑われても、仕方がない。
それだけ、今までの奏良は 弱かったのだから。
「んー…………何て表現するのが相応しいかなぁ?」
打ちのめされた?
どん底まで 落ちた?
どんな言葉も、ピッタリなものは ないかもしれない。
「強いて言うなら――――諦めた、かな?」
「諦めた!?」
「悪い意味じゃなくてね」
これまで頑なに 抗っていたこと。
「反抗するのも、いい加減 馬鹿みたいだな、って………気付いたというか」
こんなことで、振り回されてたまるか。だって、奏良の責任ではない。
ただ生まれてきただけなのに、何で 存在を否定されなければいけないのだ。
ふざけんなよ――――そう強く思えるようになったのが、何よりも大きい。
「…………受け入れた、ってこと?」
携帯の画面に映し出されているのは、四歳の時の《奏良》。
焦げ茶色の中に、チラホラと混ざる 白金に近い金髪。
ふわふわで、くりんとした くせ毛。
透き通った白い肌に、はっきりとした目鼻立ち。
幼児とは思えない、キリッとした大人っぽい顔つきは、その瞳の色を より際立たせていて。
「…………《オッドアイ》か」
「ボク、初めて見ました」
「実際、すごく珍しいだろ」
「今とは、色が違うんですね」
現在の目の色は、薄い茶色だ。
ただ、多少 光の加減によっては 赤みを帯びた茶色だったり、トパーズのように黄色い色にも見えることもある。
「青とか翠の色は、もうすっかり抜けてるでしょ」
「………カラーコンタクト、してるのかと思ってました」
「奏良さん……もしかして」
「ボクみたいに……外国の血が、混ざってます?」
混ざっている、というのは《大袈裟》かもしれないが。
「私……これでも一応、《ワンエイス》なんだよね」
「!」
「!」
ワンエイス。
あまり聞き慣れない単語に、反応は真っ二つに別れた。
意味がわかった唯織とルーカスに対して、尊と春音は きょとんとしている。
「…………八分の一、外国の血が入っているってことですよ」
「!」
「両親のどちらかが、クウォーターってことだろ?」
「うん」
八分の一までくれば、ほとんど日本人と変わりはない場合が多いが、中には ハーフと間違われる人もいるという。
「芸能人でいうと……ほら、タレントの゙《エレン》とか、《溝口サラ》とかですよ」
「え、そうなの?」
「ボク、自分がクウォーターだからか、なんか やたらと気になっちゃうんですよね」
いつも なんとなく、普通の日本人とは違うなと、ルーカスは思っていた。
けれど、それは『奏良だから』。
すべて、その一言で 気にならなくなっていたとはいえ、知ったら納得である。
「お母さんは、日本人って言ってましたよね?」
「ってことは………」
「実の父親――――――」
今まで、誰にも明かしてはいなかった秘密。
家族にも、それこそリューイチでさえ、『知っている』とは言っていなかった。
「受け入れたくなかったし、受け入れるなんて 一生できないと思ってきたから」
「……………奏良さん」
「でも、どうしようもないよね。だって、紛れもない《事実》だし」
逃げ回ったって、逃げ切れないのなら。
「《表》に出して 戦ったほうが、よっぽど楽だってこと」
否定することも、隠すこともせずに。
捨てなければ 前に進めないと、信じて疑わなかった。あらゆるモノを捨てて、それで強くなれた気がして。
しかし、実際は違う。
「捨てなくたって、いいんだ………って」
歌の師匠である《熊猫》から、散々 言われ続けていた言葉。
『拾うもの 拾ってから』
ずっと捨て続けてきた奏良のことを、とっくに あのオヤジはわかっていたのだ。
どう思われてもいい。
これが、本当の自分。
「――――――――《青山シド》」
「!」
「!」
「!」
「!」
この日本に住んでいて、あのロックバンドを知らない人は、おそらくいないだろう。
「まさか………」
「奏良さん………」
詳しいことは知らないが、シドは確か フランスと スウェーデン、それからロシア系の血が混在した《クウォーター》だったはずだ。
その娘にあたるから、ワンエイス。
「マジで!?」
「………うん」
「何で隠してたんですかぁ!」
「え、だから 嫌だったから」
「言われてみれば………確かに! 雰囲気は 似てますよ!」
近くに いすぎて。
スタッフだった時の、地味な《変装姿》がまだ記憶に新しいから、気付かなかったのだが。
「…………とんでもないな」
どういう、家族構成だ。
実の父親が、あの 青山シドで。
血の繫がらない兄は、人気俳優の 綿貫 碧海。
すぐ下の弟は、ファッションモデルの リク。
半分だけ血の繋がりがある 末の弟は、アーティストの陽。
「……………奏良さんが《普通じゃない》って、知ってたけど」
「………どんだけ、キラキラな人たちに 囲まれてんだよ」
「そりゃあ、ボクたちみたいな《候補生》なんか、それこそ 何とも思わないですよねぇ………」
「レベルが違い過ぎますもん」
「?」
STELLAの弟たち四人は、がっくりと 項垂れた。
長女の《生まれ》からして、敵うはずがない。
「??」
それなのに、こんなに《自己評価》が低くて、《無自覚》ときている。
「…………………まぁ、確かに」
「事実は、変えられないよな」
平凡な自分たちとは、何もかもが違う。
違うけれど。
「…………たとえ、変えられなくても」
「追いかけることなら、いくらでも 出来ます」
初めて、心の内の弱い部分を 打ち明けた。
誰にも告げずに、一人で抱えて。
それが原因で、おそらく 《今の奏良》が出来上がったのだろう。
悩んでいたこと。苦しんでいたこと。
隠さずに見せることで、また少し、五人の《距離》が近付いたような気がするのは、奏良の錯覚ではなかった。
「…………これが、私だから」
偽りのない、姿。
ようやく、向き合えるようになった《過去》。
おぎゃぁと、産声を上げたばかりの、《新生 奏良》。
「初めまして、かな」
改めて。
「よろしくお願いします!」
そう言って 笑った奏良の顔は、これまで見せたことがないくらい自然で、あまりにも 綺麗で。
男たち四人は、それぞれが さらに《想い》を強く 胸に刻むこととなる。
* * * * * * * *
三グループ、全員が休み明けだった その日。
総合責任者のリューイチは、候補生たちに新たな《方針》を発表した。
「重大な発表があります」
誰もが 何だろうとドキドキする中、唯織、尊、千尋の三人は、事前に 奏良の《予想》を聞いていた分、落ち着いていた。
「年末の……大晦日。《カウントダウンライブ》の《オープニングアクト》。出演が決まりました」
「!」
「えっ」
ざわつく室内。
それは そうだろう。
「それに伴い、最低でも 一曲。全員に、歌う曲を増やしてもらいます」
「………最低でも?」
「なら、もしかして」
「一曲以上、披露してもらう子も、いるってことだよ」
「!」
「!」
「それは………今の、この三グループのどれか、ってことですか?」
「――――違うよ」
リューイチの言葉に、しんと静まり返る。
グループ毎の活動で、デビューを目指しているというのに。
「ゆくゆくは、デビュー後に《シャッフル》で、改めて 色々と活動してもらうことを想定しているんだけど」
今回は、その《前段階》。
グループではなく、あくまでも個人での《評価》。
これまでの活動と、成長の度合いを見て、プロジェクトチームが出した結論。
「えーと、今から 名前を呼ばれた人は、前に出て」
現段階で、最も 《プロ》として通用すると期待されている者たち。
「まずは――――千尋」
「!」
「それから、唯織と 尊」
「!」
「あと―――――奏良ちゃん」
「!」
予想していたとはいえ、実際に名前を呼ばれると、奏良は身体が震えた。
「この四人には、ユニットを組んでもらいます」
「!」
「ユニット!?」
「ユニット名も決めてある。名は――――《Kalliopeia》」
「!」
ギリシャ神話に登場する、九人の《文芸の女神》たち。その、長女の名前だ。
カリオペという言葉自体、《美声》という意味がある。
誰よりも《美声》であり、姉妹の中で最も賢く 弁舌に長け、活躍の場が多かったとされている女神。
「STELLAと似ているけど、また違った路線を開拓してくれることを期待してるかな。四人の《美声》と《セクシーさ》を主とした、大人なユニットになってほしい」
『Kalliopeia』………
そうくるとは。
「それだけじゃない」
「え」
「もう一つ―――――男女デュオを増やします」
「男女デュオ!?」
「!」
さすがに、そこまで考えてなかった奏良は、その言葉にドキリとする。
「―――――――――千尋」
「!」
「出来るか?」
「………! はい! やります! やらせて下さい!」
「よし。……………じゃあ、千尋と奏良ちゃんの二人には、《With》として、別に頑張ってもらいます」
「With………」
「マジか…………」
羨望と、嫉妬。
同じグループの中なのに、すでに 大きく差がつけられているという事実。
STELLAも例外ではなかった。
奏良については、誰もが認めざるをえないから、仕方がないとしても。
男女デュオ。
何故、その相手役が 千尋であるのか。
納得なんか、できるわけがない。
「…………」
「…………」
「………おいおい、そう怖い顔で睨まないでくれよ? 全員にチャンスはあるんだ。例えば、一か月後―――年明けとかに、また 見直すつもりだし」
「本当ですか!?」
STELLAの四人は 勢いよく食いついた。
「頑張った子には、ちゃんと 平等にチャレンジする機会が与えられて当然だろ?」
つまり――――
「今回、年末に組んだユニットだといっても、一回だけ………という可能性もあるってことですね?」
「………そうだね、その通り」
今は、一時的にリードしているとはいえ、それは《永久的》ではない。
努力を怠れば。
もしくは、他の誰かが、自分を追い越せば。
「……………上等です」
千尋はニヤリと笑った。
やれるものなら やってみろ―――とばかりに、悠然と 腕を組んで微笑む。
「いいですよ。誰でも、かかってこいって感じです」
「おぉー」
「さすが、千尋くん」
「宣戦布告か?」
「まぁ、頼もしい限りだけど」
千尋にとって、自分の《チカラ》が ようやく認められて、初めて《奏良》の隣で 正式に歌う《権利》を得たのだ。
今すぐに叫びたいくらい興奮していたし、心底 嬉しかった。
その座を 手放すはずがない。
唯織や尊には悪いが、誰が相手でも 負ける気なんか微塵もない。
「はーい、みんな一旦 落ち着いてくれ。………とりあえず、全員でやる《新曲》を流すぞー」
「新曲!?」
「先輩たちの曲じゃあないんですか!?」
流れてきたのは。
「!」
「これ………」
「……………リューイチくん」
リューイチは、奏良に近付き こっそりと耳打ちする。
「俺なりに、色々 考えているんだから」
だから、一人で突っ走らないこと。
「まずは、動く前に 必ず俺に相談しなさい」
「………………はーい……」
「悔しいけど――――今回 奏良ちゃんが作った曲。正直、どの曲もマジで イイから!」
全曲、必ず採用する。しかも、このプロジェクトで使う。
「………本当?」
流れてきた『Candy Bitter Love』は、元々 リューイチが好きそうなテイストを集めて 特別に作ったものだ。
「…………知ってる、気付いたよ。もう、ホント………君って子は」
「………………歌いたく、なった?」
「当たり前でしょ!」
作戦、大成功。
「だったら、リューイチくんたちも歌ってよ」
若い候補生とは異なる、大人な歌い手が歌うと どうなるのか。それも興味がある。
「奏良ちゃん…………」
「私…………始めから、やり直すことにしたから」
もっと、もっと、高い所ヘ行くために。
「リューイチくん―――――知ってたんでしょ?」
奏良の秘密。
父親のこと。
「…………そんな顔しないでよ。もう、逃げたりなんかしないから」
時間が無いと焦る気持ちは 今もある。無くなったわけではない。
けれど―――― それだけではないから。
「《あの人》に、負けたくないんだ」
「!」
恥ずかしいと思った。
比べる相手にも ならない。
「…………だからって、このまま終らせない」
超えてやる。いつか、絶対に。
「《似てる》なんて……… 二度と、誰にも言わせない」
あの人の《二世》―――そんなモノに、成り下がる気はないから。
「奏良ちゃん…………」
「私の性格、知ってるでしょ?」
負けるのは、趣味じゃない。
私は、私。
「誰にも、文句なんか言わせない。言わせないように、登りつめてやるから」
決めたら、迷わない。
目標を定めたら、あとは頑張るだけ。
そう思わせてくれたのは、STELLAをはじめとした《候補生》のみんなのおかげだ。
引っ張っていく立場とはいえ、自分も まだまだ 《これから》なのだと再発見できたから。
新たな気持ちで、攻めていこう。
新しいユニットだろうが、男女デュオだろうが、もう『何でも来い』、だ。
「…………よし、じゃあ解散! 新曲に関しては、《音源》と《歌詞》を 各自データで受け取って、覚えてくるように。明日から、さっそく 本格的に歌ってもらうからな?」
「………はい!」
「新ユニットに関しても、同じだ。自分たちで 予定を立てて、歌いこんでくるように」
「はい!」
「はい!」
候補生全員で歌い継ぐ、新曲『Candy Bitter Love』。
四人での新生ユニット『Kalliopeia』にとって、初のオリジナル曲『Darling』。
男女デュオ『With』の 初オリジナル曲となったのは、切ないバラードの『瞳を閉じて』。
作曲者は、もちろん すべて奏良である。
様々な思いが交錯する中、一瞬でも気を抜く暇など ない。
「ここからが………本当の勝負だぞ?」
全国行脚をやりながら、はたして どこまで頑張れるのか。
リューイチは、さらに次の構想について話し合うべく、プロジェクトチームの部屋へと戻って行った。